(写真:アフロ)

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「あのパンチを持ちこたえられたのは、息子の存在が大きい。バチンと効いた瞬間、息子の顔がよぎりましたから。はじめてのことですね……」

11月7日に開催されたプロボクシングの世界規模トーナメント「ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)」バンタム級決勝戦(さいたまスーパーアリーナ)で、WBA同級スーパー王者のノニト・ドネア(36・フィリピン)と対戦し、12回判定勝ちを収めたWBA・IBF同級世界チャンピオンの井上尚弥(26・大橋ジム)。テレビ視聴率は瞬間最高20%を超え、海外のメディアも「モンスター・イノウエ」に関するニュースを連日報じるなど、余韻は一向におさまらない。

しかし「右眼窩底と鼻骨の骨折」の重傷を負っていたことも本人が後に公表。9回にドネアの右ストレートを顔面に受けた際の心境を、記者会見で冒頭のように語ったのだ。

「家族の存在がボクシングに与える影響は大きい」と続けた井上は、’15年に高校時代の同級生の咲弥さんと7年間の交際を経て結婚。’17年には長男・明波くん(2)も誕生している。7日の試合直後にはリング下で明波くんを抱きかかえると、父親の顔に。「獲物を狩るハンターの表情」と、試合後の「柔和なパパの笑顔」のギャップに、幅広い層の女性が好感と賛辞を送っているという。

「かつてボクシングは『男だけの舞台』で、リングは女性や子どもと無縁の世界でしたが、’00年以降、強いチャンピオンが勝利後、リングに子どもを呼び寄せるシーンがみられるようになりました。人気も、一昔前は『ルックスがよく、強い独身選手』の独擅場だったのが、バンタム級の名チャンピオン・長谷川穂積さんや山中慎介さんの防衛戦あたりから、『最強パパ・チャンピオン』が女性支持を集めるようになってきている。同階級で『世界最強』の称号を手にした井上は最たる例で『ボクシングなど見たことない』という女性ファンをさらにごっそり取り込むでしょうね」(スポーツライター)

国内外、リング内外で「引っ張りだこ」必至な井上の今後だが、心配なのは、さらに激しさを増すだろうリングでの闘い。「家族の存在」を口にする井上だからこそ、「妻や子どもとの関係」もなおさら注目したい。 “最強パパ”の大先輩でもある、元WBC世界バンタム級、スーパーバンタム級、フェザー級3階級制覇チャンピオンで現解説者の長谷川穂積さん(38)は、ボクサーと家族の関係についてこう語る。

「世界戦の勝利後に、家族をリングに上げる“勝利の儀式”は、’05年に僕が世界チャンピオンになり、防衛戦を行うなかで始めました。その理由のひとつは、パパの仕事場を子どもに見せたい、というもの。子どもが幼いと、リング上での記憶は残らないかもしれませんが、『この先も勝って防衛を続ければ、物心がつくころには……』という、大きなモチベーションにつながるんです。ボクシングは『タイトル獲得以上に防衛が難しい』と言われる世界ですから。僕が長男を最初にリングに上げたのは3歳のころだったんですが、現役最後の試合となった’16年のタイトル挑戦(9回TKO勝ちで3階級制覇)では13歳になっていました。死力を尽くして勝った後のリングで『ここからみる景色はどうや。こんなところで闘ってんねんで』と長男に言うと、試合前に約束していた通り、彼は僕を逆に抱き上げてくれたんです」

長谷川さんのその儀式に「男の世界に子どもを上げるなんて」という批判はなかったという。それどころか、「闘っているのと同じリングなのに、子どもを抱っこするとパパの顔になっている。そのギャップがいいですね!」という、これまでボクシングに興味のなかった女性ファンからの声が届くようになったそうだ。

「ボクサーなんて何十年も長くできるスポーツではないし、いつかは引退するときがくる。いま世界最強の井上選手も『1回でも多く防衛したい、チャンピオンでい続けたい』という強いモチベーションになるでしょう。『家族の存在は大きい』と考えている井上選手が、先日の試合後のように大観衆の前で息子さんを抱き上げることを、もちろん僕も支持しています」

長谷川さんや山中さんなどの名王者たちが築いてきた「最強パパ」という新しいボクサー像を進化させながら、井上は世界に羽ばたく。