「不動産界のダイハード」と評される男がいる。不動産会社クリードを率いる宗吉敏彦社長だ。宗吉氏はリーマンショックで負債650億円を抱えたが、いま東南アジアで奇跡の復活を遂げつつある。日本経済新聞記者の前野雅弥氏は「急成長を支えたのは、年率7%というカンボジアの経済成長率の高さだった」という--。(第2回/全2回)

※本稿は、前野雅弥、富山篤『アジア不動産で大逆転「クリードの奇跡」』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

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■コロナが一段落すれば、溢れたマネーが暴れ出す

2020年春。宗吉敏彦は久しぶりに日本で桜の季節を過ごした。クリードが会社の再建を完了したのを契機に宗吉は仕事の拠点も家庭もシンガポールに移した。「日本には未練は全くない」という宗吉だが、それでも街が淡い桃色に染まる風景を見るのはどこか懐かしい。

とはいえ特別の感慨にふけるわけでもない。慣れ親しんだ日本の風景も今はよく知る異国の1シーンだ。それよりも今、宗吉の心を捉えているのは新型コロナウイルスだ。世界は動乱に突入した。動乱はすべてをリセットする。固定化しつつあった秩序をぶち壊す。弱者やこれから成り上がろうとする者たちが這い上がる。

それはマネーの動きが証明していた。世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長が「パンデミック(世界的な大流行)とみなせる」と表明すると、1カ月もしないうちに主要20カ国・地域(G20)は新型コロナウイルス危機の経済対策として計5兆ドル(約550兆円)を拠出することを表明、米国も過去最大の2兆ドル(約220兆円)規模の景気刺激策法案に署名し、法律を成立させた。世界にマネーが溢れ出てきている。

コロナが一段落すればこうして市場(マーケット)に拠出されたマネーが暴れ出す。うねるマネーの波頭を捉えるために俺は何でもやる。そのためには世界中のどこにだって俺は行く。宗吉はそう思っている。

■日本の40年遅れでやってきた経済成長

アフター・コロナ--。宗吉はそれを「もう1度、東南アジアから始めてみよう」と思っている。東南アジアの平均年齢はどの国も20〜30歳代。日本(47.7歳)に比べると格段に若く成長に対しても依然、貪欲だ。

新型コロナウイルス前まで年率5〜7%の経済成長を維持、宗吉がいくつかの国で仕掛けた1000戸単位のマンションや戸建ての開発プロジェクトも、売り出した瞬間に売り切れる「即完」状態が続いていた。実際、2020年までに宗吉が手がけた住宅は仕掛かりも含めて3万5000戸。総事業開発費は4000億円に上る。

手始めはベトナムだ。ベトナムの国民の平均年齢は30.9歳。47.7歳の日本に比べると極めて若い。サイクル的には日本よりもちょうど40年遅れ。今、まさに成長期なのである。

国が若い分、経済の成長力もすさまじい。「人口が1億人に届こうかというレベルにまで拡大、平均年齢が低く、経済成長率が高いとなれば、住宅マーケットが停滞したままであるはずがない。コロナが収まれば、いずれまた再び目覚ましい成長期に突入する」

ただ、大変な国でもある。宗吉が最初、ベトナムに進出した頃はこんな調子だった。ある平日の午後のこと。ベトナムで業務提携している企業を訪れ、職場のドアを開けた。違和感があった。ほんのりとアルコールのにおいがするのだ。

■ベトナムでは300戸が2時間で完売

「何だろう……。このにおいは」。ふと見ると男たちの顔が、かすかに赤い。机の上にはベトナムの代表的なもち米焼酎「ネプモイ」の瓶。宗吉が顔をのぞかせると親日国らしい人なつっこい笑顔で「やあムネヨシさん。コンニチハ。元気デスカ」――。

