西武・栗山巧が積み重ねた1806安打の価値。「1本打つのが大変」の真意
1806安打――。
2000本の金字塔にあと194本足りないこの数字は、西武ライオンズの選手にとって大きな意味がある。首位ソフトバンクに勝利してゲーム差1と迫った8月30日、高卒18年目の35歳、栗山巧が通算安打数の球団記録に並んだ。
プロ18年目で球団最多安打記録に並んだ栗山巧
「偉大な記録なので。超すとか超さないとかそういうことではなくて、あくまで目標として早くそこをクリアできるように」
8月25日の楽天戦の前、栗山はそう語った。「ミスターレオ」と呼ばれた石毛宏典が保持する通算安打数の球団記録に、ついに肩を並べた。
「個人として掲げる目標ではないですけど、球団記録としてあるので、そこをひとつの目標にしてやっていきたい気持ちは、多少なりともありました。あと4本?」
報道陣に記録までの本数を確認した後、続けた言葉は意外なものだった。
「超えるには5本ですね。1本打つのが本当に大変なので、何とか1本ずつの積み重ねのなかで、結果、行けたらいいなという感じですね」
1800本以上もヒットを重ねてきた男が、「1本打つのが大変」と言うのだ。驚かされると同時に、こうした思考に栗山の真髄を見た気がした。
リーグ最多安打に輝いた2008年から外野のレギュラーを張り続けた栗山は、2017年以降、スタメンを外れる機会が増えた。くしくも2016年オフ、フリエージェント宣言をして残留を決めた翌年である。
2017年に辻発彦監督が就任すると、ベンチスタートが増えた。2017年はスタメンが95試合、途中出場が21試合だったが、2018年はスタメンが88試合、途中出場が26試合と、控えに回る機会が増えた。
「気持ちの上下動はもちろんあるんですけど、決して後ろ向きになることなく、グラウンドに来た時にはしっかりしたプレーをすることだけを考える。よりうまくなるために、とだけ心がけていました。みんなそうですからね。難しい話ではないです。シンプルに、単純なことです」
2018年4月20日のロッテ戦で8回、代打でライト前タイムリーを放って勝利を引き寄せたあと、栗山はそう話している。
この年、27年ぶりの開幕8連勝を飾ったチームは逆転勝利を重ねた。なぜ、大差がついてもあきらめずに戦えるのか。誰より長く西武のユニフォームを着てきた、栗山だからこその答えがあった。
「塁に出て、つながっていけばビッグイニングになるのではという期待を持ちながら、点が離れてもみんなやっていると思います。それは、ここ最近に限ったことではなく、ずっとやって来たことの積み重ねが結果として表われていると思います。何年も前からやっていることじゃないですか。あきらめずにやる」
チームについて語った言葉は、その一員である栗山の姿勢もよく表している。
ベテランの位置づけになったここ数年、栗山の言葉を解せないことがしばしばあった。高い技術で本塁打やタイムリー安打を打っても、「たまたま」「偶然」と繰り返すのだ。
なかにはラッキーな1本があるにしても、これほど多くのヒットを「たまたま」打てるわけがない。明確な狙いがあるはずだ。いくらそうぶつけても、栗山から返ってくる答えは「たまたま」だった。
その真意がわかったのは今夏、ちょうど1800本目のヒットについて聞いた時だ。8月24日の楽天戦で3回、一死一、二塁からライトに勝ち越しタイムリーを放った場面である。
相手の宋家豪が投じた初球は、145kmのシュートが外角高めに外れた。続く2球目、栗山は外角低めのチェンジアップをライトに引っ張り、勝ち越し点を呼び込んだ。
同じコースにちょうど10km遅い球が似たような軌道で来たから、自分のポイントまで呼び込み、うまく弾き返すことができたのだろうか。
「いや、そんなことないです。結果、打ったのはたまたまです」
右投手の投げるシュートとチェンジアップは、ボールが同じような回転をしながら、左打者の外角に逃げていく。最近では「ピッチトンネル」という概念があるが、シュートとチェンジアップの似たような軌道を思い浮かべれば、両者の見極めが簡単でないと想像できるだろう。
この点をうまく利用しているのが、今季8勝を挙げているニール(西武)だ。ツーシーム(本人はシンカーと呼ぶが、一般的なツーシームのような特徴を持つ)とチェンジアップが同じ回転であることを活かし、打者を幻惑してゴロアウトの山を築いている。
同じことが、上記の楽天戦で勝ち越しタイムリーを放った栗山にも言えるはずだ。近年、多くの投手がチェンジアップを投げるようになった一因は、打者にとって対応が難しい球種だからだ。
栗山が言う。
「ヒットを打とうと、(相手守備陣形で)空いているところにしっかり打ち返そうとしました。シュートとチェンジアップは似ているので、打ちにいった途中で『あっ、チェンジアップ』となって、で、たまたま打てた。あのボールに見極めがついたので、引きつけて自分のポイントで……なんていうのは、自分にはない。そう言うバッターもいると思うけど、そういうのは自分にはなかなか無理なので」
一般的に一、二塁の場面では、左打者は引っ張ってライト方向に打つのが、走者の進塁を考えると望ましい。宋家豪の投じたボールはコース的には外角だったが、引っ張れるスピードの球が来て、栗山はライト方向に打った。
「空いているところ」(=一、二塁間)に打とうという狙いがあり、卓越した選球眼でボールに対して照準を定め、自分のスイングをした。打席でやるべき仕事をした結果、「たまたま」ヒットになったということだろうか。
「そうそうそう。そういうことです」
177cm、85kgの栗山は、プロ野球選手として特別秀でたパワーやスピードを誇るわけではない。
それでも、西武の歴史で誰より多くのヒットを打つことができたのは、若手の頃から続けてきた練習量とその質で、技術と選球眼を磨いてきたからだ。その裏には、どうすれば成功できるかと突き詰める思考力と、まだまだ上達したいという謙虚な気持ち、そして貪欲さがある。
10年ぶりのリーグ優勝を目指した昨季、9月17日に行なわれたソフトバンク戦で、栗山は初回に先制満塁本塁打を放った。天王山の初戦という余計な力の入りやすい一戦で、普段の実力を発揮できる要因は何か。栗山が挙げたのは、予想を超えた答えだった。
「一番は経験もあります。でも、今の僕は与えられたところでしっかりやるだけ。また明日も試合が続きますし、スタメンで出たいという気持ちもあります。しっかりアピールすることに集中して、というのはありますね」
昨年9月頭に外崎修汰が負傷で戦線離脱する直前、栗山は控えに回る機会が多かった。それでも、若手がアーリーワークを行なっている時間に球場に来て、入念に準備を続けていた。
先発出場でも、代打に回っても、栗山の姿勢は変わらない。35歳になった今も、現状より少しでも上を目指そうとしている。
「ヒット1本を打つ難しさは、若い時と変わらないところと、変わるところがあります。監督から求められるものが、若い頃とは違ってきますよね。ここぞで、1本打ってほしい。そういう意味では、1本1本が重いかなという感じはありますね」
積み重ねた1806本の先にあるのは、2000本だ。年齢を重ねて1本1本の重みが増すことで、追い求める価値も比例して高まっていく。
栗山は、ヒットを打てることは「たまたま」だと言う。野球は偶然性の高いスポーツで、とりわけバッティングは受け身の動作だ。そうしたことを考えると、結果はあくまであとからついてくるもので、だからこそ自分にできることを着実に続けていく。
1本のヒットという「偶然」を引き起こすのは、小さな必然の積み重ねだ。そうやって繰り返した結果、栗山はライオンズ史上最高の安打製造機になった。