中国ラオス鉄道の電車「CR200J 瀾滄号」。中国が開発した車両だ(写真:古賀俊行)

東南アジアの内陸国・ラオスを縦断する中国ラオス鉄道が2021年12月初旬、ついに開業した。線路は隣接する中国の雲南省へも直通し、いわば中国本土と東南アジアが鉄道でつながったことになる。折しもコロナ禍の影響で、旅客列車は当面、ラオス側国内を行き来するのみだが、ラオスの歴史に新たな1ページが加わった。

旅客営業開始に先立ち、12月2日は早朝から宗教儀式が行われた。10人を超える僧侶がプラットホームに並んで座り、安全祈願のお祈りをする光景は、鉄道施設の中で行われたにもかかわらず、まるで仏教寺院の内部での儀式のようだ。僧侶は電車「瀾滄(ランサン)号」の前頭部、そして車内を水を撒きながら清めた。ラオスではこうした僧侶による宗教的儀式が頻繁に行われる。

バス10時間の道のりが2時間に

一方、ラオス・中国政府合同の開通式は12月3日、オンラインで北京や昆明とつないで開かれた。目に見える形で成就した交通インフラの完成とあって、中国からは習近平国家主席がライブ映像を通じ、「一帯一路」のシンボル的なプロジェクトであるとして完成を祝った。

12月4日から運行している旅客列車は中国が開発した電車「CR200J」が使われている。定員は720人、最初の5日間で延べ5000人が利用したという。現在のダイヤでは、ビエンチャン発で国境手前のボーテンまでが1日1往復で、これに加えて途中の観光都市ルアンパバーンまでの列車が1日1往復ある。電車は2編成あるが、1編成で回せるダイヤになっている。

ビエンチャン―ルアンパバーン間の所要時間は最短で約1時間30分。道路だと300km余りある距離を長距離バスで10時間近くかかるが、列車なら2時間以内と圧倒的に速い。ただ、道路についても中国の支援で着々と高速道路の建設が進んでいる。

「週末だったこともあり、駅に行ったらたまたま買えたので、真新しい列車を試すことにした」。ラオスに駐在する古賀俊行さんは、旅客運行初日の12月4日、ビエンチャンからルアンパバーンまでを往復したという。


中国ラオス鉄道のターミナル、ビエンチャン駅。巨大な建物が印象的だ(写真:古賀俊行)

切符を買う時にパスポートのチェックは行われるものの、切符券面への氏名やパスポート番号の記載はない。一方、列車に乗る際には、発車1時間前までに来てほしい、という要請もある。コロナ対策で接種証明の提示や発熱の有無の確認、ソーシャル・ディスタンスの維持など、なかなか厳しい対応が待っているからだ。

当初は「乗車前72時間以降に行ったPCR検査の結果を持参」という条件もあったが、現状では運行がラオス国内区間のみだからか、こうした手間はなくなっている。

現在は車内での飲食禁止

筆者の調査では、中国との国境からビエンチャンまでのラオス国内全線を通じ、運営に当たっているのは雲南省を拠点とする中国鉄路昆明局集団公司(以前の昆明鉄路局)だ。こうした背景もあり、車両はもとより駅関連の施設や装置は中国国内のものとほぼ同じとなっている。


CR200Jの車内。座席は日本の新幹線と同じような2列×3列の配置だが、回転はしない(写真:古賀俊行)

検問を受けてから列車に乗るのも中国と同じだ。「駅舎に入るには、中国の鉄道で行われている”三品検査”(危険物や燃えやすいもの、爆発物などの検査)に似た荷物検査、身体検査を受ける」(古賀さん)。襟の裏を触られるなど検査が入念なのも中国の事情と似ている。

中国の長距離列車の楽しみは、車内や駅頭で沿線の名物を買ったり食べたりすることだ。ところがラオス国内区間については目下、「コロナ対策で車内での飲食は禁止」と楽しみが奪われてしまっている。昆明発の列車については「沿線の名物にちなんだ料理や弁当を売る」と伝えられているが、車内飲食が自由になる日が早く来ることを期待したい。

車内では地元の乗客がタブレットやスマートフォンを使って動画を楽しんだり、会話したりしていたという。静かに車窓を楽しむという雰囲気ではなさそうだが、これも現地の習慣と思って受け入れたい。車内からのネット接続は「トンネルが多いものの、乗った区間の半分くらいは通じていた」と古賀さんは話す。

