京都にはつねに多くの観光客が押し寄せているが、そこにも住む人の生活があることを、観光客は少しでも考えたことがあるのだろうか(写真:chimps/PIXTA)

毎年5000万人以上の観光客が押し寄せる京都。暴走する外国人宿泊客によるトラブルが、さまざまな方面にダメージを与えている。「舞妓パパラッチ」も、その1つ。

社会学者の中井治郎氏による、京都を襲う「観光公害の今」を明らかにした新書『パンクする京都 オーバーツーリズムと戦う観光都市』から一部抜粋して、お届けする。

この数年で、ガラッと変わった京都の風景。四条通もずいぶん様変わりした。数年も京都にご無沙汰している人が再訪したなら、その変わりように驚くのではないだろうか。なによりも四条通の景色を一変させたのは「世紀の愚策」とまで言われた京都市の「英断」である。

そもそものきっかけは京都の名物である交通渋滞だった。長年の課題であったこの問題を解決するために、この街の交通のあり方そのものの抜本的な改革に着手することになった京都市は、ついに大英断を下す。それは慢性的な渋滞に悩まされる目抜き通り・四条通の車線を「あえて」削減し、「逆に」歩道を拡幅するという、まさに「その発想はなかった」という歩道拡幅事業であった。

四条通の主役は「外国人観光客」に

当然といえば当然なのであるが、その結果、当初は悪夢のような大渋滞と大混乱を引き起こすことになり、京都市のこの歩道拡幅事業の顚末を「“世紀の愚策”か」と書き立てる新聞記事まで出るほどの事態となった。

しかし、結果的には、この「英断」によって京都の目抜き通りの主役が見事に交代することとなった。車線を減らすことで、四条通は自動車にとって「不便な道」になった。そのおかげで、これまで通りをわが物顔に占拠していたマイカーたちをこの目抜き通りから遠ざけることに成功したのである。

そして代わりに新たな主役たちがこの四条通にやってくることになった。新しい主役たちはカラフルなリュックサックを背負い、巨大なキャリーケースを転がしながらやってきた。道いっぱいの外国人観光客たちである。

この歩道拡幅が行われたのは2015年。これは外国人観光客による「爆買い」が流行語となり、45年ぶりに訪日外国人旅行者数が出国日本人旅行者数を上回った年である。そして、世界で最も影響力があるといわれるアメリカの旅行雑誌『トラベル+レジャー』において、バルセロナ、ローマ、フィレンツェなどキラ星のような世界的観光都市を押さえて、2年連続で京都が人気観光都市ナンバー・ワンに選ばれた年でもある。

つまり四条通の主役交代劇は、世界的な京都観光ブームの盛り上がりと、奇跡とも必然ともいえる絶妙なタイミングでシンクロした出来事だったのである。これは京都にとって象徴的な転換点といえるだろう。

京都は今や「史上空前の観光ブーム」

この四条通は京都の中心部であり、京都駅に次ぐ交通の要衝である。今や通り自体が大きなバスターミナルの様相を呈し、多くのバス停のルーフが軒を連ね、そろいのゼッケンをつけた係員に誘導されながら、長い行列に並んだ大荷物の観光客たちが次々にバスの中に吸い込まれていく。ひっきりなしにバスはやってくるが、運んでも、運んでも、運ばれるために集まってくる観光客の行列は絶えない。

窓越しにバスの車内をのぞくと、ラッシュアワーでなくとも立錐の余地もないすし詰めである。そうして毛細血管を走る赤血球のように京都の隅々にまで観光客を送り込んでいく。

「乗れないし、1度乗ったら降りられない」そんなふうにもいわれるバスの混雑と、それをさばく手際のよさ。京都の顔・四条通は、今や史上空前の観光ブームに立ち向かう京都の奮闘ぶりが垣間見られるスポットの1つとなっている。

とはいえ、歩道を歩いていると、人の波である。たった数年前までは歩道の幅がこの半分ほどしかなかったことなど、今となっては到底信じることはできない。

「歩いて楽しめる」という京都市の掲げたコンセプトどおり街を楽しみながらゆったり歩く観光客たちを(視界の死角から膝を攻めてくる彼らのキャリーケースに注意しつつ)追い抜き、すり抜けながら、懐かしの縦スクロール・シューティングゲームのように進んでいくことになる。

四条河原町の交差点を渡って鴨川を目指す。そうすると次第に歩道の幅は狭くなり、すり抜けも追い抜きも困難になる。なすすべもなく、ただ人波に流されるまま東へと運ばれていく。

京都を代表する近代建築であり、森見登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』で全国の文化系男女に広く知られるところとなる東華菜館の美麗きわまる玄関の前を素通りすると、四条大橋にさしかかる。

