「私ブロックされてる？」夫のインスタが表示されない39歳専業妻。お互いを拒否する夫婦の末路とは？
いつの間にかアラフォーになっていた私。
後悔はしていないけど、なにかが違う。
自分とは違う境遇の他人を見て、そう感じることが増えてきた。
キャリアや幸せな結婚を手に入れるために、捨てたのは何だっただろう。
私のこれからって、どうなっていくんだろう。
これは揺れ動き、葛藤するアラフォー女子たちの物語。
▶前回：夫のことが嫌いすぎて3年レスの39歳専業妻。離婚はしたいけど今の生活が捨てられない…
夫が嫌い。でも今の生活を捨てられないアラフォー妻【後編】
名前：柏木玲子
年齢：39歳
職業：専業主婦
趣味：子どもの教育
『TWO ROOM GRILL』で、和香から言われた言葉に捉われたまま、1週間が過ぎていた。
夫と息子が出かけたばかりの朝。
リビングの窓から外を見ると、少し離れた通りの建物と建物の間に、5分咲きの八重桜が見える。
私はコーヒーをもう1杯マグカップに注ぎ、窓を少し開けた。
春という世間的には新しい季節なのに、目新しいことがなにもないまま、毎日が過ぎていく。
いや、目新しいことが欲しいわけではない。
ただ、夫と顔を合わさず生活してみたいという気持ちは、ごまかしようがないものに膨らんでいた。
― 後悔かぁ。今はいいけど、歳とったらなぁ…。
離婚はしたいけど、仕事がない。親権は欲しいけど取れるかわからない。
離婚できない理由は、それだけだ。
スマホを手にし、なんとなくYouTubeをタップした。
これまでビジネス英語やお料理系のチャンネルを見ることが多かったが、最近は離婚した女性のその後の生活を綴る動画に目が行ってしまう。
娘の家の近くにワンルームマンションを借り、1人で暮らす60代の女性。顔は映らないようにしているが、身綺麗で、若々しい印象だ。
「実は今日、婚活アプリで知り合った人と会うんです！」
彼女の動画の中の音声とテロップが、奇妙なほどリアルに飛び込んできた。
昨今、熟年離婚をする人が増えていると聞くが、プロフィールを見ると、この人もそうだった。夫が定年退職したタイミングで、退職金と年金を半分もらう手続きをして離婚した、とある。
― このパターンだと、私の場合、定年まであと25年以上あるんですけど…。
「何かを諦めないと離婚はできないよ」と和香は言っていたけれど、「今すぐ離婚はしない」という選択も、何かを諦めることなのだろう。
寝室で見つけた「あるもの」。それを見て妻が思ったのは…
洗面所の方から洗濯の終了を告げる電子音が聞こえ、寝室に置いてあるランドリーボックスを取りにいく。
自分と息子の洗濯を終えると、次は夫の衣類のみを洗濯する。これはいつものルーティンだ。
寝室へ夫の洗濯物を取りに行くついでにベッドを整え、ベッドサイドのテーブルを見ると、無数の本が置きっぱなしになっていた。
読書家の夫は、放っておくとテーブルの上に本が山積みになるのだ。
私はもう何日も置きっぱなしになっている、おそらく読了した本を手に取り、本の天と小口を揃えて本棚に整頓していく。
その時、本の隙間からハラハラと小さな紙切れが落ちた。
― なにかしら、レシート？
拾い上げ、中身を確認するつもりもなく、くしゃっと丸めてゴミ箱に入れる。だが、その時、ふと、いつもどこで本を買っているのか、気になった。
夫の本の大半は教育本かビジネス本で、大きな書店でないと取り扱いがなさそうなものばかりなのだ。
中身を確認してから買いたいという夫は、ネット書店で買うこともほとんどない。
くしゃくしゃの紙切れを、そっと広げてみる。
だが、印字されていたのは、英語表記の店名で、書店とはおおよそ似つかわしくない名前だった。
『Riva degli Etruschi』
― リバ デリ エトゥルスキ？ シエロ×2？ レストランのレシート…。
日付を見ると、2週間前の日曜日だ。
たしか、夫はこの日、直人の親父の会の活動で昼前に出て行ったのでよく覚えている。久しぶりに直人と2人、二子玉川でショッピングし、美味しいランチを食べて楽しんだ日だ。
― 親父の会でこんなとこ、行かないよね…。
夫は浮気をしている…。
そんな疑惑が脳裏をよぎる。といっても、こうした疑惑を抱いたの、これが初めてではない。
夫は外回りのない職種。だが、千葉や横浜、調布など、都心から少し離れた場所のコンビニのレシートや、美術館の半券などを、ここ半年以内で何回か見つけていた。
― あんな教育オタク男がいいっていう女がいるの？？
そんな毒づいたことを考えながら、私は深いため息を吐く。
そして、レシートを綺麗に伸ばし、自分の手帳に挟んでおいた。
