日本最古の現役学生寮、京都大学・吉田寮の住人に「寮を追い出されようとしている本当の理由は何なのか?」を聞いてきました
築105年という歴史を持つ日本最古の現役学生寮が、京都大学の「吉田寮」です。吉田寮は過去に「耐震性を著しく欠く」として大学側から新規入寮者を禁じる通知が出されたり、2018年9月30日にはついに全員退去が求められたりと、大学側との対立が報じられています。短いニュースからでは「本当のところ、一体何が起こっているのか?」というのがわかりにくかったので、吉田寮にはどんな人が住んでいるのか?本当に「危険な建物」なのか?などを、実際に吉田寮に行って寮生にみっちり話を聞いてきました。
https://sites.google.com/site/yoshidadormitory/
ということで、吉田寮に到着。向かって左側に見えているのが2015年に建てられた吉田寮の新棟で、右側の建物が学生集会所です。
2つの大きな建物の間にはいちょう並木があり、そこを抜けていくと……
築105年の吉田寮現棟があります。
入口はこんな感じ。生活空間のため、基本的に写真はNGなので「写真×」と書かれていますが、取材のため特別に撮影OKをもらいました。
中に入ってみると、こんな感じ。
吉田寮は2階建てで「E」の字のような構造になっており、各寮生の部屋の前には長い通路があります。
建物の手前にある管理棟と学生の生活スペースの間には、こんな感じの防火扉で仕切られていました。
壁には色んな張り紙が行われていて、そのうち1枚はGIGAZINEの写真撮影のお知らせでした。こんな感じで寮生に対してさまざまなイベントや情報の通知が行われていくようです。
今回は現寮生の岡田さんに寮内を案内してもらいます。2階へと続く大階段を上ると……
何もない場所に突然、扉が出現。
扉を開けると……
ベランダへと続いており、中庭を見下ろせるようになっています。
これが2階から見た中庭の光景。
建物の1階にある回廊はトイレに続いています。
なお、各部屋のベランダについているヒモのようなものは物干し。こんなところまでレトロです。
建物の中は少し暗く、自然の光が窓から差し込むことで独特の雰囲気に。時間がゆっくりと進んでいるような穏やかな空気です。吉田寮の窓ガラスは現在と異なる技術で作られているため、外の鮮やかないちょう並木は水面に写っているかのように微妙に歪みます。
踊り場。
吉田寮に来ていた清掃員さんの派遣が9月末以降にストップしてしまったので、少しほこりがたまりだしたそうですが、階段は建設時の気合いの入りようが感じられる美しい作りです。
階段を下りていくと、さまざまな物が置かれていました。ここは、貝の研究を行っている寮生の部屋の前。
研究に使われるのであろう道具がずらり。
部屋の扉には吉田寮の陸貝種一覧が貼られていました。吉田寮は人が暮らす場所でありながら研究フィールドとしても機能しているようです。
中庭に出てきました。
中庭から建物を見た様子。まるで大正や昭和の時代にタイムスリップしてしまったかのように感じられます。
中庭の樹木もなかなりの樹齢。
切り株は、台風の時に倒れてしまった木を切り倒した時のもの。木は木材として元寮生が使ったそうです。
ここはマンガ部屋。
個人の寮生の部屋以外にも、その昔は暗室として使われていた部屋などもあり……
現在はこんな感じで物置状態でした。
「吉田寮」と聞いて思い浮かべられやすいのは築105年の建物ですが、実は2015年には「新棟」が建てられました。これが築3年の新棟。実は、今回京都大学側はこの新棟の寮生に対しても「安全性を確保するため」に退寮を求める通告をだしています。
ここが入口。向かって左側に地下食堂へと続く階段があります。
階段を下って……
食堂はこんな感じ。
キッチンの様子。
多様な人々が場を共有する吉田寮では、自分たちのあり方も問いなおしていくという議論を積み重ねてきたことで、新棟のトイレを「オールジェンダートイレ」として運用することに決めたとのこと。
階段は、築105年の方の吉田寮に比べるとこじんまり。
エレベーターも完備。
こんな感じで、築105年の吉田寮を意識した作りの階段もありましたが、「時間」を経ないとなかなかあの雰囲気は出せないことがわかります。
ということで、今回は吉田寮のマンガ部屋で現役吉田寮生に話を聞いてきました。右側から岡田さん、澤田さん、福島さん、そして写真NGのため見切れていますがMさん(仮名)が座っています。
GIGAZINE(以下G):
まず最初に伺いたいんですけど、みなさん、今現在も吉田寮に住まれているんですよね?
