起業家教育の専門家、山川恭弘氏が考える「起業家の思考と実践術」とは?(写真:山川氏提供)

アントレプレナーシップ(起業家)教育の最高峰として知られるアメリカのバブソン大学。世界中の有名実業家が卒業生として名を連ねており、日本でもトヨタ自動車の豊田章男社長、イオンの岡田元也社長、スパークス・グループ創業者の阿部修平氏などが同大学で学んだことで知られる。

そのバブソン大学で長年教鞭を執ってきたのが、山川恭弘氏だ。専門は起業に関する失敗について研究する失敗学で、学生たちがつけた愛称は「Dr Failure」。そんな山川氏が10月、「全米ナンバーワンビジネススクールで教える 起業家の思考と実践術」(小社刊)を上梓した。

山川氏は別の顔も持っている。今年10月、東京の虎ノ門ヒルズビジネスタワーに開業したオフィス「ケンブリッジ・イノベーション・センター」(CIC)。CICはアメリカのボストンに本社があり、起業家向けオフィスを世界展開する。アジアの初拠点として東京に開業するにあたり、先導役となったのが山川氏だ。約3年前から開業に向けて奔走、現在は日本法人のプレジデントを務める。その道のりは「起業道」の実践そのものだった。

起業家教育のプロが考える「起業家の思考と実践術」とは何か。たっぷりと聞いた。

「私は誰?」という問いかけから始まる

――著書で「起業道」は特別な人だけのものではないと指摘しています。

起業家のように考えて、起業家のように行動することを「起業道」とすれば、それは誰でも実践できることなんです。生活の中で「もっとこうすればいいのに」と思うことがありますよね。それを改善できれば、世の中が少しずつ良くなる。そしてそれは、その人にとって自分で生き抜く力につながります。

「Innovation is for everyone」。この本はいわゆる起業家の教科書にはしませんでした。必要なことが書いてあるけれども、誰でも手にとれるように、1章1章をストーリー仕立てにして、起きた問題を「起業家の思考」で解決していくという構成です。

――起業も、自分を知ることから始まるそうですね。

まず「Who am I?」、自己理解こそが起業の出発点です。バブソン大学で強調するのは、「Desire」(欲望)です。自分が何をしたいのかという欲望と、世の中にどんなインパクトをもたらしたいのかという欲望。これらを通して自分を知ることが本当の軸になります。

そのうえに世界中にある問題をかぶせます。世界の大問題でも、身近な問題でもいい。たとえば世界中から貧困をなくしたいということでもいいし、日常の買い物で小銭が多すぎて困るといったことでもいい。大事なのは、それが本当に情熱を持って取り組める問題かどうかです。

自分のDesireと問題が連携すればしめたもの。あとは実践あるのみです。

まず「行動ありき」。何事も行動しなければ始まりません。次に「失敗ありき」。失敗は必然です。前もってどこまでの失敗なら許容できるかを決めておきます。そして「人を巻き込む」。問題が大きいほど、1人では解決できません。これらを「起業の3大原則」といいます。

行動して、フィードバックを得て、何かを学び、それをビルドする。そしてDesireに戻り「これって、自分のやりたいことだっけ?」と考えて、軌道修正して、動いて学ぶ。起業のプロセスは、この繰り返しです。

こうしたことって、学生さんでも主婦のみなさんでも実践できると思うんです。学校のクラブ活動で起きたことの解決にも、日常の何気ない問題の解決にも、応用できる行動法則です。もちろん、ビジネスパーソンの日々の業務にも大いに役立ちます。

日本人は世界で最も「失敗を恐れる」

――日本人は起業に関する意識が低いという調査があるそうですね。

世界最大の起業に関する統計レポートであるグローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)によると、1999年の統計開始以来、日本の起業指標は世界で最低水準です。

たとえば起業活動率(人口に占める起業活動をしている人の割合)はイタリアやフランスなどと並び最低水準ですし、起業機会の認識が少なく、起業に対する自信も低い。何より「失敗に対する恐怖」が世界ワーストです。


山川恭弘(やまかわ・やすひろ)/バブソン大学アントレプレナーシップ准教授。東京大学教授。ベンチャーカフェ東京代表理事。CICジャパンプレジデント。慶応大学法学部卒業。ピーター・ドラッカー経営大学院にて経営学修士課程(MBA)修了。テキサス州立大学ダラス校にて国際経営学博士号(Ph.D.)取得。バブソン大学では起業道・失敗学・経営戦略を教える(写真:山川氏提供)

新型コロナ禍でも日本人のこうした姿勢は顕著だったと思います。「まあそうは言っても、誰かが解決してくれる」、企業経営についても「一部の人がやっている」という感覚が拭えない。事が終わるまで何とか潜んでいよう、隠れていようという人が多かったように思います。

一方で「自分でできることをやろう」と考えるのが欧米型です。企業もすぐにマスクを作ったり、フェイスシールドを作ったりする。出来はひどいんですよ(笑)。でも、とにかくやってみるんです。学生もそうですね。自分事であるととらえ、行動に移す人が多かった。

日本人はなぜそこまで失敗を恐れるのか。やはり恥の文化が背景にあると思います。日本人は他人の目を気にして、とにかく恥をかきたくない、格好悪いと思われたくないんですね。

こうした姿勢は創造性を阻害します。ある研究によると、創造性の阻害要因は2つに集約される。ひとつは失敗を恐れる姿勢、もうひとつは他人からけなされたくないという姿勢です。日本人は特に後者の姿勢が強いと言われています。

