発信者情報を特定し誹謗中傷はいったんおさまったが...

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 プロ野球横浜DeNAベイスターズの井納翔一投手が、ネットで妻を誹謗中傷した会社員を訴えたと報じられた。続けて、子育て分野で活動するNPO法人とその代表がTwitterなどで受けた誹謗中傷に対する名誉毀損裁判を起こし、東京高裁で勝訴したことも報じられた。ネット上の匿名者であっても、無責任な発信は大きな代償を求められるのが当たり前になる日は遠くなさそうだが、現在はまだ限られたケースでしか解決に至らない。発信者特定したものの、問題解消が難しい状況に被害者が苦しむ現実について、ライターの森鷹久氏がレポートする。

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 デビュー二年目のタレント・まどかさん(仮名)のブログに、意味不明なコメントが付きだしたのは昨年春ごろの事。ブログの管理をするマネージャーから連絡があり、何か心当たりはないか? と尋ねられたが、思い当たるフシもなく「単なるいたずら」だと深く考えなかった。

 しかしある日、一ファンの男性から寄せられたメールを見た瞬間に青ざめた。メールに記載されていたホームページ、ツイッターアカウントには、まどかさんへの悪口だけでなく、実家のある土地名や家族構成までが記されていて、まどかさんの写真を使ったヌードのコラージュ画像までもが張り出されていた。

「最初はストーカーなんだと思いました。ブス、才能ない、やめろ、といった悪口だけではありません。インタビュー記事などで話した地元や家族のことが事細かにまとめられていて、エッチな写真に私の顔をくっつけた画像まであったんです。怖くなって事務所やマネージャーに相談しました」

 それまでも、主にSNSやネット掲示板などに悪口が書かれていることはあった。しかし、ここまで本格的に、そして執拗に誰かから攻撃された記憶はない。もしかしたら身近な人かもしれないし、事務所のライバルタレントなのか? マネージャーと喧嘩したこともあるし……。様々な憶測が頭をよぎる。そして事務所からは「警察沙汰にはできないし……」と、様子見を促されて、自身を取り巻く環境への不信感はさらに募るばかりだった。

 さらに、まどかさんを攻撃し続ける「目に見えない相手」の行動はエスカレートし「殺す」「刺す」「消す」などといった危険な文言が使われるようになり、SNSにも複数のアカウントから攻撃的、侮辱的なメッセージが毎日寄せられた。寝ても覚めても、目に見えない「相手」のことが頭から離れず、ファンミーティングや握手会、イベントへの出席前には体調を崩し、仕事をキャンセルせざるを得なくなるまで追い込まれた。

「私が何か悪いことをしたわけでもないし、相手は私のことを気に食わないだけ。なのに、なぜここまでしつこくやってくるのか」

 泣きながら訴えたまどかさんの悲痛な叫びを受けて、事務所はついに弁護士に相談し、警察にも被害届を出した。だが……。

「警察は、時間もお金もかかるよ、といって捜査には後ろ向き。対応してくれる弁護士さん探しだって、相当に難航したようです。でも最終的には、専門の弁護士さんにお願いをして、書き込みをしていた人物を特定することができました」

 まどかさんと所属事務所は、弁護士を通じて書き込みをしていた人物についての情報を知ることになったが、その人物は東北地方在住の、名前も聞いたことがない40代の女性。自身のファンでもなければ身内でもないし、これまで一切接点のない女だったのである。

「今すぐに悪口を書き込んだり、私の悪い情報を発信するホームページを閉鎖するよう、 弁護士さんがその女性に通知を出しました。女性の家族を名乗る方から謝罪の手紙、電話をいただき、実際に事務所まで来て土下座して帰られたと聞いています。私は怖くて同席していませんが……」

