金正恩氏「平昌五輪に参加も」表明は巧妙にしかけられたワナである
北朝鮮の金正恩党委員長はどうやら、韓国の文在寅政権のことを「やりやすい相手」と見ているようだ。理由は色々ありそうだが、文在寅大統領が北朝鮮の人権侵害についてうるさく言わないのは、金正恩氏にとって重要なポイントだろう。
なぜなら北朝鮮の核・ミサイルの暴走の裏には、国際社会から人権侵害を追及されている問題があるからだ。
(参考記事:北朝鮮「核の暴走」の裏に拷問・強姦・公開処刑)
文氏はもともと人権派弁護士であるにもかかわらず、彼の率いる政権は、北朝鮮の人権問題追及に非常に慎重なのである。
そしてもうひとつ、文政権が北朝鮮との対話を掲げて誕生したのに加え、平昌冬季五輪を控えているという事情もある。2月9日から始まる平昌五輪は、国際社会が北朝鮮に対する圧力を強める中、韓国が周囲にさほど気兼ねせず北朝鮮と対話できる絶好のチャンスだからだ。実際、韓国政府はそうしたラブコールを繰り返し北朝鮮に送ってきた。
そして1月1日、金正恩氏は今後1年の施政方針演説に当たる「新年の辞」の中で、南北関係の改善に前向きと読めるメッセージを発した。同氏は、北朝鮮建国70周年の今年、韓国で冬季五輪が開催されることは「北と南ともに意義のある年」とし、平昌五輪に代表団を派遣する用意があると表明。また、「これ以上情勢を激化させてはらない。軍事的緊張の緩和と平和的環境づくりのため共同で努力すべき」とアピールしたのだ。
こうした文言だけを素直に読めば、朝鮮半島情勢の緊張も近いようにも思える。金正恩氏は「新年の辞」の中で、核兵器を量産すると述べており、米国に挑戦する姿勢も捨てていない。ただ、彼が本気で韓国との関係改善に動くなら、少なくとも新たな核実験やミサイル発射はしないはずで、そうすれば米朝間の危うい空気も峠を越えるはずだ――このように考えることができるからだ。
しかしハッキリ言って、これは韓国に対して仕掛けられた罠である。
金正恩氏は「新年の辞」の中で、文政権のことを次のように評している。
「南朝鮮(韓国)で、憤激した各界各層の人民たちの大衆的抗争により、ファッショ統治と同族対決に執着する保守『政権』(朴槿恵政権)が倒れ、執権勢力が替わりましたが、北南関係で変わったものは何もありません。かえって南朝鮮当局は、全民族の統一志向に逆行して米国の対朝鮮敵視政策に追従することで、情勢を険悪な状況に追いやり、北南間の不信と対決をいっそう激化させ、北南関係は解きがたい閉塞局面に陥ることになりました」
つまり、米国の対北制裁に同調する文政権は、北朝鮮との対決姿勢を鮮明にしていた前政権と同類だと言っているのだ。
そして、南北関係改善のために必要だとして、次のような条件を挙げている。
「外国勢力とのすべての核戦争演習を止めるべきであり、米国の核装備と侵略兵器を引き込む一切の行為を撤回しなければなりません」
米韓合同軍事演習を中止し、米軍が韓国に配備した最新鋭高高度迎撃システム(THAAD 〈サード〉)を撤収させよという意味である。
これは、相当にハードルの高い要求である。米国との同盟関係を維持しながらこの要求を飲むのは、不可能に近いほど難しい。しかも、平昌五輪まではもうほとんど時間がない。北朝鮮が、具体的にどのような形で条件を突きつけるかはわからない。もしかしたら、韓国への「サービス」として平昌五輪に参加しつつ、その後に期限を設けて上記の条件履行を迫るかもしれない。
いずれにしても、韓国は北朝鮮と米国の板挟みになり、苦しい立場に置かれる可能性が高い。そして、韓国が最終的に北朝鮮に「NO」を突きつけたとしても、北朝鮮が失うものはない。もうしばらく核・ミサイル実験を続けながら、そのすべてを韓国と米国のせいにしつつ、自分たちに必要なタイミングで実験停止を宣言すれば良いのだ。
あるいは、上手く行って韓国が言うことを聞いたならば、自国の核武装を既成事実化し、経済制裁を骨抜きにする道も開ける。
そもそも北朝鮮が核兵器開発を加速させたのは、米国に対する抑止力を持つと同時に、韓国をこうした心理戦で攻略するためでもあるのだ。
今後、韓国政府が金正恩氏の呼びかけにどのように対応するかが注目されるが、文在寅政権は平昌五輪以外に南北関係の転換点を見いだせていないだけに、北からの対話攻勢の前にフラフラになってしまう可能性が小さくないと筆者は見ている。