ある日忽然とTVから姿を消した、清純派女優。彼女がしでかした、とんでもない犯罪とは
『嫉妬こそ生きる力だ』
ある作家は、そんな名言を残した。
でも、東京という、常に青天井を見させられるこの地には、そんな風に綺麗に気持ちを整理できない女たちがいる。
そして、”嫉妬”という感情は女たちをどこまでも突き動かす。
ときに、制御不能な域にまで…。
静かに蠢きはじめる、女の狂気。
覗き見する覚悟は、…できましたか？
▶前回：12コ年下の女子社員を、夜の円山町に呼び出して…。アラフォー女が計画した、残酷すぎる八つ当たり
消す女
彼女は瞬く間に、時の人となった。
彼女をテレビで見かけない日はない。
少女としての清らかさはそのままに、けれど、際どい質問は絶妙にかわす機転を持ち合わす。
セイラにはまさに、清純派女優としての天賦の才があった。
…けれど、ここに、それを快く思わない1人の女がいる。
「むかしは、ヤンキーだったくせに…」
中高時代を共に過ごした舞は、彼女のインタービュー記事を穴が開くほど見つめると、おもむろにスマホを取り出した。
＜セイラ、久しぶり！地元帰ってくるタイミングあったら、一緒に飲もうよ♪＞
字面のテンションからは想像もできない表情で、舞はスマホに文字を打ち込む。
そして、誰に言うでもなく、ボソリとつぶやいた。
「…セイラ、あんただけが成功すること…。私が黙って見てると思う？」
セイラの中高時代の親友・舞。彼女がセイラを呼び出した、恐ろしい本当の理由…
◆
舞「昔は、私と同じ土俵に立っていた」
神奈川のはずれにある小さな町で、私とセイラは出会った。
ルックスや空気感、言葉遣いや態度の大きさ。そんなものから忖度なしに、自分と同じヒエラルキーに属するであろう人間を瞬時に嗅ぎ分ける。
思春期に位置する子供たちの動物的な直感の鋭さは、地元の公立中学に入学してすぐに私たちを結び付けた。
そして、私たちは常に目先の楽しいことだけを求めて生きていた。
「ねぇ、舞。今日学校行くのたるくない？」
「サボるか」
「彼氏んちで一緒にゲームしよーよ！」
「いいね、いこいこ」
学校をさぼることは当たり前。勉強なんてろくにしなかったし、危ないバイトにも手を染めた。
補導されたことだって数えきれないほどあったけれど、将来を不安に思うことなんて一度もなかった。
私には、セイラがいたから。
彼女と一緒に過ごす時間が楽しくて楽しくて、私は心から幸せを感じていたのだ。
セイラと一緒にいられれば、何だっていい。この時間がずっと永遠に続くんだって、信じて疑わなかった。
けれど、高校2年生のある夏の日のこと。
生まれてはじめて、晴天の霹靂というものを体験することになる。
「舞。私、整形して女優になるわ」
セイラが突然、そんなことを言いだしたのだ。
でも、いつもの冗談だと思った。本気だったとしても、すぐに挫折するだろう、と。
だって、セイラはいつもそう。
「私、ちょっとガリ勉目指すわ！」と言って、40分で挫折したこともあった。「5キロ痩せる！」と意気込んで、校庭を1周だけランニングして帰ってきたこともあった。
きっと、今回も同じ。「何言ってんだよ」と笑い飛ばしたのだが、そのときのセイラの表情は、まるで違った。
「いや、本当。来月、切開で二重幅広げて、鼻にもプロテーゼ入れる」
彼女の目の奥に宿る熱みたいなものが、妙に私を不安にさせた。
当時、セイラがやたらと熱心にバイトしていたことを不思議に思っていたが、それが整形費用をためるためだったと、そのとき初めて聞かされた。
「…マジで言ってんの？」
「うん、小さい頃からテレビ出るの憧れだったんだよね。なんかそろそろ目指してみようかなぁって。応援してね？」
「お、おぅ」
寂しかった。
いつも一緒にふざけ合っていた親友が、突然に夢に向かって動き出したのだ。
妙な焦りと、心細さに襲われた。
― …でも、大丈夫。きっと、一時の気の迷いだ。…本気だったとしても、そんな夢叶いっこない。すぐに、私といつもの日常を送りはじめるはず。…大丈夫。…きっと、大丈夫。
自分に言い聞かせるように、私は親友の夢が叶わないことを祈った。
けれど、現実は思わぬ方向へと突き進む。
整形にかかった、高校生にとっては莫大な費用と、ダウンタイム中の壮絶な痛みが彼女を変えたのだろうか。もしくは、本当に彼女には才能があったのだろうか。
彼女は瞬く間に、スターダムを駆け上がってしまったのだ。
私を、置いて。
大親友だったセイラと舞。セイラだけ、清純派女優としての成功を掴み…
◆
