「新人時代は庶務関係の仕事も担当しました。先輩が申請した出張旅費を取りに行ったり、お茶碗洗いもしました」

 こう話し出すのは、フジテレビ西山喜久恵アナ。

アナウンサーとしての最初の本格的な仕事は、『FNNスーパータイム』のお天気コーナー。入社して3カ月後でした。

 忘れられない失敗は、たしか入社して2年後。プロ野球中継のなかで、他球場の途中経過などをお知らせする2分間のコーナーを持ったときのことです。

 基本的には、原稿を読むだけでほとんど大丈夫。その日のヤクルト対巨人戦も、『予定稿で大丈夫だから』という指示が来ていたのですが、巨人の桑田投手がタイムリーヒットを打ったんです。

 突然のことでパニックになり、1分半ほど黙ってしまいました。放送直後、ディレクターから『実況席からどけ! 外で立っとけ!』と。立っている間は怒りもされなかった(苦笑)」

 西山アナが、同期入社の局員と結婚したのは28歳のとき。「年齢的には早かったですね」と振り返る。

「注目されていなかったので、自分たちのタイミングで結婚しました(笑)。でもちょっとだけ週刊誌に追いかけられて誌面に出てしまって、それをスポーツ紙が後追いで掲載したんですけど、どれも好意的な記事だったので、夫の母が喜んでくれました。

 じつは出産したときに会社を離れるかどうかで悩んだことがありました。子供が入院したときには、レギュラー番組を1週間お休みし、外部から批判もありました。

 でも、『私は仕事と子育てを両立させることで心のバランスが取れるんだ』と気づいたんです」

 若手とは、親子ほどの年齢差がある。

「幼いころからスマホがあり、画面に向かってしゃべることに慣れていますよね。私たち世代は『すごい覚悟』が必要でした。後輩を怒るときは、『ガー!』とは言わず、ふだんは『それは違うんじゃない?』と指摘する感じです。

 でも、グループ会社の合同新人研修会で司会をしたときは、珍しく大きな声で怒っちゃいました。

 ちょうど昼食の前で『代表の方は、後ろのお弁当を取りに行ってくださ……』と話している最中に、何人かがお弁当に向かって走りだしてしまったんです。だから『それが違うの! 人の話は最後まで聞きなさい! 社会人として大間違いですよ!』って」

 フジテレビのアイドル的存在だった “キクちゃん” が激怒している姿は想像しづらいが、組織に所属していれば立場も変わる。本誌読者とともにキャリアを重ねてきた女子アナたち。これからもその姿を追いつづけたい。

にしやまきくえ
48歳 1969年生まれ 広島県出身 上智大学在学中に「ミスソフィア」に。1992年、フジテレビ入社。
「最初は就職先の選択肢のひとつでした。20名に絞られたあたりから、『中途半端な気持ちじゃいかん!』と真剣に勉強して。受かったのは私と小島奈津子の2人です」

(週刊FLASH 2018年5月8・15日合併号)