岡田さん(以下、岡田):
そうですね。私も含め、ここまで住み続けたコアな住人です(笑)
G:
吉田寮に入ったきっかけは何だったんですか?
岡田:
私は京都大学大学院に合格したのがきっかけです。働きながら大学院に通うのは大変なので、なるべく生活費を安く抑えたいと思い、吉田寮に入りました。もともと京都精華大学で学生時代を過ごしたので、たまに西部講堂に遊びに行ったり。友だちに誘われて1度か2度、吉田寮に泊まったりしたこともありました。
G:
吉田寮に友だちが住んでいたということですか?
岡田:
ではないんですけど、西部講堂で飲んだくれた後に、「泊まりにいこうぜ!安く泊まれるから!」という話になり、その流れで吉田寮に宿泊という……。吉田寮は学外の人でも宿泊が可能なんです。
G:
じゃあ、吉田寮に入る前に既に雰囲気はわかっていたんですね。
岡田:
こういう雰囲気のところに住んだこともあったので、「吉田寮で暮らす」ということは普通に選択肢としてあった感じです。
澤田さん(以下、澤田):
私も岡田さんと似たような理由で、大阪から通っていた1回生の時に「遠いな」と思ったのと、でも「生活費は安くしたい」というので。今は京都大学の4回生ですが、2回生の時に吉田寮に入りました。寮生の友だちがいて吉田寮のことは知っていたので、生活費を安く抑えつつ近くに住みたいと考えたことが理由です。
G:
福島さんが吉田寮を選んだのは……。
福島さん(以下、福島):
もともと吉田寮のことは知りませんでしたが、実家が神奈川県なので、京都大学大学院に合格した時に「住むところどうしよう?」と。この年で親にお金を出してくれとは言えず、また資金はできるだけ研究に充てたかったので、家賃は安く抑えたいと考えていました。京都大学には熊野寮という学生自治寮もあり、吉田寮と熊野寮の両方に応募しました。両方とも受からなければ民間のアパートに住むつもりではありましたが、どちらも選考は通り、最終的にコンクリートでできた熊野寮よりも木造の吉田寮がいいなと思い、吉田寮に決めました。最終的な決め手は家賃ではなく、建物ですね。
Mさん(以下、M):
僕は社会人をやってから大学院を目指しましたが、大学院生をやりながら働き続ける時間的な余裕はありませんでした。「これまでためた貯金で食いつなぐ」というプランニングをすると、「吉田寮か熊野寮に住みつつ京都大学大学院に通う」という選択肢しかありませんでした。他の大学も国立だと授業料は横並びなんですけど、家賃などの生活費を込みで考えると全然違ってくるので。吉田寮か熊野寮に住むことは、大学院に通う絶対条件でした。
G:
家賃、月400円と激安ですもんね。
M:
かねてから自治寮に入りたいと思っていたのもあります。吉田寮も熊野寮も自治寮ですが、吉田寮を選んだ決め手は……。
福島:
近いから?
M:
そうですね。熊野寮からだと毎日大学院に通う自信がなく(笑)入ってから吉田寮のいいところはいろいろ見つけましたが、入った時の決め手は近さですね。
G:
実際に住み始めた当時はどんな雰囲気でしたか?
