御曹司を狙う、ふたりの美女たちの思惑は
同じ会社、同じ部署。そこで働く、27歳・同い年の美女ふたり。
世渡り上手のあざとい女子と、真面目過ぎて融通が利かない女子。
彼女たちは見た目から性格、そして行動まで、何もかもが“正反対”なのだ。
そんなふたりが恋に落ちたのは、同じ会社のイケメン次期社長！？
美女ふたりからアプローチを受ける御曹司は、一体どちらの女性を選ぶのか。
◆これまでのあらすじ
意中の女性に好きな相手がいることがわかってしまい、恋愛から遠ざかる御曹司・英琉。そうとは知らない広報部の美人社員・紗良と七瀬は、ふたりとも彼に恋心を抱いてしまう。
Vol.6 急接近する2人…
〜匂わせ行動、紗良のやり方〜
「あれえ、一ノ瀬さ〜ん！ここでお昼休憩ですかあ？」
私が働く会社には、有名なガーデンデザイナーが手がけた屋上庭園がある。
樹木が綺麗に整えられ、まるで小さな森のような都心の中の異空間だ。見事なつるバラのアーチなんかもあったりして、開花シーズンの5月には、屋上でお昼休憩を取る社員も多い。
だけど、今はまだ3月。肌寒さが残る季節は、人けがない場所でもある。
「ああ、村上さん。今日は、ちょっと外で食べたい気分だったんですよ」
― え〜、本当にそれだけっ？寒いし、天気も悪いのに…怪しい〜！
私はさっき、英琉が紙袋を手にこっそりとオフィスを抜け出すところを目撃した。それは恐らく、出社直後に七瀬からもらったものだ。
2人が紙袋の中をのぞき込みながら何やら楽しげに話しているのが気になって、午前中ずっとモヤモヤしていた。
だから私は、もしかすると彼は七瀬とランチの約束でもしているのではないかと勘繰って、コソコソとあとをつけてきたのだ。
だが、どうやら七瀬がここへ来る気配はなさそうだ。
「え〜私も今日は外で食べたい気分だったんですよお！一緒ですねっ！あ、そのパン、美味しそう〜」
「そうでしたか。よかったらどうぞ。まだあるんで！」
「いいんですかあ？嬉しいっ！そうしたら、私のサンドイッチと交換しましょ♡」
「ありがとうございます。じゃあ、遠慮なく」
― そうだっ！これを使って…ふふふ♡
英琉からパン・オ・ショコラをもらった私は、“あること”を思いついた。
紗良が企む“あること”とは…？
「一ノ瀬さん、やっぱりちょっと寒いんで…私はオフィスでいただきますねっ♡これ、ありがとうございましたあ」
そう言って、英琉からは見えないところまで移動した私は、1枚の写真を撮った。
紙袋から少しだけ顔をのぞかせたパン・オ・ショコラの背景には、屋上庭園の緑。
― これをこうして…うん、いい感じっ！
『すっごく美味しいパン♡今日のランチ、しあわせ〜♡』
そんな当たり障りのない言葉を添えて、写真をすぐにInstagramに投稿すると、昼休みのあいだに『いいね』がポツポツとついた。
非公開設定にしている私のアカウントのフォロワーは、学生時代から細くつながっている女子が数人。あとは、会社の同僚がほとんどだ。
「村上さん、屋上でランチしてたの？あれって、“ロブション”のパンでしょ？」
「うん、何だか外で食べたい気分だったの！やっぱり、あのお店のパンって、美味しいよねえ♡」
同僚は、そのパンが英琉からもらったものだとは知る由もない。だから、私がオフィスに戻るなり、ためらうことなくこう聞いてきた。
― ふふっ…この反応、思ったとおり！で、七瀬は…？
ふと、彼女のデスクのほうに視線を向ける。
すると、弁当箱を片づけていた七瀬は、あからさまに怪訝な顔をして、私のことをジッと見据えていた。
― ふんっ、何その顔っ！自分だって、私が一ノ瀬さんにあげたチョコを食べてたじゃない！
七瀬は、Instagramのアカウントを持っていない。だから、彼女にこの状況を伝えるには、同僚にこんなふうに切り出してもらうのがいいだろうと思ったのだ。
ちょっと子どもっぽいかもしれないけれど、これは七瀬に対する宣戦布告だ。
◆
ホワイトデーを4日後に控えた日の午後。私は、英琉と一緒に東京駅の近くにいた。
「いつもお世話になっている広告代理店主催のイベントに、差し入れを届けてほしい」
そう部長から頼まれたのは、七瀬と英琉だった。しかし、彼女はほかにも仕事を抱えていて、代わりに私が行くことになったのだ。
― また一ノ瀬さんと一緒っ！買ったばかりのシアースリーブのニットワンピ、着てきてよかったあ。
仕事とはいっても、2人で外出するというシチュエーションに、つい浮かれてしまう。
そして、目的のイベント会場に到着すると、私のテンションは最高潮を迎えた。
「うわあ…ピンク一色っ！いちご尽くしのイベントなんですねえ！見てたら食べたくなっちゃった♡」
「本当ですね！そうだ、村上さんって、このあとの仕事は立て込んでいますか？もしよかったら、ちょっとだけ付き合ってください」
そう言い終えると英琉に連れていかれたのは、シャングリ・ラ 東京だった。
― ここって…？え、どういうことっ？
私は、ホテルでエレベーターを待つ彼の後ろ姿を、ぼう然と眺めていた。
〜七瀬なりのアプローチ〜
「長谷川さんって、偏頭痛持ちですか？」
「ええっ？」
