普段あまり意識することのない鉄道車両の荷物棚。しかしライフスタイルの変化で荷物棚と乗客のかかわりも変わりつつあります。目立たないようにする工夫と目立つようにする工夫、それぞれの事情とは。

目立たないが使いやすく改良

 多くの鉄道車両には座席の上部に荷物を置くための棚があります。この棚のことを日本産業規格(JIS)では「荷物棚」と定義していますが、「網棚」「荷棚」という呼び方も定着しています。


昔の鉄道車両で見られた網棚。耐久性は低く、写真の網棚でも一部がほつれている(児山 計撮影)。

「網棚」の由来は1970年代くらいまでに製造された車両の荷物棚に由来します。昔の荷物棚はステンレスや鋳物のフレームにひもを編んだ網を張った棚でした。しかし、ひもは切れやすく修理も大変。そこで、ひもの代わりに金属の網を張ったものや、金属パイプを座席と平行に並べたものが登場しました。

 特急形車両では1990年代になるとJR東日本の253系「成田エクスプレス」やJR九州787系「つばめ」などで航空機のような収納式の荷物棚が登場します。荷物が露出しないためスッキリとした室内空間を演出できますが、荷物が目に入らないことで忘れ物を誘発するという声もありました。

 現在もJR東日本の新幹線のグランクラスで収納式の荷物棚が採用されていますが、鉄道車両全体としては少数派。JR東日本の新幹線でもグリーン車や普通車では、通勤形車両と似たような荷物棚が使われています。


E7系新幹線のグランクラス。収納式の荷物棚によってスッキリと落ち着いた室内空間を演出(児山 計撮影)。

 特急形車両は、リクライニングシートの背もたれの角度次第では棚の荷物が視界に入りやすくなることから、パイプや網ではなく下から荷物が見えない一体構造の荷物棚が採用されています。これらの荷物棚にはスポット照明や空調の送風口などを付加できるという利点があります。

強化ガラスや照明で見栄えや実用性に配慮

 しかし荷物棚は、座席から荷物が見えないと忘れ物の誘発につながります。そのため通勤形車両では載せた荷物が見えるよう、おもに金属のパイプや網が棚に使われていますが、隙間から小物が落下して座っている乗客に当たるといったトラブルもありました。


通勤電車で見られる金属パイプを並べた荷物棚。耐久性は申し分ないが隙間から小物が落下したり荷物棚の位置を下げると圧迫感を覚えたりする点が問題だった(児山 計撮影)。

 また、近年ではお年寄りや小柄な人でも快適に鉄道を利用してもらうため、荷物棚をこれまでより低い位置に設置する車両も増えています。しかし荷物棚を低い位置に設置すると着座する乗客はかなりの圧迫感を覚えます。

 こういった問題点を解決するため、東京メトロの10000系電車ではアルミフレームに強化ガラスの板をはめ込むことで小物の落下防止と忘れ物の注意喚起を実現し、加えて座席上部の圧迫感を解消しました。東京メトロ以外でも東急電鉄の5000系電車ではアルミ製の荷物棚に細かな穴を開け、圧迫感を緩和するなど各社様々な工夫を凝らしています。


東京メトロ10000系電車の荷物棚は、アルミフレームに強化ガラスをはめ込み、落下物の阻止と圧迫感の解消を両立(児山 計撮影)。

 また、忘れ物防止の試みとして2020年運行開始予定の新幹線N700Sでは、駅に近付くと荷物棚の照明が明るくなって乗客に荷物の確認を促すシステムが組み込まれました。

 このように荷物棚も、様々な工夫で見栄えと実用性を両立するよう進化しています。

荷物棚のない車両も?

 鉄道車両にとって荷物棚は当たり前の存在のように感じますが、実は荷物棚のない車両も少なくありません。

 荷物棚のない車両の多くは地下鉄や路面電車で、たとえば札幌市交通局の地下鉄車両には開業以来荷物棚が設置されたことがありません。これは、地下鉄の場合、短距離利用が中心で乗車時間が短いためと説明されています。


路面電車も短距離利用が中心なため荷物棚がない路線が多い。写真は荷物棚の部分を照明にして、天井をその分高くした富山ライトレール(児山 計撮影)。

 また、静岡鉄道の車両やかつての名古屋市交通局東山線の車両のように、荷物棚が車両の一部にだけ付いているというパターンもありました。

 乗車距離の短い路線では荷物の上げ下げの手間を嫌い、荷物棚があまり使われないというデータもあり、関西では約8割の乗客が「利用しない」と回答したデータもあります。乗客が抱える荷物もかつてのショルダーバッグやハンドバッグから、背中に背負うリュックサックやキャリーケース付きのトランクとなり、荷物棚に載せる荷物が減ってきているのも確かです。

 かつては荷物棚に置かれた新聞や雑誌を「回し読み」する文化があり、宮脇俊三さんの『時刻表2万キロ』でも筑肥線の車内で雑誌を荷物棚に放置して乗り換える描写がありました。しかし現在、車内ではスマートフォンの画面を眺める人が多くなり、新聞・雑誌を読む人は激減。乗車マナーも向上して読み終えた新聞・雑誌は車内に放置せず駅のごみ箱に捨てるのが“当たり前”となりました。

 さらに海外からの旅行者が増えた現在は、荷物棚よりもむしろ床上に大型の荷物置き場を用意するケースも見られます。11月に運行を開始した京成電鉄の3150形電車は、座面を跳ね上げるとスーツケース置き場になる座席が一部に導入されています。

 荷物棚の使い方も、時代とライフスタイルによって変化しているようです。