北朝鮮崩壊へアメリカが隠し持つ「極秘計画」
手術失敗による重病説が浮上している金正恩委員長(写真:REUTERS/Heo Ran)
金正恩朝鮮労働党委員長が重病で死に瀕している可能性もあるという一報が流れたことによって、韓国、アメリカ、そして中国には小さな衝撃が走った。これら3カ国の政府はすべて、明確な後継計画も持たない核武装国家の権力崩壊に対して備える必要性に突如として直面することになったからだ。
金の健康状態に関する状況が依然不透明な中、アメリカのドナルド・トランプ大統領、韓国の文在寅大統領、および中国の習近平国家主席が、北朝鮮内での危機に対して準備ができていないことは明らかだ。
北朝鮮に手が回らない状態
金の重病説を軽視することを狙った彼らの急ごしらえなコメントから判断すると、3人とも金が引き続き指導者として権力を握り続けることを期待しているようだ。アメリカと韓国の同盟関係が崩れ、中国には協力するための動機がほとんどなく、全政府が新型コロナウイルスへの対処にてんてこ舞いの今、すぐに対応することはほぼ無理だろう。
「私が知る限り、北朝鮮の崩壊に対して準備できているところはない」と、オバマ政権の元韓国政策担当国防省高官のヴァン・ジャクソンは語る。「トランプ就任以降、同盟の中で崩壊シナリオに関して高官レベルではおそらく何の取り組みもなされていないのではないか。
文政権は北朝鮮の崩壊シナリオを『自己成就的予言』と見なし、関心を持っていない。中国は後継危機が起きても他国よりはいい立ち位置にあるだろうが、中国すら入り込む隙はあまりなく、影響力も限られている」と、現在はニュージーランド・ウェリントンのヴィクトリア大学のシニアレクチャラーであるジャクソンは付け加えた。
しかし、北朝鮮危機への対応を避けたいという思いは、計画がないという意味ではない。アメリカと韓国には、北朝鮮の体制が崩壊した場合に、合同軍事行動を行うための秘密の作戦計画「OPLAN 5029」がある。
詳細は極秘扱いのままだが、内容に詳しい安全保障アナリストによると、政権側近によるクーデター、対立する派閥間の内戦、自然災害、国境を越えた難民の大量流入など、さまざまな不測の事態を考慮しているという。OPLAN 5029は、軍や科学者のチームを派遣して、北朝鮮の核兵器を回収・確保する計画をもカバーしていると、安全保障の専門家は語る。
同計画は、北朝鮮の政権崩壊に備えるために、韓国の保守系金泳三政権がその政権末期の1997年に結んだ包括的合意に基づいている。合意は、北朝鮮の建国者金日成の死に続いて起こった大規模な飢饉およびそれに伴って生じた核兵器開発をめぐる最初の危機をきっかけとする。合意は、北朝鮮での治安崩壊に対処する大枠を定めた概念計画(CONPLAN)5029となった。
噛み合わない米韓それぞれの思惑
1998年の早期に政権をとった韓国の革新系金大中政権の関心事は、むしろ北朝鮮との和解と再統合の理想を追い求めることだった。しかしアメリカはCONPLANを、軍隊および装備の流れと、軍隊の指揮官を定める作戦計画へと転換することを要求した。
2003年に政権をとった革新系の盧武鉉政権に対して提示されたアメリカの提案では、北朝鮮との戦争に対応するために組織された米韓連合司令部の場合と同様、軍隊はアメリカ司令官の指揮下に置かれていた。
同政権下の韓国国家安全保障会議は例外的な公開の声明を出して、「韓国の主権を犯す」としてアメリカの計画を拒絶した。その後困難な協議が続き、李明博大統領のもと保守が政権をとる2009年まで計画は合意されなかった。韓国軍を指揮するアメリカの軍事計画者は、大韓民国国軍側と協議して、アメリカの司令官が指揮する何十万の兵士を国境に送る詳細なプランを策定した。
現実はもっと複雑だった。ベテラン外務官僚の千英宇は2010年10月、2013年初頭まで務めることになる、李大統領の外交安保首席秘書官の地位に就いて間もないころOPLAN 5029について知らされた。千は、計画は国際システムも、法的状況も、北朝鮮国内の社会的力学も考慮しておらず「非現実的」であると感じた。
千は「いずれにせよ、アメリカが北朝鮮で軍事作戦を指揮することは許されない」と話す。計画は、アメリカの支援を受けて韓国軍が治安安定作戦を受け持ち、アメリカ軍が大量破壊兵器を確保するうえで中心的役割を演じることを想定している。
