「ビジネスを見るためのレンズ」の存在を気づかせる事例です(撮影:今井 康一)

なぜ一時代を築いた企業が破綻に至ったのか。日米欧25社の「倒産」事例を分析した新著『世界「倒産」図鑑 波乱万丈25社でわかる失敗の理由』を上梓した荒木博行氏が全3回で3社のケースを読み解きます。

第2回は「トイザラス」編。子ども向け家具小売店を父親から引き継いだチャールズ・ラザラスが1957年に設立した「玩具のディスカウントショップ」はその後、快進撃を続け、出店すれば周囲の玩具店を軒並み消失させる「カテゴリーキラー」として市場を席巻します。そんな順風満帆の王者を躓かせたのが「eコマース」でした。

2017年の連邦倒産法第11章申請へと至る迷走を招いた「2つの間違い」とは? (本稿は荒木博行著『世界「倒産」図鑑』の一部を再編集したものです)

「玩具のスーパーマーケット」

トイザラスは、1957年にチャールズ・ラザラスによって設立されました。父親が営む子ども向けの家具小売店を引き継いだラザラスは、家具よりも玩具のほうにビジネスとしての魅力を感じ、当時アメリカに広がっていたディスカウントショップの手法を真似て、玩具のディスカウントショップを設立しました。それがトイザラスのスタートになります。

その後、トイザラスは順調に店舗を広げていきます。ラザラスは1966年にはインターステート・デパートメント・ストアーズに750万ドルで売却しますが、1974年、インターステートストアーズの倒産を機に、再度トイザラスを買い戻し、独立企業としての道を進みます。そこから、トイザラスの快進撃が始まります。

【2020年1月6日18時40分追記】初出時、ラザラスの売却額に誤りがありましたので上記のように修正しました。

広い店内を自分でショッピングカートを運びながら回る「玩具のスーパーマーケット」という新しい概念は消費者に驚きを与えました。スーパーマーケットというコンセプトどおりの豊富な商品ラインナップ、そして問屋を排除したメーカーからの直取引と店舗数を背景にした大量購入による「価格破壊」。これらの価値提供によって、トイザラスは1988年には全米で2割ものシェアを取り、「世界最大の玩具スーパー」となりました。

トイザラスは当時、「カテゴリーキラー」という存在の代表格でしたが、「カテゴリーキラー」という名前の背景には、トイザラスが出店すれば、周囲の中小玩具販売店は軒並み消滅してしまう、ということがあります。当時のトイザラスはそれほどに凶暴なまでの力を持ち、圧倒的に消費者の支持を受ける企業でした。

そして1990年代には本格的な海外展開にも乗り出します。日本においては、藤田田氏率いる日本マクドナルドと提携して、1991年に参入しました。この動きは、玩具店を中心とする地元からの反対運動を引き起こし、日米の経済摩擦問題にもつながるほどのインパクトを与えた事例となりました。小売業1社の参入がこれだけの注目を浴びたのは、トイザラスの「カテゴリーキラー」としての破壊力が強大だったからにほかなりません。

しかし、それだけ勢いがあったトイザラスに、陰りが見え始めたのは1990年代後半でした。1990年代前半まではアメリカ国内シェアが25%あったものが、1998年には17%まで落ち、1億3200万ドルもの純損失を出してしまったのです。

その背景は、eコマースの台頭でした。

eコマース事業への入り方を完全に失敗

玩具のネット販売にいち早く参入したのは、カリフォルニア発のベンチャー企業イートイズでした。イートイズのサイトは、トイザラスと比較して圧倒的に使い勝手がよく、品ぞろえも豊富で、商品によってはトイザラスの10倍以上のラインナップがありました。

トイザラスはイートイズに遅れて1998年6月にネット販売を開始。しかし大事なクリスマス商戦で商品の遅配を起こし、訴訟沙汰になるなど体制の不備を露呈し、ブランドイメージを大きく毀損することになりました。ここからトイザラスの迷走が始まります。

1999年1月にはトイザラス・ドット・コムとしてネット販売専門の子会社を立ち上げ、ベンチャーキャピタルから資金調達を行い、8000万ドルを投資しました。しかし、それだけの投資をしたにもかかわらず、トイザラスは既存の店舗への配慮を優先させ、トイザラス・ドット・コムに価格決定権などの自由を与えませんでした。

本来トイザラス・ドット・コムは、トイザラス本社から離れ、イートイズなどeコマースの競合に対する戦略を立てるミッションがあったはずなのですが、本社からは厳しい制約が課せられ身動きが取れなくなってしまいます。トイザラス・ドット・コムの初代CEOは、就任間もないタイミングで本社に愛想を尽かして辞めてしまいます。

その一方で、トイザラスは2000年、eコマースへのテコ入れのため、アマゾンとの10年間もの長期パートナーシップ契約を結びます。トイザラスのウェブサイトでクリックするとアマゾン内の専用サイトに飛ぶ、という仕組みで、トイザラスはこのアマゾンへのアウトソースに年間5000万ドル+販売手数料を支払う代わりに、アマゾンはトイザラス以外の玩具は販売しない、という契約でした。

