40代、50代ともなれば、親の介護が頭をよぎることもあるでしょう。来るべきに備え、今から心づもりをしておきたいもの。人生の大先輩であり、親の介護もしてきた、NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」の理事長を務める樋口恵子さんに、お話を伺いました。


樋口恵子さん

40代から考える未来の親の介護。今から頭に入れておきたいこと



いつか来るかもしれない親の介護。自身も介護を経験し、そして親の立場でもある樋口さんに備えられることを教えてもらいました。

●今年は「親の希望」を聞く第一歩の年に



「私は読売新聞ので『人生案内』という人生相談の回答者を長年務めておりますが、家庭問題でもよく聞かれるのが、介護トラブル。親も子も介護については何にも話さぬまま、ある日突然親がドタリと倒れて上へ下への大騒動。そして介護が始まれば、介護やそれにかかる経済の負担がきょうだいの一人に集中する。そうした不公平、不満はじつによく聞かれます。

そうなる前に、できれば親の方から、自身の介護について方針を話しておくのが理想ですよね。でもそうはいかないのが現実。一向に言い出してくれなければ、子の方から切り出すしかないでしょう」

例えば今年の年末などにきょうだいが集う機会があれば、「お父さん、お母さんに何かが起きた時、どうしたいか希望を聞いておきたいな」などです。

「できれば、他のきょうだいも集まっている席で話し合い、状況が許すならば『言った、言わない』を避けるためにも書き留めておくといいでしょう。パンドラの箱を開けるのには勇気が要ります。ですが、思いきって開くことで、親の希望だけでなく、きょうだいや配偶者の介護負担の意志を確認できる。その点でも、大きな前進です。介護が始まると、相手の気持ちが分からず喧嘩することも多いので、落ち着いているうちに話し合うのが吉です。

もちろん、今年のうちに全部決めなくても構いません。まずは親の希望を述べていただく。今年はその第一歩の年にしてはいかがでしょうか。40代、50代は親の介護においても、覚悟の始め時です」

●もし親を手助けする立場になったら…




※写真はイメージです

いざ、親を手助けすることになった場合、子の側としてはどのような態度で接すればよいか。それまでの親子関係や状況にもよりますが、親の気持ちは知っておきたいところ。
60代の一人娘と同居を続けてきた樋口さんは、複雑な親心をそっと打ち明けてくれました。

「高齢の親を抱える娘は、往々にして、親の生活や食事に口出しをします。親の立場からすると、煩わしく思う反面、ありがたみも感じます。気にかけてくれている証拠ですから。

『転ぶといけないからあまり歩かないでくださいね』ともよく言われがちですよね。ただ、歩かないでいると、筋力が弱ってかえって転びやすくなるという考え方もある。ですから、親が望む健康法は少しくらいやらせてあげてもいいのではないでしょうか。食べ物も、糖尿病だのなんだのと気にはなるでしょうけれど、余りやかましく言うよりは、食べたいものもある程度は食べさせたほうがストレス対策にはいいのでは…と、個人的に思います」

そんな樋口さん親子も、最近関係が変わりつつあるそう。

「少し前までは、娘から生野菜を食べろだの何だのと細かく指示されたら、『うるさい!』と大喧嘩。それが、最近では『はいはい』と聞き流せるようになりました。その代わり栄養たっぷりの食事をおすそ分けでいただこう、と開き直ったの。調理することが億劫になってきている今、小言を言われてもやってもらった方が得策だという境地に至ってきたんです。娘からすれば、親の口答えが減ったのは元気がなくなった証拠だと、心配してくれているかもしれませんね」

●10年後の親の住まいは予測不可能?




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住む家についても、親子でどのように話し合うべきか、悩みどころです。

「親の終の棲家は、今の家に住み続けるか、施設に入るか、利便性が高くコンパクトなマンションに住み替えるか…。それもやっぱり、本人の希望が第一。
そのうえで、心身の症状など諸事情も考慮しなければなりません。例えば家で倒れて救急措置が必要になったら、家に居続けることは難しいですよね。家か病院かは、本人の希望以上に、その人が死ぬか生きるか長引くか、症状にもよるんです。

在宅医療の体制が整っていない地域では、医療従事者が常駐している施設の方が心強いでしょう。何よりも『かかりつけ医』を決めておくことです。高齢者の死亡は、交通事故よりもお風呂場での溺死や階段などからの転落死が多いので、死亡診断書を書いてもらえる点でも安心です。

長年住み慣れた家で死にたいという親世代の気持ちはよく分かります。ですが、体調によっては住み慣れた家で楽しみながら老いられるか。そして老いていく人が乱暴になったりせず穏やかに老いていけるか。もし親と子が離れて暮らしているなら、親は自宅で年中誰かにつきっきりで世話をしてもらうことも叶わないでしょうから、孤独に耐えうる覚悟も問われます」

とはいえ、老い衰えた時の状況や心境は、当人でさえもわかりません。

「かくいう私も、老後は高級老人ホームで悠々自適に余生を送る予定でした。ところが、自宅の老朽化が進み、近所に迷惑がかからぬようにと老後資金をはたいて戸建てを建て替え、この家に住み続けることになりました。これは親である私も、娘にしても、とんだ誤算でしたね(笑)」

親子関係も、居心地のいい住環境も、時とともに変わっていくもの。そのことを念頭に、柔軟に動けるようにしておくことが最大の準備といえるでしょう。

<取材・文/ESSEonline編集部>

●教えてくれた人
【樋口恵子さん】



1932年、東京都生まれ。東京大学文学部を卒業後、時事通信社、学習研究社などを経て、評論家に。東京家政大学名誉教授。NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」理事長。近著に、「老いの福袋 あっぱれ! ころばぬ先の知恵88
」(中央公論新社)がある。