昼間から職場で焼酎をあおっているのだが、当事者たちは何の罪悪感もない。あまりに屈託のない様子に宗吉も「何だ。昼間から酒なんか飲んで。しっかり仕事をしてくれよ」と言うのを忘れた。そして思わず笑顔で「やあ、コンニチハ」と返してしまった。ベトナムではまだ「働く」ということが、どういうことか、分かっている企業は少なかった。

その一方で「当たる」となればすさまじかった。クリードがベトナムで手がけた新築マンションプロジェクト「スカイ89」がそうだった。2018年8月4日、ホーチミン市で中・低所得者向けに300戸(1000万〜1500万円)を売り出したのだが、たった2時間ですべてが売れた。

「蒸発」だった。モデルルームはホーチミン市内の中心地から10キロ、サイゴン川沿いに設けられたが、発売のイベントは市内のイベントホールを借り切って行った。

まるで有名ミュージシャンのコンサートのようにざざっと人が詰めかけ、開場と同時に購入者でごった返した。実際、歌手がやってきて歌ったり、サーカスのようなショーも行われたが、購入者はさっさと契約を済ませ、午前中にマンションは完売、午後になると会場は午前中の喧噪がウソのように静まり返った。

■資金効率が良いベトナム不動産事情

ベトナムの場合は日本と違い人口は増える。GDP(国内総生産)の成長率6.81%(2017年)は続かないとしても、国民の平均年齢(30.9歳)は、日本で言えば1975年前後の水準で、まだまだ伸びしろはある。長い目で見れば経済は右肩上がりだ。

「それならば、より早く、よりたくさん買ってたくさん儲もうける。それが基本だ」。宗吉と面識のある投資家、村上世彰はかつて宗吉にこうアドバイスした。そしてこうも言った。

「経済が成長する過程では、一定期間に必ず、リーマン・ショックなどのイベントが発生する。それを忘れてはならない。そうしたリスクが発生した時にも経営が揺らがないビジネスモデルを構築しておかなければならない。だから資金も極力、効率的に運用すべきだ」

それを宗吉は実践しようとしている。とりわけ肝に命じているのが資金の効率的な運用だ。当たり前のようだが、実に重要なことである。また、ベトナムはそれができる国でもあった。

ベトナムの場合、特徴的なのは住宅ローン制度がしっかりあることだ。しかも、日本よりも早い段階で購入者に融資を実行してくれる。ベトナムも日本もマンションの売買は物件が完成する約1〜3年前に購入契約を結ぶいわゆる「青田買い」。日本の場合、購入者は最初に分譲価格の10%程度を支払ってくれるが、残り90%は物件が完成しないと入金してくれない。

しかしベトナムは中・低所得者向けの住宅ローンがつけば、マンションが完成するまでに購入者は定期的にお金を振り込んでくれる。「だいたい50〜60%はマンションが竣工する前に支払ってくれる」(宗吉)

しかも日本とベトナムで違いが大きいのは土地代だ。日本ならマンションの価格の約50%が土地代なのに対して、土地が安いベトナムならせいぜい10〜20%で済む。日本の不動産会社はまず土地を買わないと話にならないが、ベトナムの場合、そのコストが極めて小さい。

この資金効率の良さこそ「ベトナムのプロジェクトの面白さ」と宗吉は言う。

■村上世彰「カンボジアは土地持ちが一番儲かる」

カンボジアの首都プノンペン。カンボジア証券取引所(CSX)はその中心地106通り沿いにある。現在、カンボジア証券取引所に上場する企業はたった5社。最も早かった上場案件は2012年4月18日、プノンペン上水道公社(PPWSA)だった。

そして6社目。宗吉率いるクリードがその6社目となりそうなのだ。2009年1月、東証1部では上場廃止となったはずのクリードが、インドシナ半島の南に位置するカンボジアで息を吹き返そうとしているのだ。