M:
正直最初は「やっていけるかな」と不安でした。自治寮の自治について、事前に説明は受けられますが、どんな雰囲気かは入ってみないと分からないので。
私はもうおっさんなので、寮生の多くは親と子ぐらい年が離れているというのもありますが、一番不安だったのは吉田寮の相部屋制度になじめるかどうかでした。でも、入って3日ぐらいで「全然そんな不安いらないな!」ってわかりましたね。
G:
わずか3日で……!
M:
吉田寮は「人付き合いできるようになる仕組み」というか、一人ぼっちではいられないようになっているので、そこに助けられたところもあって今では居心地がいいと感じています。
G:
Mさん自身はもともとは外向的なタイプではないのでしょうか?
M:
あまり社交的な性格ではありませんね。
岡田:
でもビリヤードがすごく得意だから、食堂でいつもみんなでやってますよね。
M:
娯楽スペースにもなっている食堂に楽器やビリヤード台があって、僕は長いことビリヤードをやっていたので、それを通して寮生と打ち解けて、友だちがすぐにできたのがありがたかったです。
G:
福島さんが入られた時も、同じような雰囲気でしたか?
福島:
正直いうと、私はほとんど人付き合いをしませんでした。ここはユニット制なので、同じユニットの人や相部屋の人とは話をしましたし、相手が寮を出た今でも深い付き合いをしています。
でも、寮で起きていた問題などからは意識的に距離を置いていました。担当の名簿係の活動以外、吉田寮自治会には一切関与しないようにして。
G:
逆に、そういうスタンスの人でも、居づらさを感じないでいられるような場所なんですね。
澤田:
僕が入った相部屋は少し特殊で、吉田寮で飼育している鶏の世話をするメンバーばかりだったんです。僕たちは「仲がいいグループ」というよりは、「ある機能を果たすための人々」という感じでした。入った時点で相部屋のメンバーとは既に知り合いだったので、居心地が良かったです。
でも逆に「機能が果たせればいいや」ということで他との交流がなく、受付にはよく人が集まっていますが、そこには知らない人が多いというか……。
岡田:
私は積極的に人と関わろうとする人間なので、寮に入ってすぐ、5月にある吉田寮祭でも自分のお店を出したりして「人と関わっていこう!」と思っていました。
……なんですが、「誰も関わってこないぞ!?」と(笑)。後から聞くと、そういう積極的な感じが「怖い」と思われていたみたいです。最初はなじめなくて。みんなあいさつもないし、笑顔もないし、会釈しても返ってこなくて、「何だここは!」と思っていました。
G:
めちゃめちゃ警戒されているじゃないですか(笑)
岡田:
本当にそうです。でも一方で、ルールに縛られずに済むので楽でいいなとも思いました。
G:
人によって、「同じ場所に住んでいるのか?」と思ってしまうほどに感想が違いますね。
では、実際に住んだ立場から見て、吉田寮に住むのに向いている人や、逆に向いていない人というのはどんな人ですか?
岡田:
向いてない人は……プライベートが欲しい人ですかね。プライバシーが全くないわけではありませんが、基本的に相部屋なので、人といると気を使いすぎるような人は無理かもしれないです。
G:
逆に、向いている人は……。
岡田:
あんまり物事を気にしない人とか、こういう状態を楽しめる人とか。住みやすくするために、自分で人に働きかけられる人は向いていると思います。
澤田:
僕が思う「向いている人」は、寛容な人ですね。いろんなことを許せる人。共同生活なので、自分とは違う人と暮らすと、どうしても「許せないこと」がでてきます。
G:
実際に、鶏を世話するなかで、同室の人とぶつかることはありましたか?