年末年始にセイラが地元に帰ってくると聞き、私は彼女に会いに行った。
「セイラ、元気だった？」
「舞〜、元気？1年振り？2年振り？ヤバい、久々会えて超嬉しい！」
しばらく会わないうちに、また一段と綺麗になったセイラ。
けれど、私に対する態度やテンションは昔のまま。当時の想いや空気感みたいなものが一気に戻った気がして、つい当初の計画を忘れてしまいそうになる。
「セイラ、今や大女優さんだもんね」
「やめてよ、恥ずかしい。舞は何してるの？」
「…私は、居酒屋でホール」
「そっか…」
けれど、冷たい現実は、すぐに私の目をさます。
「ねぇ、今日ちょっとうちで飲まない？」
「…いいけど、ちょっとだけね。事務所から体重管理うるさく言われててさ」
「わかったわかった」
私は、セイラを自宅に招いた。
「ねぇ、見て！このプリクラ。超懐かしくない？」
「うわ〜ヤバ…！懐かしすぎる…」
準備していた卒業アルバムや昔のプリクラをネタに思い出話に花が咲いて、ついつい昔に戻った気分になってしまったのだろうか。セイラはハイペースでハイボールを飲んでくれた。
「むかしさ、夜中に学校忍び込んだりしたよね？」
「あったね〜、そんなこと。懐かしすぎる…」
そして、セイラが気分良さそうになっているタイミングを見計らい、私は提案した。
「ねぇ、今から学校行かない？侵入してみようよ、昔みたいに…」
「いや、…でも」
「大丈夫だって、こんな夜中に誰もいないんだから」
「でも、バレたらヤバいよ…」
「だって、母校だよ？バレても、こんなスター卒業生を警察に突き出したりしないよ」
「…そうかな？…久々になんかやんちゃしてみたいけど…」
「大丈夫だって、絶対！私がセイラのこと守ってあげるから！！」
「…じゃあ、ちょっとだけ」
私は、セイラを連れ出すことに成功したのだ。
高校を卒業して、5年以上たつ。
けれど、昔の感覚というのは案外身体に染みついていて、閉ざされた校門をよじ登ることは案外簡単だった。
「やばい〜、なにこの解放感！！めっちゃ楽しいぃ」
セイラは普段、相当にストレスが溜まっているのだろうか。
校門をひょいっと乗り越え、学校に侵入したあたりからテンションがマックスになった。
「ね！でしょ！来てよかったでしょ？」
昔から、悪いことをすることが大好きだった私たち。その感覚を久々に思い起こしてしまったのだろう。
「やばーーい！楽しい！舞、こっちはやくきて！！校舎の中も入ろうよう！」
「待って待って！」
楽しそうにはしゃぐ彼女を見つめながら、私はこっそり110に電話した。
「ねぇ、校舎鍵かかってる〜。開けられないかな〜、これ！？」
たがが外れた彼女を横目に、私は通報する。
『あ、もしもし。今高校に不法侵入している若い女性2人組がいます。すぐに来てください』
「ねぇ、舞ったら誰に電話してんの〜？はやくこっちおいでよ〜！！」
◆
転落
『清純派女優、逮捕』
その見出しは、週刊誌のトップを飾った。
センセーショナルであればあるほど、人のゴシップ心をくすぐる。
居酒屋のアルバイト店員の私にとって、不法侵入で捕まることくらいなんてことない。せいぜいバイトをクビになる程度だ。またすぐ、次を探せばいい。
けれど、清純派女優という肩書を持つ彼女にとってはどうか。
『セイラ、ヤンキー時代の写真流失！？』
『セイラ、整形前のヤバすぎる写真』
彼女にまつわるブラックな記事がいま、あちらこちらでホットな話題として出回る。
女優生命を絶つには、十分なインパクトを持っていたようだ。セイラはテレビから、完全に姿を消した。
セイラはまた、私と同じところに戻ってきてくれたのだ。
いくら連絡しても、既読がつかないのは寂しいけれど、彼女は本来いるべきところに舞い戻ってきた。
― おかえり、セイラ。待ってたんだよ…。
ずっと未読のままのトークルームに、語り掛ける。
目をさましたセイラから、何事もなかったかのように返信が来るような気がしてならないのに、私からのメッセージが読まれることはなかった。
本当は昔みたいに一緒に仲良くしたかったけど、しょうがない。
彼女の輝く姿をテレビでみることがなくなったから、それだけでもよしとしよう。
▶前回：12コ年下の女子社員を、夜の円山町に呼び出して…。アラフォー女が計画した、残酷すぎる八つ当たり
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「優秀な遺伝子を受け継いでいるはずなのに…」出来の悪い自分の子供と、優秀な隣の子供…。女はある計画を思い付く…。
