久保建英のトップチーム昇格の可能性は? スペイン紙マドリー番記者は「現実的な目標は21年夏に」
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レアル・マドリーが久保建英を獲得したというニュースは、ふたつの理由からスペイン国内に衝撃をもたらした。ラ・リーガでは珍しい日本人選手であることがひとつ。もうひとつは、ライバルのバルセロナへの復帰が内定済みと思われていた選手を強奪したことだ。
しかしこの2点を除けば、久保の獲得に大きな驚きはない。マドリーは5、6年前から、ヨーロッパでブレイクする前のスター候補の「先物買い政策」を推し進めており、久保との契約もそうした補強戦略に沿ったものだからだ。
今夏マドリーは、エデン・アザールという世界的スターを獲得している。フロレンティーノ・ペレス会長は3年前からこのベルギー人アタッカーの引き抜きに動いていたが、オファーを出すたびにチェルシーから法外な移籍金を吹っかけられ、契約満了まであと1年となり価格が下がった今夏まで待つほかなかった。
アザールに限らず、ネイマール、キリアン・エムバペといった大物選手の移籍金は、いまや2億ユーロ(約240億円)以上が相場である。ペレスにとっては到底受け入れ難い金額だ。価格が高騰する一方の移籍マーケットにあって、従来のように世界的スターをかき集める手法は非現実的だと痛感し、ペレスは新たに先物買い戦略へと舵を切ったのだ。[編集部・注/今夏のアザールの移籍金は1億ユーロ(約120億円)]
その象徴的な例が、ヴィニシウス・ジュニオールとロドリゴの獲得だ。ブラジルの至宝である2人の超逸材を、ヨーロッパ上陸前に他に先んじて手に入れたのである。どちらも移籍金は10代の選手としては破格だったが、ネイマールやエムバペのそれとは比べるべくもない。
[編集部・注/ヴィニシウス、ロドリゴの移籍金はともに4500万ユーロ(約54億円)]
マドリーが久保を獲得した裏に、日本市場に本格的に進出したいという思惑があったのは事実である。トップチームに昇格して活躍すれば、大きな経済効果を生むであろうことは想像に難くない。
しかし、それはあくまで副次的な要素に過ぎない。日本人だからという短絡的な理由ではなく、なによりフットボーラーとしての能力を評価したからこそ契約を結んだのだ。
たしかに過去には、スペインのクラブがマーケティング先行で日本人選手を獲得した例もある。しかし、久保のケースはそれとは違う。これは声を大にして強調しておきたい。
マドリーが久保獲得に動いた要因としてもうひとつ挙げられるのが、中井卓大の存在だ。「ピピ」の愛称で親しまれる中井は、昨季はマドリーのカデーテA(U-16)に所属した。つねに熱心に練習に取り組み、周囲のアドバイスにしっかり耳を傾け、そして人一倍向上心が強い。マドリーのカンテラ(下部組織の総称)の関係者に話を聞くと、一様にプロ意識の高さを称賛する声が返ってくる。
天下のマドリーのカンテラに所属する選手なら、高いプロ意識を持っていて当然と思われるかもしれない。しかしその実、ピピが日々実践していることは、世界中から有力選手が集まる巨大なカンテラ組織であるがゆえに決して簡単ではないのだ。
選手たちを惑わせる要因となっているのが高額のサラリーである。マドリーでは、フベニール(U-19、U-18、U-17チームの総称)でも年間3万ユーロ(約360万円)を貰っている選手がざらだ。
使えるカネがあるだけに都会の誘惑に負けて練習に身が入らなくなり、そのままフェードアウトしてしまうケースも少なくない。その点ピピはまさに模範生であり、マドリーが同じ日本人の久保に同様の資質を認めたことは容易に想像できる。
久保のマドリー入りのニュースはスペインでも大きく取り上げられた。わたしが所属する『アス』も、競合紙の『マルカ』も一面で扱ったほどだ。もしマドリー入団の公式発表が、マルク・ガソルとサージ・イバカ(ともにバスケットボールのスペイン代表選手)が所属するトロント・ラプターズのNBA初優勝が決まった翌日でなければ、もっとページを割いて取り上げられていただろう。
過去にカスティージャ(久保が1年目に所属するマドリーBの名称)の新加入選手がここまで話題になったことはない。既述のように、日本人選手という希少性とバルサから強奪したというストーリー性が人々の関心を集めている理由だ。
いまから4年前、FIFAの裁定により久保がバルサ退団を余儀なくされたときも大々的に報じられた。その選手がときを経て、今度はマドリーの選手としてスペインに再上陸するのだ。バルサ絡みのモルボ(=因縁)が大好物のマドリディスタ(マドリーのファン)が、こんな愉快な話に飛びつかないわけがない。
それでは、なぜ久保は移籍先にマドリーを選んだのか。その理由としてはまず待遇面が挙げられる。
日本では久保が受け取る100万ユーロ(約1憶2000万円)という年俸が話題になっているようだが、マドリーには将来有望なカンテラの選手に十分以上のサラリーを払うという方針がある。最近で言えばボルハ・マジョラル、マリアーノ・ディアスの両FWに、トップチームに昇格する前から手取りで100万ユーロを超える年俸を支払っていた。また来季、久保とともにカスティージャの攻撃を牽引する存在と目されるセサル・ヘラベルトは、フベニール時代から50万ユーロ(約6000万円)を受け取っていた。
バルサが拒み、マドリーが飲んだ100万ユーロという久保のサラリーは、ほぼ間違いなく来季のカスティージャにおける最高額だ。それでもエース格の選手に支払う年俸としては、決して法外ではない。