澤田:
僕が許す場面と、相手が許す場面の両方がもちろんありました。鶏の世話をすると、どうしても部屋に土が入って来るので、土のついてしまったお皿を洗って使うか、使わないかということでもめたり。ぶつかっても相手と話して解決できる人は吉田寮で生活できると思いますが、「ダメ!」って決めつけてかかる人……「許せない人」は向いていないと思います。
実は澤田さんは、先ほどの写真にも登場した貝の研究を行う大学生。実際に部屋の中を見せてもらいました。
ここが澤田さんの部屋。窓際には布団などの私物が置かれていますが……
反対の扉側には生き物たちが暮らす水槽がびっしり。
福島:
私も澤田さんと同じ考えで、別の言い方をすれば「体力のある人」が向いていると言えそうです。
岡田:
それはわかります(笑)
福島:
例えば、好き嫌いや食べられない物がなく、どこでも寝られるような人は向いているイメージです。体力のない人は吉田寮を出ていきますね。
G:
なるほど、サバイバル能力の高い人ですね。
福島:
「これはダメ」「これは苦手」というのが多かったり、ほこりや動物にアレルギーがある人がここで生活し続けるのは難しいと思います。
M:
僕の考える向いている人というか、「適性のある人」は自分の意見を言える人だと思います。ここにはアパートのような管理人がいないので、ためこんでいっても、誰も解決してくれないので。
そして一番大事なのは、意見の違いを、「意見の違い」として受け入れられることです。例えば福島さんと僕で意見が違った時に「福島さんを僕の色に染めよう」という考えだけを持つようでは、ここではやっていけません。「考え方が違う」ということを理解して一緒に住んでいけるのが大切なのかなと。
G:
なるほど。みなさんの話で吉田寮についての雰囲気がつかめてきました。ここから先は吉田寮自体のことについて聞いていきたいと思います。
吉田寮の準公式サイト「吉田寮を守りたい」に「代替宿舎の問題」というページがあります。ここで、「代替宿舎の準備に必要な費用を大まかに見積もると、およそ1億円以上になります」とあるのですが、これは一体どういうことなのでしょうか?
M:
今、僕たちのいる建物を「現棟」、2015年に建てられた建物を「新棟」と呼んでいるのですが、大学当局はこの両方から退去を求める通告を出しています。
ただ追い出されると僕たちは住むところがなくなってしまうので、京都大学側は、市内の家賃4〜5万円ぐらいのアパートを借りて、「月400円」という現在の家賃と同じ条件で寮生が住めるようにしています。大学は満額の家賃を支払ってアパートを借り上げているので、この差額は大学側の負担になります。でも、吉田寮には大学の予想に反して多く寮生が残っていて……。
岡田:
100人前後は住んでいますね。もっと少なくなるのかなと予想していましたが、全然にぎわっている雰囲気です。
M:
大学としては大枚をはたいて移転先を確保したんですけど、全然みんな出て行かないから、メディアの中には「一部の人しか移らないのにアパートにお金をかけたのはムダだったんじゃないの?」と指摘するものも存在します。
G:
あと、吉田寮広報室のFacebook公式アカウントでは、現金でのカンパのほか、炊き出し食材なども募っていますが、実際に食材が送られてくることはありますか?
【カンパのお願い】
広報・ライフライン確保・訴訟などこれからどんどんお金が必要になると予想されます。
ご協力お願いします!
【口座】
吉田寮在寮期限対策局
ゆうちょ銀行
普通口座
記号:14470
番号:43738301
他の金融機関か...吉田寮広報室さんの投稿 2018年10月1日月曜日
岡田:
お米を中心にいろいろな野菜等をいただいています。そういう物資という形で応援してくれている方はいますね。
G:
不足している物資などはありますか?