トイザラスはこの契約によってオンライン部門の売り上げは確保したものの、収益ベースでは黒字化には至りませんでした。そして、この長期契約はアマゾンによってあっけなく打ち切られます。アマゾンがイーベイに対抗するために、トイザラス以上の玩具ラインナップが必要になったためです。アマゾンは仕入先を強化するために、5000万ドル近い違約金を支払い、トイザラスと手を切りました。

アマゾンとの長期契約により売り上げ確保は確実と思われていたeコマースでしたが、振り返ってみれば、アマゾンはトイザラスから顧客情報や顧客行動に関する貴重なデータを入手した一方で、トイザラスにとっては主流となっていたオンライン事業がリセットされてしまったのです。

さらに、今度は実店舗にも大きな競合が現れます。ウォルマートです。多様な商品を低価格で提供するウォルマートは、玩具を集客の目玉として原価割れまで徹底的に値下げすることで、「価格破壊」をうたっていたトイザラスの特長を潰しにかかります。

オンラインと実店舗双方において手詰まりとなったトイザラスは2005年、投資会社のKKR、ベインキャピタル、ボナルド・トラスティー・トラストの3社連合体にLBO(レバレッジド・バイアウト)という方法で66億ドルで買収されました。トイザラスのキャッシュフローや資産を担保にした借入金をベースに買収する、という手法です。

しかし、結果的にはこの買収がトイザラスの再浮上の芽を摘む形になりました。買収の際に抱えた50億ドルもの負債により事業への投資がままならず、そして株主3社の思惑の違いにより当初2010年に目指していた株式上場も断念せざるをえない状況に追い込まれます。

最終的には債務返済の期限の到来とともにゲームオーバー。2017年9月、連邦倒産法第11章を申請することになります。アメリカの小売業として負債ベースで3番目に大きな倒産でした。

ルール変更の初期対応を誤り、のちに意思決定ミス

既存事業における圧倒的勝者が、新しいルール変更についていけずに敗者へと転じてしまう。トイザラスの歴史はその典型的な失敗事例と言えるでしょう。今回のターニングポイントは、1990年代後半のeコマース事業への入り方で2つの失敗をしてしまったことにあります。

1つ目は、eコマースの出現をゲームのルールが変わったと認識せず、「既存のルール前提での正しい対応」をしてしまったこと。そして2つ目は、新たなルールであると認識し直した後に、「他人任せ」で対応しようとしてしまったことです。

この2つは大きなルール変更があった際の「組み合わせコンボ」のようなもので、初期の対応の遅れで浮足立ち、その後に一発逆転を狙うあまり、冷静に考えればありえない意思決定で自らにとどめを刺してしまう……という典型パターンです。

そういう意味では、初期対応こそが何よりも大事。後日談的に言えば、1990年代後半においてトイザラスにとって大きな収益を生み出していた既存の実店舗の業績を短期的に落としてでも、まだ赤字しか生み出していなかったオンライン事業でのイートイズなどとの戦いを優先させるべきだったのでしょう。

しかし、その当時、その意思決定に関わる立場にいたとしたら、そこまで思い切った意思決定ができたか。その問いに正面切ってイエスと言い切れる人は多くないでしょう。それだけにこのトイザラスの題材は、経営者にとって重い問いを投げかけるのです。

トイザラスを通して見えてくる「レンズ」とは

このトイザラスの事例は、「ビジネスを見るためのレンズ」の存在を私たちに気づかせてくれます。

私たちは普段、無意識でいれば、既存のビジネスにフィットしたレンズを通して物事を見ています。そのレンズは、既存のルールの中において正しく競争に勝てるかどうか、与えられたKPI(重要業績評価指標)や目標を達成できるかどうかをしっかり見つめることを助けてくれます。そして熟練すれば、そのレンズはより細かいポイントを精度よく映し出してくれるでしょう。

しかし、どれだけ優れたレンズであっても、1つの世界しか映し出してくれません。それ以外の世界を見たいのであれば、別のレンズを持たなくてはならないのです。そして、ルールの変更に気づくためには、使い慣れたレンズをいったん手放して、新しいレンズを通して世の中を見つめてみる必要があります。慣れないために焦点は合いにくいかもしれませんが、使っているうちに徐々に解像度高く物事が見え始めてくるでしょう。


さて、もちろんレンズというのは比喩であり、本質は「頭の使い方」にあります。

例えば私たちの過去1週間の活動を振り返ってみましょう。目の前にあるルーティン業務から離れて、3年後の世界から、異業種から、過去事例から……といったような高い視座で自分たちの業界を俯瞰的に考えた時間は何時間、あるいは何分あるでしょうか?

すぐに返さなくてはならないメールや提出しなくてはならない資料、そういった多忙な環境において、そんな視座で物事を考えるというのは一見非合理的のように思えます。

しかし、日頃からそういう癖をつけておかなければ、高解像度のレンズを手に入れることはできず、いざというときに既存のルールに引っ張られた中途半端な対応しかできなくなってしまうのです。

トイザラスは、この変化の激しい時代において、「解像度の高い新たなレンズ」を持ち合わせているか、という本質的なメッセージを伝えてくれる事例なのです。