ビエンチャン―ルアンパバーンの優等列車普通席運賃は片道で110人民元(約2000円)と、東京―豊橋間に匹敵する300kmほどの区間としては日本と比べ格段に安い。運賃は中国人民元をベースに決められており、ラオスの現地通貨キップでの支払い額はレート変動によって変わるとされている。また、1月1日時点では中国国内各駅への直通運賃は発表されていない。どんな形の「国際列車用きっぷ」が出てくるか楽しみなところだ。

中国ラオス鉄道の開通を受け、ラオスから遠く離れた欧州の鉄道ファンも沸いている。中国と東南アジア、具体的にはマレー半島方面へ鉄道がつながったことになるからだ。


僧侶が列車に乗り込む様子はいかにもラオスらしい(写真:古賀俊行)

今回の鉄道開通により、欧州からはロシアなどを経由して中国へ、そして中国ラオス鉄道を経てタイ国鉄に乗り継ぎ、マレー鉄道へと向かう接続ルートが実現した。英国の新聞インディペンデントは「欧州から列車を乗り継いでシンガポールに行ける」「所要日数は約21日、運賃の総合計は1000ポンド(約15万5000円)」と、いかにも鉄道好きのイギリス人が考えそうな記事を掲載した。

記事は「コロナ禍の影響で、中国からラオスへの入国さえもできない」と述べ、すぐに実行に移すのは難しいとするが、実現可能なルートだ。各国の行動制限が緩和されれば、実際に3週間余りをかけてユーラシア大陸の西の果てから南端のマレーシアやシンガポールを目指す若者が出現しそうだ。

元JR車両がタイとラオスを結ぶ

そうした中、タイ国鉄からも興味深いニュースが流れてきた。JR北海道から譲渡を受けた、特急「北斗」や「オホーツク」として使われていたディーゼル特急車両「キハ183系」を、タイとビエンチャンとを結ぶ観光列車として使うという計画を打ち出したのだ。

経路はタイ東部のウドンタニから国境のノンカイを経てラオス側に入るという形になりそうだが、実現すれば、元JRの旅客車両が国際列車運行の任を負うことになる。国境検査のためにパスポートを持って、日本の特急車両に乗る各国からの旅行者の姿を見られる日を楽しみにしたいものだ。

タイとラオスとの鉄道については、筆者が2021年11月11日付記事(「中国規格」でラオス直結、国際鉄道は成功するか)で述べたように、タイ東部のノンカイからラオス側のタナレーン駅(ビエンチャン近郊)間へ向かって、メーターゲージ(軌間1m)の線路がある。わずか5kmのこの区間には、タイ国鉄がラオス側と共同で短距離の国際列車を運行している。

中国ラオス鉄道の開通に刺激を受けたのか、タイとつながる鉄道でもラオス側でタナレーン駅からビエンチャン市街地に向かって延伸が始まっている。近く、タイへ向かうためのビエンチャンの新駅も完成しそうな勢いだ。ただ、両鉄道同士の接続への意識は希薄なようで、「両駅間を移動するには、車で20〜30分かかる距離」(古賀さん)離れているという。


タイとつながるメーターゲージ鉄道のビエンチャン新駅(写真:古賀俊行)

貨物ターミナルは、既存のタナレーン駅の北側で建設が進んでおり、その近くに向かって中国ラオス鉄道の線路も延びてくる。古賀さんによると、「現状ではタイ側ノンカイからタナレーンまで貨物列車が1日4往復入って来ている。今後、貨物列車はタナレーンの貨物ターミナルで荷扱いをして折り返し、旅客列車はビエンチャンの新駅まで入ってくる事が想定される」と現地の状況を読み解く。

中国「地政学的前進」

中国ラオス鉄道の軌間は中国国内と同じ標準軌(1435mm)のため、タイ国鉄と車両の直通はできない。だが、貨物の載せ替えが必要となるとはいえ、タイやマレーシアへの物資輸送がマラッカ海峡を通ることなく陸路で完結するのは、中国にとっては大きな地政学的前進だ。


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こうした中国にとっての多大なメリットがあるからこそ、中国ラオス鉄道が「一帯一路の重要プロジェクト」「近隣諸国の利益のための一帯一路構想の縮図」と評されるわけだ。旅客営業開始日の12月4日には、昆明から貨物列車がビエンチャンに向け出発し、1000kmの距離を走り通した。

コロナ禍の影響で、旅客輸送についてはまず国内区間の開業となった中国ラオス鉄道。両国間を結ぶ本格的な開業の後は、どんな形でのヒト、モノの動きが起こるだろうか。2月の旧正月には、雲南省区間を含む「中老昆万鉄路」を100万人が利用する見込みとの報道もある。

圧倒的な中国の影響力拡大となるのか、それともASEAN側の利益やメリットが生まれるのか。今後もさまざまな点で目が離せない鉄道となりそうだ。