 いやがらせの書き込みはパタッとなくなり、嫌がらせのホームページも即座に閉鎖され、やっと平穏な生活を送れると安どしていたまどかさんだが、一か月も経つと、SNSにはまた「ブス」「死ね」「殺す」といった書き込みが寄せられるようになったのである。「厳重注意」などと甘い対応をしていた事務所にも怒りがこみあげてきて、泣きじゃくりながらマネージャーに再度相談したが……。

「実は相手の女性は精神的な病気であり、また生活的にも不安定なことから、訴えてもあまり意味がないと諭されました。ではこのまま黙って我慢していればいいのか? 自分の悪口だけならまだ許せますが、家族や友達のことまで書かれる。これには耐えられないんです」

 そもそも、その女性がなぜ攻撃をしてくるのかもわからない。弁護士によれば、女性は「相手は誰でもよかった」とか「雑誌で偶然グラビアを見た」と」いうだけで、攻撃する明確な理由を語らない。まどかさんとは別のタレントを攻撃していた痕跡もあるが、理由がわからない分、対処のしようもない。

「相手は、私が何もしてこないと思っているからいやがらせや攻撃を続けてくるんです。では、こちらから反撃できるかと言ったら、それも事実上不可能。病気で済まされるし、賠償金だって取れない。一方的にやられるばかりで、こちらは我慢するしかないんです」

 一流事務所に所属する有名タレントならまだしも、まどかさんのように売り出し中で、バックアップ体制のそう強くない環境に置かれているタレント、芸能人であれば、事務所や当局、そして世論が助けてくれるといいうことはまずない。泣き寝入りするしかないのだ。別の芸能事務所に勤務するマネージャーの男性も、同様の被害は日常茶飯事だと話す。

「たぶん女性同士の妬みの類で、我々から見ると我慢してね、としか言いようがない。でも若い子やデビュー直後の子にとっては、ものすごいダメージがある。ネット上の悪口がきっかけで病気になったり、自殺未遂を起こしたり、芸能界を辞めてしまう子だっている。芸能界のきつさより、ネット上で受けるバッシングに耐えられるかどうか……。最近の若いタレント、芸能人には高度なスルースキルも求められます」

 現実にネットで誹謗中傷の書き込みをする人は、男女問わずに存在し、中傷する相手の性別や年齢、国籍すらも問わない。自らは顔も属性も明かさず、攻撃してこない相手を一方的に殴りつける。現実世界でいえば「通り魔」ともいえる卑劣な行為だが、卑怯な連中は星の数ほど存在し、全員を検挙したり処罰にかけられるかと言えば「現実的な話ではない」(弁護士)という状況だ。

 舞台がネット上であることから、さらに連中には「罪の意識」もほとんどないに違いないが、犯罪者になんの罰則も科すことなく「悪口を辞めろ」「書き込みを消せ」とお願いしたところで、やめるどころかさらにエスカレートしてしまう。もうどうしようもないと力なく話す、まどかさん。このままだと芸能界にはいられない、という危機感すら抱いている。

「雷に注意、落石に注意、とか言われているような感じ。対処できないから避けられない。やられたら運が悪かったで終わり。いやなら見なければいいでしょう、とも言われますが、悪いのは攻撃をしてくる人達でしょう? こんな思いをしてまで、それこそ家族や友人まで巻き込んでまで我慢し続けなければならないのなら、芸能の仕事をやっていく意味はありません」

 現在のストーカー規制法は、ネットやSNSでの誹謗中傷にも”対応している”ということになっているはずだった。ところが現実には、ストーカーに関する相談を警察にしたことがある人の多くから、まともに被害を受け止めてもらえないという体験談が聞こえてくる。取り締まるのに効果的な仕組みや手段が存在していないこと、担当者個人のネットへの習熟度に頼っていることが原因であろうが、そうやって手をこまねいているうちに被害ばかりが大きくなっていく。芸能人だけではない。一般のネットユーザーの中にすら、ある日突如見知らぬ人物から中傷され、つきまとわれ…という事例は決して珍しいものではなくなってきている。取り返しがつかない混乱した世の中になる前に、迅速な対応が必要だろう。