夏に先斗町(ぽんとちょう)のお店が出す川床と河川敷に等間隔で座るカップルが名物である鴨川にかかる橋である。「ああ、川面を走る風が気持ちいい」などと思いながらも、鴨川をバックに肩を寄せ合う観光客の自撮り棒をわれながら慣れた身のこなしで避けつつ対岸を目指す。

このまま川端通を越えると歩道に地元住民らしき人の姿はぐっと少なくなり、歩道沿いの商店もお土産物屋や観光客向けの飲食店がほとんどになる。「観光客が多くておっくうな」四条通もこの辺りまで来ると、「観光客が多い」どころではなく、ほぼ「観光客の道」となる。

舞妓さんに伸びる「怪しげな手」

そして京都を代表する花街として有名な祇園に差し掛かると、時代劇でよく見かける高札のような看板が目に入る。歩き煙草禁止やゴミ捨ての注意などが示されており、外国人観光客に対してマナー周知のための「御触書」ということなのだろうとわかる。そしてとくに印象的なのが舞妓さんに伸びる怪しげな手である。


マナー啓発を呼びかける「高札」(写真:『パンクする京都 オーバーツーリズムと戦う観光都市』より)

この辺りは、舞妓さんや芸妓さんが座敷を行き来するお茶屋さん、そして彼女たちが寝起きする屋形がある地区であり、この花見小路はいわゆる京都五花街といわれるうち最大の花街である祇園甲部のメインストリートである。とくに景観の整備された南側を中心にここ数年は多くの観光客でにぎわう通りだ。

しかし、聞くところによると観光客による舞妓さんへの迷惑行為が問題化しているという。

この界隈に外国人観光客が押し寄せるようになったのは5年ほど前、2014年前後からとのこと。その頃から単なる人の多さのせいだけにはできないトラブルが数多く起きているようだ。

日が落ちる頃、舞妓さんたちはそれぞれ呼ばれたお座敷へと向かう。よく見てみると舞妓さんや芸妓さんの名札がかけられた屋形の前に、カメラやスマホを持った外国人観光客が人だかりをつくっている。どうやらここから舞妓さんが「出動」することがわかって待ち受けているらしい。

また通りを見ていると、10センチ以上もの高さになるおこぼ(下駄の一種)を履いた舞妓さんが駆け抜けるように歩いていくのを(忙しい彼女たちはとにかく歩くのが速い)、24時間テレビのマラソン中継さながらに並走しながら動画を撮影している観光客も1人や2人ではない。

そしてタクシーが止まるたびに、今度こそは舞妓さんが乗り降りするのではないかと期待した観光客が集まってきてタクシーを囲み、バシャバシャとシャッターを切る。

花街とはそもそもどのような場所であったかを知っている人間からすると、あぜんとするような光景である。こんなふうに舞妓さんを執拗に追いかける観光客たちの様子を見た誰かがこう言ったらしい。

「まるでパパラッチじゃないか」

近年、祇園で問題となっているのが、このような舞妓さん目当ての外国人観光客による数々のマナー違反行為である。

無遠慮な撮影攻勢に始まり、声かけ、着物にさわる、カメラやスマホを向けてのつきまといなどその種類はさまざまであるが、いつしか、これら舞妓さんを襲う外国人観光客のマナー違反行為の数々を総称して「舞妓パパラッチ」と呼ぶようになった。さきほどの高札が警告していたのは、このような、舞妓パパラッチに対する注意喚起なのである。

舞妓さんの着物を破られた、衿元に煙草の吸殻を投げ入れられたなど、にわかには信じられないようなひどい話を耳にする機会も増えた。この界隈に押し寄せている外国人観光客たちの存在は、彼女たちにとってもはや迷惑どころか「危険」な存在になっているといえるだろう。

舞妓さんも「生身の人間」だ

もともと歴史的景観地区として花街らしさを生かすように整備され、伝統的な花街の風情を残す建物が並ぶ通りなのだが、通りを埋め尽くしてわが物顔で座り込んだり舞妓を追いかけているのは花街には場違いな観光客たちである。


例えばディズニーランドは、セットからスタッフまで完璧に統一された世界観を構築していることで有名だが、あの空間で唯一、ディズニーの世界観に合致していない場違いな存在は客である。祇園・花見小路の町並みと、通りを埋め尽くすカジュアルな観光客たち。このちぐはぐさを見ていると、まるで自分がテーマパークの一角にいるような錯覚を覚える。

はるばる京都まで非日常を体験しに来た彼らも、自分が今テーマパークにいるように感じているのかもしれない。ディズニーランドでミッキーの登場を待つように、彼らはこの通りで舞妓さんの「登場」を待っているのかもしれない。

しかし、京都で暮らす人々にとってこの街は生活の場であり、日常であり、紛れもない現実である。日々の暮らしのなかで、昼夜を問わず「舞妓パパラッチ」の猛威にさらされる彼女たちは、テーマパークで客を楽しませる着ぐるみのキャストではない。ここで仕事をし、生活をしている生身の人間なのである。