マドリーがバルサとは異なり、2年目にはトップチームに昇格させると確約したことも大きな決め手となった。そもそもマドリーは、カスティージャに在籍する期間を原則1年と定めている。それ以上留めておくと、選手の成長速度が鈍化しかねないからだ。とりわけ久保のような才能のある選手は、カスティージャで1年プレーさせた後、1部のクラブにレンタルに出して経験を積ませる方針をとっている。
久保にとって頼もしいのが、新シーズンからカスティージャで指導にあたるラウール・ゴンサレス監督の存在だ。現役時代のラウールは17歳でトップチームにデビューし、10代から第一線で活躍した。そうした自らの経験をもとに若い選手たちに適切な指導を行なっており、ピッチを離れてもサポートを惜しまない。2018−19シーズンは3月からカデーテB(U−15)とフベニールB(U−18)の監督を兼任したが、両親の離婚や学業不振などピッチ外の問題で思い悩む選手たちに寄り添い、励まし、そして学業も疎かにしてはいけないと背中を押しつづけた。
ラウールの親身な指導が久保にとっても必ずプラスになると、クラブ関係者はそう考えている。カスティージャが戦う2部B(実質3部)特有の激しいプレーに最初は戸惑うはずで、また生活環境もバルセロナとマドリードでは異なる。そうした環境に適応するうえでも、ラウールは大きな支えになるはずだ。
マドリー入りが決まってからというもの、ニュース番組で久保のスーパープレー集が流れたり、左足に吸い付くような独特のボールタッチをメッシと比較する記事が新聞に掲載されるなど、メディアは連日のようにこの若者を扱っている。以前から世代を代表する選手としてアナリストの間では高い評価を受けていたが、最近は一般のファンの間にもその名前が確実に浸透してきている。
日本のファンが、1年目からトップチームで活躍する姿を見たいと望んでいるのは知っている。しかし、トップチームの壁は果てしなく高い。1年目にトップチームに引き上げられたとしても、出場機会は格下が相手のコパ・デル・レイ(国内カップ)の試合などに限られるだろう。昨季はヴィニシウスが1年目から鮮烈な活躍を見せたが、これは極めて例外的なケースである。
久保がモデルケースとすべきはマルコ・アセンシオだろう。アセンシオは14年12月にマドリーと契約した後、残りのシーズンは所属していたマジョルカにレンタルという形で留まった。そして翌シーズン、大きな期待を受けてマドリーに入団したが、トップチームに居場所がなく開幕前にエスパニョールにレンタルされた。
アセンシオにとって大きかったのは、その武者修行先でカップ戦を含めて37試合に出場と十分に場数を踏んだことだ。この経験があったからこそ、正式にマドリーのトップチームに加わった翌シーズンからすぐに活躍できたのだ。
カスティージャからスタートする久保にとっての1年目は、アセンシオにとってのマジョルカでのラストシーズンに置き換えられるかもしれない。その後のアセンシオの歩みになぞらえれば、2年目は1部のクラブにレンタル移籍して経験を積み、21年夏に晴れてマドリーのトップチームの一員になる――。これが久保にとっての現実的な目標ではないか。
若手に過度の期待をかけてしまうのは洋の東西を問わない。行き過ぎた期待の犠牲となった例としては、元バルサのボージャン・クルキッチ(現在はイングランドのストーク・シティ所属)のケースが挙げられる。
バルサのカンテラから引き上げられ、07年9月にトップチームデビューを果たしたとき、ボージャンは現在の久保より1歳若い17歳だった。デビュー後も積極的に起用され、1年目のラ・リーガで10ゴールを挙げる活躍を見せた。しかし実のところ、当時のボージャンは心身ともに1部でプレーするための準備ができておらず、そしてこのことが以降のキャリアの停滞を招いたのだ。
バルサはこの苦い経験をきっかけに、若手には段階的にステップを踏ませるように方針を改めたが、マドリーも同様のスタンスをとっている。ましてや久保は入団直後から大きな注目を浴びており、より慎重な対応が必要だ。
今の久保に必要なのは経験を積むことであり、フィジカルの強さを身につけることだ。入団当初のアセンシオと現在のアセンシオを比較すると、フィジカル面で遥かに逞しくなった。一流のフィジカルコーチの指導の下、最先端のメソッドを用いたトレーニングをしっかり積めば、久保も数年後には強靭なフィジカルを手に入れているはずだ。
スペインにはサッカーにまつわる様々な格言がある。そのうちのひとつに「1点目を決める前に2点目を決めることはできない」というものがある。現在の久保の立場に照らせば、この格言を「カスティージャでレギュラーを取る前にマドリーでレギュラーを取ることはできない」と置き換えられる。
今はまだトップチームのことを意識する必要はない。まず優先すべきは、新しい環境、そしてスペインのサッカーへの適応だ。そのうえで、カスティージャで定位置を確保して結果を残せば、おのずと1部のクラブへのレンタル移籍、そしてトップチーム昇格という道筋が見えてくる。
地にしっかり足をつけて成長してほしい。そう切に願っている。
◆著者プロフィール
セルヒオ・サントス(『Diario AS』 紙マドリー番記者)
2010年に「Diario As」に入社し、15年よりマドリー番とスペイン代表番を務める。各世代別代表、カンテラの各チームの取材にも精力的に取り組んでいる。この6月はイタリアで開催されたU-21欧州選手権を現地で取材した。