「これらの計画はアメリカ軍が想像できるあらゆる不測の事態をカバーしなければならないという永続的な信念によって掲げ続けられており、その一部は、こうしたことは実際にできないとしても、極端な状況下で迅速に実行できるということを世界の指導者に示す目的がある」と、東アジアの安全保障問題に詳しいブルッキングス研究所の上級研究員ジョナサン・ポラックは話す。
「韓国軍がアメリカの戦略に完全に協力していないときでも、アメリカの戦略に完全に協力していた、と自らを納得させることを意図していたのだろう」
トランプ就任後も計画は維持
OPLAN 5029は、少なくとも紙面上では、盧の元参謀長である文大統領の下で革新派が政権に復帰した後も、また、トランプが登場して対外的に「アメリカ第一主義」を掲げた後も、そのままの状態を保っている。トランプ政権の元国家安全保障顧問のH.R.マクマスター中将は、OPLAN 5029について具体的にはコメントしないものの、「われわれはすべての潜在的な不測の事態を予測し、準備しようとした」と話す。
トランプは北朝鮮に対する「怒りと炎」が頂点に達していた2017年、北朝鮮への局部攻撃を実施するためのオプションを準備するように国防総省に働きかけた。しかし、2019年末までインド太平洋安全保障問題担当の国防次官補を務めたランダル・シュライバーによると、国防総省では北朝鮮崩壊を想定したOPLAN 5029の見直しや議論は行われなかったという。
「一般的に、軍事計画、特にOPLAN 5029は、アメリカの大統領が何をしたいのかということも含めて、根本的に多くの仮定に依存している 」と、韓国での経験が長い元国務省高官のデビッド・ストラウブは話す。「トランプが大統領を務める限り、OPLAN 5029やこうした計画は基本的には無意味だと思う。トランプが何をするかは誰にもわからない」。
一方、北朝鮮との関係改善に力を入れる文政権下では、「OPLAN 5029は死んでいる」と、前述の千は話す。「政権崩壊の可能性について話すことは政治的タブーになっている。北朝鮮で不安定な状況が発生した場合、文政権は金政権を救い、安定させ、支援するために全力を尽くすだろう」。
米韓関係は、両国間の防衛費分担に関する協議の行き詰まりによっても損なわれている。トランプは双方の関係者が作成した妥協案を阻止し、アメリカ軍が韓国に圧力をかけるために撤退するかもしれないと、漠然と脅している。文も4月中旬の議会選挙で地滑り的な勝利を収めたこともあり、妥協する意欲は停滞している。
中国はどうだろうか。中国共産党は北朝鮮と密接な関係を維持しており、中国は金政権に対する経済的および戦略的支援の主要な基盤となっている。アメリカ政府関係者は、北朝鮮の不安定な情勢に直面した中国がクーデターを引き起こし、新しいリーダーを打ち立てる可能性があることについて長い間予測してきた。
しかし、金が死去した際に起こるかもしれない内紛に対して、はたして中国に介入する能力があるのか、または介入する意志があるのか懐疑的な人もいる。「中国は北朝鮮での後継者問題については関与しないだろう。そして、その結果がどんなものであれ、朝鮮労働党の決定を尊重する。それで中国が広く軽蔑されるかもしれないにもかかわらず、だ」と千は分析する。
難民の大量流出を懸念
「中国はそれよりも北朝鮮からの難民の大量流出を懸念しており、難民の受け入れをできる限り避けようとするだろう。中国は人道支援を通じて、状況を安定させるためにできることはする。しかし、政治的には、中国は特定の派閥の側にはつかないよう注意している。実際、中国は北朝鮮の政治紛争の結果に直接影響を与えられるような実際的な手段を持っていない」。
中国が北朝鮮の政権崩壊に対処するため、アメリカと協力する可能性も低い。「かつてだったらあったかもしれないが、現在ではありえない」と元アジア太平洋担当第一副次官補のエヴァンズ・リヴィア氏は話す。
「米中関係の広がりが挫折したことや、中国がアメリカとの戦略的関係についての考え方を変えたこと、中国政府が北朝鮮政府との関係の再構築に重点を置いたこと、中国が南北朝鮮と良好で安定した関係を築けるという信念を持っていること、中国がアメリカを近隣から追い出したいという願望を抱いていること、そしてトランプ政権を追い出すための準備が明白に行われていること……これ全てから言えるのは、南北朝鮮に関する米中の協力関係の『古き良き時代』がおそらくすでに終わったということだ」。
秘密に隠された北朝鮮からは、新しいうわさが次から次へと出てくるだろう。さらに、その一部は本当であると判明するかもしれない。そして、OPLAN 5029は依然として計画から消えてはいない。しかし、それを実行する意志があるかどうかは明確ではない。