岡田:
まだ電気や水道が通っていますし、生活はひっ迫していませんが、今後ライフラインが断たれた時には生活物資はすごく助かるなと。
G:
また、SNSアカウントに、毎週土曜日に「こどもよしだりょう」を開催しているという内容があったのですが、これは一体何をしているものなんですか?調べてもよくわからなくて。
こどもよしだりょう
https://www.facebook.com/events/463445287476818/
岡田:
昔から、「夏休みに吉田寮に来た子どもに対し、京大生が宿題を教える」ということが行われてきたんです。
最近はそういった習慣がなくなってしまっていたため、「吉田寮は誰でも来られる場所だ」ということを知っていただくためにも、交流の場所としての「こどもよしだりょう」を始めました。この夏休みにはたくさん子どもたちが来てくれましたね。
M:
めちゃめちゃ多かったね。宿題をやる子もいましたし、スケートボードや卓球をやったり。
岡田:
うどん作りや楽器作りなどもして、たくさん交流ができました。吉田寮は個人情報、プライバシー、個人の意見や肖像権を保護するため、あまり写真をネットにアップロードしていないので、雰囲気が伝わりづらいところはあるかもしれません。
G:
SNSでは「京都大学が吉田寮の電話を切ったので、新しく電話回線を開通した」との投稿もありましたが、新しい電話番号にかけるとどこにつながるのですか?
福島:
新しい電話にかけると、事務室の中にあるスマートフォンにつながります。
G:
吉田寮の固定電話は今までどのように使用されてきたのですか?
M:
京都大学が契約した電話回線が割り当てられていて、外線が着信するのでこれが取材や訪問の際の窓口になっていました。ただ京都大学がこの回線を止めたため、対外的にオフィシャルな連絡先がなくなり、新規で作った感じです。
G:
あとよくわからなかったのが、吉田寮祭Twitterアカウントには、電話回線だけでなく物品支給の遮断についても言及されていました。これまでは具体的にどのような物品を支給されていたのでしょうか?
吉田寮自治会より総長、教育研究評議会、学生生活委員会に宛てた「公開質問状ならびに要求書」を、提出します。10/1,15に押し付けられた「退舎通告」や電話回線遮断、物品支給差止めなどに関する内容です。 pic.twitter.com/rmSYSpQvqs— 吉田寮祭 (@yoshidaryosai) 2018年10月19日
福島:
蛍光灯、電池、洗剤、石鹸、トイレットペーパー、床板を保護するためのワックスなど生活必需品全般です。
G:
同じく、寮内労働者の派遣停止にも触れられていましたが、寮内労働者とはどのような人ですか?
福島:
大学が直接/間接に雇用していた方に寮内の清掃や事務作業について部分的に分担していただいていました。ほかにも、共用の洗濯機が故障した際の修理なども依頼していましたが、こういった依頼も拒否されるようになりました。
G:
なるほど。「大学は現状法的手段に訴えていない」とのことでしたが……。
M:
この場合の法的措置は、大学当局が裁判所に訴えて寮生に寮建物の明け渡しを求めることを指していますが、今のところ当局は一切法的措置をとっていません。
電話番号を止めるのも、大学が自分の持っている番号を止めているだけなので。通告の張り紙などはされていますが、裁判所が関わる事態にはなっていませんし、今後いつどうなるのかもわかりません。
G:
大学側は「10月1日以降に吉田寮に居続けることは不法占有になる」といっていますが、これはどういう意味なのですか?
M:
例えば、賃貸アパートの賃貸借契約が終了してもなおその部屋に住み続ければ、それは法的根拠のない不法占有となります。吉田寮においても、大学側は「退去を通告したにも関わらず居続けることは不法占有である」と主張しています。
でも吉田寮は大学側と「大学当局は吉田寮の運営について一方的な決定を行わず、吉田寮自治会と話し合い、合意の上決定する」という確約を結んでおり、今回の通告は一方的に出されたものなので、我々は賃貸借契約が終了したとは認識していません。ここが見解の相違です。
G:
吉田寮側に「住み続けていたい」という意向があるのははっきりわかるのですが、一方の大学が何を求めているのかがいまいちわからないんです。大学側が退去を求める理由は何なのでしょうか?