日本での会社更生法の適用から約10年。舞台を東南アジアに移した宗吉は、カンボジアでも現在3つの巨大プロジェクトを手がけ、5つの事業会社を立ち上げた。今後はそれらを1つにまとめてカンボジア証券取引所(CSX)に上場する計画だという。手続きが円滑に進めばあと1〜2年で上場が完了する。日本から4000キロメートル以上離れたカンボジアで、クリードの名前が表舞台に登場する。

クリードの急成長を支えたのがカンボジアの経済成長率の高さ。2015年が7.2%、2016年と2017年はいずれも7.0%だった。

■「これが経済成長率7%の実力か……」

「経済成長は大きくみると人口動態に影響される。基本的に人口が増えている限り、経済は右肩上がり。その時々の為替や経済変動はあるが、結局はこの国では早くからたくさんの土地を持っているヤツが一番儲かる」(投資家の村上世彰)

その言葉に従い、宗吉が大がかりに手がけたのが「ボレイ・マハ・センソック・プロジェクト」。総戸数は759戸だ。住戸は1戸あたり5万〜6万ドル(約550万〜660万円)。2015年3月に取得した土地に2018年までに開発を計画していた合計759戸が完成したが、このすべてが完成までに売れてしまった。

「これが経済成長率7%の実力か……」と宗吉。中間層を狙う戦略がピタリ的中した格好だ。予想を上回る好調ぶりに「こんなことならもっと周辺の土地を買っておけばよかった」。

ただ、ここでユニークなのはクリードがリスクをとっていることだ。自身がリスクを負担し実質的に顧客にローンを提供することで、住戸を販売する。クリードは購入者の信用調査を行わないため、金利は10%強と高めに設定しているが、1〜2年延滞なしに支払いが実行されれば、その信用で銀行での借り換えを勧め、これで資金を回収することにしている。現在のところ未回収のお金はほとんどない。

■現地の事情を理解し、時間を味方にする

「東南アジアでの住宅分譲ビジネスは、買い手の資金調達までセットで考えないと成り立たない」と宗吉。現地の銀行は「貧乏人には金を貸さない。金持ちに金を貸して高い金利をもらうのが我々のビジネスだ」といった調子。

十分な収入があっても、小さな商店の店主が書面で収入を証明できなかったりすると、ローンをつけてもらえない。そういった層に対してクリードが「この人は大丈夫だ」「誠意があるから返してくれる」と判断した場合は、銀行の代わりにリスクを取って住宅ローンを組む。

前野雅弥、富山篤『アジア不動産で大逆転「クリードの奇跡」』(プレジデント社)

確かに「ボレイ・マハ・センソック・プロジェクト」は優良な投資案件だった。クリードが土地を取得した2015年3月期時点で開発地11万4000平方メートルの価格は約10億円。それが今では20億円と取得時の2倍にまで跳ね上がった。経済成長7%の国では時間が味方する典型的な見本だった。

1人当たりのGDPが日本の20分の1のカンボジアでプロジェクトをするなら、リスクを覚悟しなければ何も始まらない。もちろん、それがビジネスとして正解なのか、宗吉はよく分からない。

しかし、ボレイ・マハ・センソックの広場で学校から帰った子どもたちが歓声を上げながら遊んでいたり、池のほとりに造ったあずまやで、家を買ってくれたお客さんが上半身裸で、気持ちよさそうに夕涼みをしていたり……。

決して余裕はないけれど、それなりに満足できる家に住み、日々の生活を送っている人たちの様子を見ていると、自分がやった仕事の意味を感じるのだ。そんな時に宗吉は、新興国で中間層向けに受け入れられる不動産を開発し、そのうえで利益を得ているということに誇りを感じるのだった。

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前野 雅弥(まえの・まさや)
日本経済新聞記者
東京経済部で大蔵省、自治省などを担当後、金融、エレクトロニクス、石油、ビール業界等を取材。現在は医療、不動産関連の記事を執筆。著者に『田中角栄のふろしき』(日本経済新聞出版社)がある。
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(日本経済新聞記者 前野 雅弥)