英琉に突然話しかけられて動揺した私は、こぶしのきいたような変な声を出してしまい、さらに驚いてしまう。
「いえ、違っていたらすみません。僕の姉も、天気が悪い日はツラそうにしていたから。もしかしたら、長谷川さんもそうかなって」
「はい…私も曇りの日は特に…」
― どうしよう…。仕事以外のことだと、どんなふうに話したらいいのかわからない。
「やっぱり！もし、またツラいときがあったら遠慮なく言ってくださいね」
気の利いたことを返そうと考えていると、英琉のほうから会話を終わらせてきて、私は自分にがっかりした。
さらには、この日の昼休み。
落ち込んだ気持ちに、拍車をかけるような出来事があった。
「ねえ、村上さんと一ノ瀬さんって、いい感じなのかな？」
「うんうんっ！彼女がこのあいだインスタに投稿してたあの屋上の写真って…一ノ瀬さんと一緒にランチしてたんじゃないかって。なーんか、最近よく一緒にいるよね」
「あーそれねっ！知ってるー？昨日、2人でシャングリ・ラ 東京に行ったんだって」
オフィスの近くにある化粧室では、信じられないウワサが飛び交っていたのだ。
― シャングリ・ラ 東京って…ホテル…！？
紗良と英琉がホテルにいたって、どういうこと…？
紗良と英琉が、シャングリ・ラ 東京に行っていたというウワサは、広報部内にあっという間に広まった。
うっかりなのか、意図的なのかはわからないけれど、紗良が同僚の1人に話したことがきっかけだった。
「やだあ、違いますよ〜！ねえ、一ノ瀬さんっ！私たちは、部長のお使いのあとに、ちょっとお茶をしに寄っただけですからあ」
「はい、本当に！イベント会場の近くだったので、届け物のあとにお茶をしただけです」
― なんだ…そういうことか。
私が英琉にあげたパン・オ・ショコラを紗良が食べた。それは、お互い様だから仕方がない。だとしても、ホテルはどうなの？と思っていた私は、2人の弁明を聞いて、心底ホッとした。
だが、紗良と英琉が一緒に担当したホワイトデーの企画のあとからだろうか。何だか2人が急に親しくなったように思えて、またすぐに胸がざわつき始めるのだった。
紗良は確かに可愛いし、あんなふうにニコニコ話しかけられたら、男の人は嬉しいだろう。それに比べて、私は可愛げがないし、愛想だってよくない。
もしかしたら英琉も、教育係は私より紗良のほうがいいと思っているのではないだろうか。
「はあ…まさかこんなウワサになるとは。軽率でした…」
私が1人でモヤモヤと考え事をしていると、隣の席に戻ってきた英琉は小さなため息を漏らした。
「あの…一ノ瀬さん。一ノ瀬さんの教育係のことなんですが、村上さんのほうが適任なんじゃないかと思います。まだ残り1ヶ月半あるので、変わってもらえるように部長に相談してみますね」
「どういうことですか？…長谷川さん、僕と一緒だと仕事がしにくいですか？」
私が返事に窮していると、英琉はこう続けた。
「この前、引き継いだ社内報の下書きを読ませてもらったとき、ここまで細かく下調べをしているのかと正直驚きました。それに、責任感の強さも感じました。だから、長谷川さんさえよかったら、最後まで僕の教育係をしてもらいたいと思っています」
「でも…私と仕事をするのって疲れませんか？」
― ああ…何か変なことを聞いてしまった！こんなことを言われたら、面倒くさいよね？
「そんなこと、一度も思ったことありませんよ！」
仕事を頑張れば頑張るほど目の敵にされてきた私は、彼のこの言葉にいとも簡単に心を射抜かれてしまったのだった。
そのせいか次の瞬間、いつもの私らしからぬ大きな声が出た。
「私でよかったら、よろしくお願いします！」
― ん…これって変？ていうか、告白された人の返事みたいじゃない？
一瞬、オフィスが静まり返った。みんな何事かと驚いた顔をしていたけれど、紗良だけは私のことをジッと睨みつけている。その顔は、どう見ても、英琉のことを狙っているのがバレバレだ。
すると、場の空気の変化に気づいた英琉が、スマートに話題を変えてきた。
「…あれっ？長谷川さん、猫ちゃん飼ってるんですか？」
不意に英琉に言われて、 私はデスクの上に出しっぱなしにしていたスマホを見た。見守りカメラのアプリが、起動したままになっていたのだ。
そこには、1人暮らしのマンションで飼っているキジトラ猫のポンちゃんが、ドアップで映し出されている。
「あぁーポンちゃん！またティッシュを引っ張り出して…ダメでしょ！」
「わーかわいいなあ！僕、猫大好きなんですよ。でも、今、実家暮らしで飼えなくて」
「そうにゃんで…すか…？あ、いや、そうなんですか」
ポンちゃんに向かって話しかけたあとで、つい猫語が出てしまった。顔から火が出そうなほど恥ずかしくなった私は、ものすごい勢いで彼から目をそらす。
「はは！そうにゃんですよ。そうだ！長谷川さんがご迷惑じゃなかったら、今度…」
このあと、英琉が口にした提案は、予想外だけれどどこか彼らしいもので、私はその場でOKしたのだった。
▶前回：“仕事を褒められた女”と“人を頼るように言われた女”。御曹司と出会い、ふたりの好きが動き始める
▶NEXT：3月17日 木曜更新予定
ホテルで2人…英琉と紗良に一体何が…。そして、七瀬にした英琉の提案とは？