福島:
安全確保が一番の理由です。吉田寮は築105年で、地震などの災害の際に、老朽化した建物に住むのはリスクが高いため退去するようにと説明されました。
G:
たとえば地震などで吉田寮が倒壊したとき、京都大学は責任を問われるのでしょうか?
福島:
おそらく管理責任に問われることを回避するために、事前に対策を講じているのだと思います。
G:
だとしたら寮の補修をするという発想が出てくると思うのですが、そうではなくて退去を求めているというのが、端から見ていてよくわからなくて。実際に吉田寮に訪れてみても、危険な建物には見えませんし……。
澤田:
実際に暮らしてみても、京都大学側が危惧しているようなことは感じませんね。
岡田:
これは臆測でしかないのですが、大学側が吉田寮を「目の上のたんこぶ」だと考えているというのが一般的な見方ではないかな、と。大学は徹底的に管理して合理化したいと考えていて、吉田寮、熊野寮、西部講堂などを「そぐわないもの」として淘汰して、管理された研究棟やシステム化された施設を再構築しようとしているのだと感じます。
これは京都大学の意向というより、日本社会全体に蔓延しているものなので、今回の件の根本には、日本社会が抱える問題が投影されているという側面があると私は理解しています。
G:
大学側が退去を求める理由について、明確に聞いたことはありますか?
M:
前回の話合いで聞きましたが、「安全性」の一辺倒でしたね。
もちろん古くからある「現棟」については、災害対策という理由は理解できる部分もあります。とはいえ、きちんと補修すれば今の建物でも十分安全になるので、補修を拒む理由は全く納得できないですけど。
でも、少なくとも2015年に建てられた築3年の「新棟」について、安全性を理由に出て行けとは言えないはずです。
この点について大学側に聞いたら「吉田寮は多くの京都大学生にとって接近しがたい」って言われたんだっけ?
G:
「接近しがたい」!?
M:
なので、「福利厚生施設としては不適切である」というニュアンスの回答がありました。
これは、さっき岡田さんが言っていたことと近いですよね。大学側には吉田寮について「得体の知れない人間が管理・運営をしているよくわからない所」という先入観があるみたいです。
でも、実際には危ない人はいないじゃないですか。今日も穏健派ばかりを集めたわけではないし、みんなこんな感じです。僕たちは経済的な事情など、至極まっとうな理由でここに来ています。
特に思想に偏りがあるわけではなく、むしろ思想・信条が多様すぎて大変という側面すらあります。吉田寮のいいところは、多様な考え方を持つ人が、それを隠さずに暮らせることだと思いますが、大学側は「昔の学生運動などで見られたような『過激で暴力的』な思想を持った人ばかりが多数いるのではないか」と警戒しているようにも感じます。
でなければ、少なくとも築3年の新棟に関しては「安全性のため退去せよ」という必然性がないですから。表面的には災害対策を理由としていますが、それでは全ての理由がつかなくて、本音では自治寮としての吉田寮を解体して大学がコントロールできる場所を作りたがっているのではないかというのは、想像できます。
G:
他の大学の自治寮に関して、吉田寮と同じような事例はありましたか?
M:
代表的なのは東京大学駒場寮の事例です。これは、大学により駒場寮の廃寮が決定されたにも関わらず寮生が退去しなかったため、大学が裁判所に駒場寮の明け渡しを求める訴えを起こしたというものです。数年に及ぶ裁判で大学側が勝訴したことにより強制執行が行われ、寮生が退去させられた事例です。
ほかの自治寮も似たような感じで、判決を経て、廃寮になる際は強制執行になった事例がほとんどです。
G:
未だに京都大学が法的手段に訴えていないのはなぜだと思いますか?