「まず一歩踏み出せ」

現在は変化が激しく先行きが不透明な時代です。過去の延長上に成功があるわけではありません。平均であれば安泰なわけではない。日本の学生に「あなたは平均でいたいですか」と聞くと、多くは否定的な答えが返ってくる。ですが一方で、まだ日本では、メインストリームから外れることに抵抗感のある人が多い。

日本人はとても教育レベルが高い。ですが、自分で自分を制約してしまっているように見えます。そういう人たちに対して、私は「まず一歩踏み出せ」と言いたい。先行きが不透明な時代、一歩踏み出した人たちにはすごいチャンスがあるんです。

勇気を持って、一歩踏み出してみる。次に、「一歩踏み外し」て失敗してみる。そしてその先に、違ったものの見方を学び、自分の世界を変えて「一歩はみ出す」。はみ出した人こそ、大胆なことができるものです。

若いときから少しずつはみ出してみる。そして失敗からたくさん学び、「失敗の成功例」をどんどん増やしてほしいですね。

――今月、虎ノ門ヒルズビジネスタワーに、ベンチャーやイノベーションに特化したオフィス「CIC」が開業しました。山川さんは実質的な日本側の責任者として、プロジェクトの当初からかかわりました。


ベンチャーカフェのイベントの様子。虎ノ門ヒルズのカフェで毎週木曜日に開催してきた(写真:山川氏提供)

まさにゼロからのスタートでした。まず2018年3月、CICの姉妹組織である「ベンチャーカフェ」を立ち上げ、毎週木曜日、起業やイノベーションについて議論し合うコミュニティーを作りました。ベンチャーカフェは企業や大学などからの寄付で成り立つ非営利組織で、誰でも無料で参加できます。これまで120回のイベントを行い、延べ3万人を動員しました。

ベンチャーカフェを立ち上げる前に、ボストンの幹部からは「日本企業の賛同は得ている」と言われていたのですが、実際は資金の手当てはまったくついていませんでした。企業からすれば、理念に賛同しても、カネを出すかは別問題ですよね。結局、僕が日本に乗りこみ、直接交渉しました。

寄付は少しずつ増えましたけど、継続してもらうには、ベンチャーカフェ自体を進化させないといけない。今年6月には茨城県つくば市と愛知県名古屋市と連携して交流プログラムを開始しました。今後もイベント企画を含めて、進化させていきます。


虎ノ門ヒルズビジネスタワー15〜16階に入居するCIC東京の模型図。わざと迷路のような構造にして、人々の出会いやコミュニケーションを促す(記者撮影)

ベンチャーカフェでの活動と並行して、CIC開業の準備を進めました。そこで僕がやったことは、まさにバブソン大学で教えている「起業3大原則」の実践です。

まず行動ありき、次に失敗ありき、そして人を巻き込む。CICは日本初進出でしたが、外からやってきたからこそ、失敗しても許される面がある。それを最大限利用して、常識を破る、やっちゃいけないと言われていることをどんどんやっていこうと思いました。

起業ではこうすればすべてうまくいくといった魔法の一手はありません。大事なことは失敗から学ぶことです。私は投資利益率=ROI(Return On Investment)ならぬROL(Return On Learning)と名付けていますが、ROLを高めることこそ、最も大事なことです。

集まることが難しい今こそ、価値が高まる

「人を巻き込む」という点では、何より人を大事にしました。まず価値観を共有できるコアメンバーを決めて、彼らが動きやすい環境を整えました。そしてベンチャーカフェの登壇者や参加者で「この人は」と思う人に声をかけたりして、少しずつ社員が増えていきました。社員が増えていけば摩擦も増えますが、その度に合宿をして、徹底的に議論しました。意思決定のプロセスは完全にボトムアップです。その中でWe are ONEというカルチャーが醸成されたと感じます。

――開業準備中に新型コロナが世界中で蔓延しました。

CICは世界11都市に19拠点を展開していますが、コロナ禍でも落ち込みが比較的小さかった。「WeWork」を展開するウィーカンパニーが沈む中で、われわれはむしろ浮上したんです。それは、CICが単なるシェアオフィスではなく、イノベーションの集積地として評価されてきたからだと思っています。

コロナ禍で集まることが難しい今こそ、CICの価値が高まる。テレワークで効率化できる業務はたくさんありますが、一方で人が集まって、多様な価値観がぶつかり合ってこそ創造的な仕事ができる。そうした本気で仕事をクリエイトしたいと思う人たちに、CICを使ってもらいたい。


開業に際しては、ある程度そろったら早めに開業しようという議論もあったんですが、家具など細部にまでこだわって、満を持して開業しました。商習慣の違いもあり、パートナーの森ビルさんとは途中衝突もありましたが、森ビルさんの熱意があったからこそ開業にこぎ着けられました。

――開業までのプロセスは、ベンチャー企業そのものですね。

自分でも大学で教えていることを実践したいという思いがありました。バブソン大学は学生の目も厳しいです。「あの先生は本を読めばわかることばかり言っている」とか。学生たちが求めているのは生の情報であり、現実に基づいた議論です。起業家教育の分野は、理論だけでなく、実践が重要です。僕も理論を自ら実践し、証明したかった。

起業道というのは、本当に誰にでもできることです。不確実な時代、むしろ行動しないことがリスク。みなさんにも、まずは一歩踏み出し、それをとことん楽しんでもらいたいですね。