それにしても、GIII根岸S(2月2日/東京・ダート1400m)のモズアスコット(牡6歳)は強かった。直線で他馬を追い抜いていく時の脚が、1頭だけ次元が違っているように見えた。

 正直に言えば、筆者はレース前、この馬の馬券を買うか、買うまいか、散々悩んだ挙句、結局は「買えない」と判断した。

 GI安田記念馬で、クリストフ・ルメール騎手が乗る。馬の実力、騎手の手腕とも申し分ない。しかしながら、6歳にして、これが初ダートという点が引っかかった。これまで、同じような挑戦をした馬が凡走し、「やっぱりダートは合わなかった」と、陣営が言い訳するシーンを何度も見てきたからだ。

 ゆえに、この馬もまた「それらと同じだろう」と踏んだ。

 当日は3番人気。それでも、単勝が10倍近い配当(9.9倍)になったことに、筆者同様、評価しようとして”し切れなかった”ファンの、微妙な心理が表れていたように思う。

 だが、終わってみれば、モズアスコットのワンサイドゲーム。単勝1.9倍と断然人気のコパノキッキング(せん5歳)を、ゴール前で、まさに並ぶ間もなくかわして勝った。着差は1馬身4分の1。完勝だった。

「新星」と言うには、いささか歳をとっているものの、他馬を抜き去る終(しま)いの脚には凄みがあった。この馬は、まもなく迎えるGIフェブラリーS(2月23日/東京・ダート1600m)でも、有力な1頭になると思われた。


前哨戦の根岸Sを快勝したモズアスコット

 実は、この馬のダートへの挑戦は、かなり前から計画されていたことらしい。

 同馬は「フランケル産駒がほしい」というオーナーの意向で購入されたそうだが、もともと仔馬の頃から、アメリカのGI馬である母父ヘネシーの血を感じさせる特徴がよく出ていたという。

 2007年のフェブラリーSを制したサンライズバッカスをはじめ、ダートに良績のある産駒を多く出しているヘネシー。さらに同馬は、そのダート向きの走りだけでなく、がっちりとした”いかにもダート馬”という体型的な特徴を、子や孫たちにも「よく伝える」とされている。

 モズアスコットも、そうだった。

 そのため、同馬を管理する栗東の矢作芳人厩舎では、「芝でデビューさせるが、いずれはダートで走らせる」というプランが、早い段階からあったという。

 ただ、幸か不幸か、モズアスコットはデビュー3戦目にして芝の未勝利戦を勝つと、以来、一気に4連勝を飾ってオープン入り。しかも、その翌年には安田記念を勝って、GIの勲章まで手にしてしまったのだ。

 その結果、もともと「適性あり」と見ていたダート戦には、使いたくても、使えない状況になったのだが、昨秋あたりから、芝での成績がやや頭打ちになったことで、しばらく”休眠状態”にあった、ダート挑戦プランが再浮上。昨年の暮れには厩舎関係者から、来年、つまり2020年は「ダート競馬に挑戦する」と公言された。

 そして、モズアスコットは見事に結果を出した。

 だが、ある競馬関係者は「2着に敗れたとはいえ、コパノキッキングのほうが強い競馬をしている」と言って、モズアスコットの快勝劇に”異論”を唱える。

 というのも、根岸Sはかなりのハイペースとなって、逃げ・先行勢にとっては、厳しい展開になったからだ。それは、モズアスコットよりもさらに後方に構えていた、9番人気と人気薄の8歳馬スマートアヴァロンが馬券圏内(3着以内)に食い込んできたことからもわかる。

 そんな展開を生み出したのが、モズアスコットと同じ矢作厩舎のドリームキラリ(牡8歳)だった。したがって、先述の競馬関係者はこう主張する。

「あのハイペースのなか、2番手で追走し、2着に粘ったコパノキッキングは”さすが”という競馬をした。一方、モズアスコットは、同厩のドリームキラリのアシストがあって、勝てたようなもの。見た目の印象ほど、高く評価はできません」

 その評価の是非はともかく、モズアスコットの真価が問われる一戦は、あと数日後に行なわれる。

 間近に迫ったその大舞台において、モズアスコットの勝算はどれほどのものか。

「厳しい戦いになるでしょう」

 そう分析するのは、関西の競馬専門紙記者。理由は、モズアスコットの戦績から、”ある限界”が浮き彫りとなるからだ。

 モズアスコットは、一昨年も、昨年も、GIIスワンS(京都・芝1400m)を走って、GIマイルCS(京都・芝1600m)に臨んでいる。結果は、奇しくも同じ。スワンSでは2着と好走しているが、続くマイルCSでは13着、14着と惨敗を喫している。

 このことから、先の専門紙記者はこんな見解を示す。

「そもそもモズアスコットには、距離に限界があって、マイルは必ずしも適距離ではない。本質的には、1ハロン(200m)長い、ということです」

 安田記念を勝った馬に対して、「マイルは長い」というのはどうかと思うが、実はこれにも、きちんとした理由があるという。専門紙記者が続ける。

「モズアスコットが勝った安田記念は、レコードタイ決着になったように、前半のペースが絶望的に速く、差し・追い込み馬に有利な展開となったうえ、マイル戦なのに、まるで1400m戦のようなレースになったんです。この流れが、モズアスコットに向いた。

 しかも直線で、行きたいところの進路がスパッと開いた。GI馬に『恵まれた』というのも失礼な話ですが、モズアスコットにとっては、すべてがうまくハマッたレースだった。だから、あのレースだけを例に挙げて、『マイル適性がある』とか『高い』とかは言えません」

 1400m戦の根岸Sから、マイル戦となるフェブラリーS。芝とダートの違いはあれ、GI本番で距離が1ハロン延びるという点は、スワンSとマイルCSの関係と同じ。もし専門紙記者が言うように、モズアスコットに距離の限界があるとしたら、フェブラリーSは決して楽な戦いにはならないだろう。

 それでも、専門紙記者によれば、微かな望みもあるという。

「ダート戦は1戦しただけですから、何とも言えませんが、モズアスコットのダート適性が我々の想像をはるかに超えている場合は、マイルの距離も楽々とこなしてしまう可能性があります」

 ダートのGIフェブラリーSと、芝のGI安田記念を勝った馬と言えば、アグネスデジタルを思い出す。そのアグネスデジタルの現役時代を知る、ある競馬関係者はこんなことを言っていた。

「アグネスデジタルは、走りの硬い馬で、『ようこれで芝が走れるなぁ』とよく言われたものでした。その走りっぷりは、モズアスコットとよく似ています」

 はたしてモズアスコットは、アグネスデジタルと同じく”二刀流”のGI馬になれるだろうか。