M:
強制執行を行うとなると、多くの場合、警察官が動員されます。当局としては大学が、それも京都大学が権力を用いて学生を寮から引きずり出すという事態が発生することを避けたいのだと思いますね。切羽詰まった時の手段としては考えられるにせよ、現段階ではハードルが高いだろうと思っています。大学は社会の中でも特に「言葉の持つ力」を大事にしている、しなければならない場所だと思うんです。その点については学生も教職員も同じ考えなのでは。
世間には、吉田寮の現棟が古いことしか知られていません。大学側も「古い建物にゴネて住み続けているアホな連中」という色づけをしたいだろうし、それはとても分かりやすい構図だと思います。耐震性に問題のない新棟からも退去を求められているという我々の主張にはニュースバリューがないので、一面的な理解がなされているのが現状です。
私たちは吉田寮を京都大学のシンボルの1つだと思っていますし、歴史ある建物が、博物館などではなく現役の「自治寮」として現存していることには意義があると思っています。そういうことを我々も発信していかなければならないと考えています。
G:
話を聞いていると吉田寮が無法地帯ではないということがよくわかります。吉田寮の自治がどのように運営されているのか外からはなかなか見えないものですが、相部屋制などのルール作りはどのように行われているのですか。
岡田:
明確なルールや線引きはあまりないので、常に話し合いの中で合意がもたれています。吉田寮が建てられた初期は規則が細かく決められていて、「北寮には優秀な学生に個室が与えられる」ということも行われていました。
福島:
1913年当初、入寮選考の対象は日本人学部の男子学生のみだったんです。1985年に女子にも開放されたのを皮切りに、以降の10年間に留学生や大学院生、科目等履修生や聴講生、研究生などに対しても間口が開かれていきました。
岡田:
「自治」というと寮生だけで完結しているように思えますが、昔は京都大学の総長が吉田寮の前で食事会を開催したり、総長の家で宴会を開いて飲み会をしたりするなど、学生と学校の距離はとても近いものでした。
吉田寮の存在の大前提として、京都大学と学生が対等な立場で密なコミュニケーションを取りながら自治を行ってきた伝統があります。それが現代になって変わってきて、今回のように大学側から「寮側とは話合いをしない」と言われるまでなりました。端から見ると「学生は学校に従うものなのに、わがままな学生たちが勝手に盾突いているんでしょ?」となるかもしれないのですが、そうではない歴史があるんです。
G:
吉田寮を守って存続させるためのアイデアとして、今後の吉田寮についての理想像、理想の展開はありますか。
岡田:
私は吉田寮の問題について市内の人にもっと認識していただき、思いを共有してもらえれば嬉しいと思います。今回の件は吉田寮と京都大学だけの問題と思われがちですが、教育が変われば自分たちの未来にも影響します。自分の身近な問題として感じてもらって、その上で「吉田寮は残した方がいい!」って言ってもらえるのが理想的ですね。
澤田:
僕は岡田さんほど広く考えてはいなかったのですが、吉田寮に住み続けたいので、吉田寮が存続していくといいなというのが率直な思いです。追い出されたらそこで終了なので、ここに住み続けられたらなと。
福島:
岡田さんがいう「社会全体が管理をしようとしている」という部分につながるのですが、ルールや罰則によって管理するのが手っ取り早く合理的という風潮のなかで、様々な理由からルールになじまない人もいます。
吉田寮には「原則ルールなし」「当事者間の話し合いでその都度、解決する」という奥儀があり、時間はかかるものの実際に問題解決につながっている珍しい事例になっています。将来世代の可能性を探る実験場として、吉田寮のような場を後世に生きたまま伝えることは無駄ではないと思います。
M:
寮生は大学側との2回の交渉を通して主張できることは主張してきましたが、正直なところ、この先どのような希望を持てるかは見えていません。大学当局にお願いしたいのは、とにかく「話をしましょう」ということです。
在寮期限が通告されたのは残念ですが、それを切っ掛けに吉田寮も積極的に外へと発信を行うようになり、このこと自体は以前よりもよくなっていると思います。妙案はありませんが、この問題を通して吉田寮が開かれた自治寮だということを社会に発信して、それを続けていくしかないと思っています。
G:
本日はどうもありがとうございました。