J1札幌選手、なぜ総額1億円の“報酬返納”を提案? 「ただの美しい話とは考えていない」
【J番記者コラム】他クラブに先駆けて練習の一般公開を再開「見てもらえることは励みになる」
4月3日から北海道コンサドーレ札幌は、練習の一般公開を再開している。
ご存じのように、新型コロナウイルスの影響でJリーグの公式戦は延期を余儀なくされており、感染拡大防止のためにほぼすべてのチームが練習を非公開としている。基本的に非公開練習を行わないオープンな姿勢だった札幌も同様の対応をしていたが、この日から再び一般公開に踏み切った。
7日に政府が特定地域の緊急事態宣言を発令。感染が拡大している首都圏など対象地域周辺から見れば、このタイミングで一般公開を再開した札幌の動きに違和感を覚えたかもしれない。
そのため地元に住む人間として、主観も含めながら補足すると、札幌市を含め北海道は他地域よりも早いタイミングで感染が拡大し、2月28日に緊急事態宣言が発令された。それからおよそ1カ月が経過し、現時点では陽性患者の発生確認数が低い数値で安定傾向にある。かといって気を緩めていいわけではまったくないのだが、3月末からの北海道は鈴木直道知事を中心に感染拡大防止の取り組みを行いつつ、社会経済活動を取り戻そうというステージに移行しようとしており、札幌としても地域行政と歩調を合わせたと解釈できる。
繰り返しになるが、油断をしていいわけではまったくない。当然ながら練習場に訪れるファン、取材者、関係者は検温、消毒をしっかりと行ってから敷地内に足を踏み入れるルールとなっている。
日本全体の状況を鑑みると様々な意見があって然るべきだが、練習が一般公開されたからといって直ちに平常時の景色が戻るわけでもない。平日の見学者は多くない。それでも「自分たちはプレーを見せるのが仕事なので、見てもらえることは励みになる」という選手の言葉を聞くと、様々な現状をひとまず横に置いておいて、前向きな気持ちになれたりもする。
札幌一筋13年目の主将宮澤「北海道への支援につながると考えた」
また、6日には選手一同から報酬の一部をクラブに返納する申し出があったことが発表された。全28選手の4月からの6カ月分の報酬の一部で、総額でおよそ1億円弱になるという。申し出を受け入れるかどうかはまだ決めていないものの、自身も給与の減額を申し出ている野々村芳和社長は「クラブに勇気をくれる提案だったと思う。感謝の気持ちでいっぱい」と話した。
これについて、選手を代表してキャプテンの宮澤裕樹が公式サイトを通じてコメントを発表しているが、「北海道への支援につながると考えた」という一文が印象深い。そして翌日には取材対応し、「家族もいるので、選手だけの感情では動けない」「自分たちのこうした決断によって、他チームやいろんな人に影響を与えるかもしれない」と、選手間で徹底して話し合ったことも明かしている。とりわけ後者に関しては強く意識している様子で、野々村社長も「他の団体やクラブが同調しなければいけないということでは決してない」と強調している。
「ただの美しい話だとは考えていない」
地元・北海道出身、札幌一筋プロ13年目の背番号10はそう口にした。
2008年に札幌入りし、以後、予算規模が小さく常にギリギリの経営を強いられていたクラブでプレーを続けてきた宮澤。サッカーに集中しながらも、経営面に自然と目が向くようになっていったのだと思う。実力者たちが財政的な理由からチームを離れていく光景を、それこそルーキーイヤーから幾度となく見てきたのだから。
それにとどまらず、宮澤本人も契約非更新になりかけた年があった。前年以上の緊縮財政を強いられ、戦力としては絶対的に必要な選手でありながらも、ちょうど複数年契約の最終年だった宮澤に新たな年俸提示できるだけの予算が、札幌になかったタイミングで迎えた年末のことだ。
最終的には当時、強化部長を務めていた三上大勝GMがなんとか資金を捻出してギリギリのところで契約更新にこぎつけたのだが、今日の札幌に欠かすことのできない生え抜きのバンディエラが、財政的な理由で札幌を離れていた可能性もあったのだ。クラブ経営の大変さや、それに伴う影響を直に感じながらキャリアを重ねてきた選手なのである。
クラブに受け継がれる“支え合う”意識 野々村社長「気持ちが嬉しい」
「いつも以上に支え合わなければならない」
宮澤はそうしたコメントも残している。
一昨年はリーグ戦で4位、昨年はルヴァンカップ準優勝。J1昇格とJ2降格を繰り返す“エレベータークラブ”とも揶揄された成績面は塗り替えられ、資金規模も着実に大きくなってきた。
2013年に一度は3億円規模にまで下がった強化費も、今季はおよそ18億円へと近づいている。クラブハウスの駐車場には外国産車が並ぶようにもなったし、間違いなく札幌は大きく変わりつつある。だが、長く在籍するキャプテンらを中心に、プレーに全力を注ぐと同時に、クラブの経営面なども考慮して自分たちから支えようとする選手たちの意識の根本は、経費削減を重視せざるを得なかったかつての札幌と変わらずに受け継がれているように思う。
今さら記すまでもなく、筆者がこうして自宅で文字を打って収入が得られるのも、そうした選手たちやクラブの存在があってこそである。「支え合う」という意味では、こちら側から彼らを支えるためにできることはほとんどないが、その意識だけは自分も強く持ちたいと改めて感じた次第だ。
世界中から連日、暗いニュースが届くこの日々のなかで、札幌の選手たちから前向きな気持ちを得た人は少なくないはず。「金銭的にどうこうではなく、気持ちが嬉しい」という野々村社長の言葉が、ピタリと当てはまる。(斉藤宏則 / Hironori Saito)