こういったものを見つけても、私は何一つ動揺していない。
動揺していないどころか、もっと決定的な証拠が見つかればよかったと、内心がっかりしているほどなのだ。
そして、嫉妬心のかけらもない上に、一応裏は取っておきたい、と冷静でもあった。
― もし私に稼げる能力があったら、あんな男、熨斗つけて差し出すのにな。
そんなことを考えながら、私はLINEの友達から、夫も加入している親父の会のメンバーであるママ友の名前を手繰った。
私たち夫婦は、もう元には戻れない。妻が確信したある事実とは
午後2時。
「久しぶり！元気だった？」
夫が小学校の親父の会のメンバーであり、放課後の習い事が同じ加奈子さんと、私は表参道のスターバックスで待ち合わせていた。
「めちゃくちゃ暇で死にそうだったから、LINEくれて嬉しい！」
と加奈子さんは、向かいの席に置いたピコタンとトレンチコートをどかし、席を空けてくれた。
「親父の会、とても主人が楽しそうにやってるんだけど、実際、どんなことやってるか知ってる？？」
今朝、さりげなくLINEしたところ、願ってもなく「お茶しない？」と誘われたのだ。
「親父の会、うちの主人から割と聞いてるよ。気が合う人多いみたいで楽しいらしいよ」
という加奈子さんの話から、活動はちゃんと続いていることがわかった。
「2週間前の日曜日なんだけど、集まってたかって覚えてるかな？」
私が聞くと「どうだったかな〜」と彼女はInstagramの投稿を確認し始めた。
「これ、うちの旦那のインスタ。結構更新頻度の高いマメ男だから」
見ると、親父の会のメンバーや家族で行った食事など、毎日の記録が細かくアップされている。
「そういえば、玲子さんのご主人ともフォローしあってるよ」
― えっ？うちの夫インスタなんてやってるの！？
私は、夫の知らない一面を聞かされて内心驚いてしまうが、それを彼女に悟られまいと笑って誤魔化した。
「うちの夫、私に見られたくないみたいで、アカウント知らないんだよね」
「そうなの？でも、玲子さんパパも結構マメに更新してるわよ」
私は彼女のスマホをのぞき、アカウント名をこっそり自分のスマホにメモったのだった。
◆
彼女と別れたあと、私は夫のインスタから、なんかしらの証拠や裏を取るつもりだった。
とある銀行の入り口付近に立ち止まり、アカウントを検索した。
だが、確かにメモったはずのアカウントが、表示されないのだ。
― もしかして、ブロックされてる？
それを確かめるためだけに、すぐ先のカフェに入った。もはや飲みたくもないお茶をオーダーし、待っている間、新しいアカウントをひとつ作った。
そして、さっきメモった夫のアカウントを探した。
すると、確かに加奈子さんのスマホで見たのと同じように、私の画面でも表示されたのだった。
食べたランチ、親父の会、読んだ本、どうってことない日常がアップされているけれど、どれも私の知らない夫の顔。
そして、時折、なんとなく感じる女の匂い。
シェアオフィスで仕事をすると出かけたはずの日、角川武蔵野ミュージアムの写真がアップされている。2週間前の日曜日は、ニコライ バーグマンのハーブティーの写真が上げられていた。
「美味しいお茶と花に癒されてます」というコメントとともに。
そんなインスタの投稿を見ても、私の中に怒りはなかった。
夫婦の不和はお互いに理由がある。私が夫に嫌悪感を抱くように、夫も私をブロックする理由はきっとあるのだ。
唖然と画面を見つめる私のすぐ隣の席に、新たに客が案内されてきた。
「夕飯までまだあるし、ワインでも飲もうか。帰りはタクシーを捕まえればいい」
夫と見られる初老の男性が、女性を奥に座らせ、2人で楽しそうにメニューを見ている。
時折、今週末に出かけるらしいお芝居の話を楽しそうにしながら。
だが、私と夫にこんな未来は訪れない。私も夫も相手に気づかれないように、互いを避けながら生きている。
そう思うと、今の暮らしが一層虚しく思えてきた。息子は可愛い。息子にとって両親が揃っていることは大事かもしれない。
でも、そのために自分の人生を犠牲にするのは、仕方がないことなのだろうか？
私は席を立ち、会計を済ませると、夕暮れ迫る街に出た。
― 仕事を見つけよう。
夫も私を避けていた、という事実は、驚くほど私を前向きに変えた。離婚ができないことを悩むくらいなら、働いてみようと思った。
何ができるかわからないけど、何もしなければ変わらない。後悔するのもしないのも自分なのだから。
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好きな人ができないことに悩む、アラフォー女子の葛藤とは
