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モテるにはどうすればいいのか。洋服や外食にカネをかけ、体を鍛えて、ワインやアートに詳しくなる――。そうした「モテ要素」が必要だといわれるが、本当なのだろうか。ネットニュース編集者の中川淳一郎氏は「『モテ要素』に振り回されるとストレスが増える。楽しい人生をすごすには『モテから降りる』という発想が重要」と指摘する――。

■モテを追求するのは疲れる

男が人生をラクに生きるための考え方のひとつが「モテから降りる」である。「モテを諦める」と似たようなニュアンスではあるが、「諦める」というと、どこか悲愴感が漂ってしまう。その点「降りる」という言葉は、ビジネスにおいて普通に使われるものであり、積極的に判断・決断をした結果、撤退するという前向きさがあるように思う。たとえば、工事受注の見積もり勝負をしている際、競合があきらかに「そんな額で受けたら疲弊するだけなのに」という激安金額を提示してくることがつかめたとする。その場合、「諦める」ではなく「降りる」という言葉を使うことだろう。それと同じだ。

モテから降りればやらないでいいことが増えて、人生はラクになる。たしかに、男の生きるモチベーションは「モテ」にある。そのために男は仕事を頑張り、よい格好をし、自らを高める。しかし、そうすることに疲れて果ててしまった方も案外多いのではなかろうか。私はそうだ。人生は、つまらない勝負や意地の張り合いから距離を置き、いかに競争しないで生きていくかを心がけていくだけで、格段にラクになる。その第一段階として「モテから降りる」の実践は悪くない。

さて、私は大学時代(1993〜1997)からモテたくて仕方がなかった。しかし、学校の男女比は7:1であり、あまりにも女が少なすぎた。他大の女性と付き合うにしても、東京・多摩地区から出るのが面倒くさすぎた。結局は慣れ親しんだエリアから出ることもなく、地元の安飲み屋で、男だけで管を巻いてばかりだった。そういえば、大学の4年間で合コンをしたことは1回しかない。

■モテたい一心で、いろいろやった

そんな、モテとは無縁の大学時代を経て広告代理店に入ったのだが、同期が入社早々、頻繁に合コンをしたり、「あの女はよかったぜ」などと武勇伝を語ったりしているなか、私は一切モテないまま。

そこで、モテたい一心から、派手なYシャツを着たり、頭をジェルでガチガチに固めたり、メガネを毎週のように購入して毎日違うメガネをかけたりなど、「社会人デビュー」を目指すべく身なりや持ち物に気をつかい始めた。髪の毛を切るにしても、それまでは友人に大学の研究室で切ってもらっていたのだが、きちんと美容院に行くようになった。筋肉のあるほうがモテると思い、マメに筋トレもしていた。

さらには、「Hanako」や「東京ウォーカー」などの雑誌を購入し、来たるデートの日に備えてレストランの研究などもしていたのだ。自宅マンションも人気の街・恵比寿にすることにした。まさに「東京カレンダー」に出てくる引っ越しマニアの「綾」のような24歳男である。

■自分にとって居心地の良いことだけを追求

だが、入社2年目を迎えた私は、相変わらずモテないままだった。夏になるころには会社もイヤになり、アメリカに住む両親のもとを訪れ「会社を辞めたい」と伝えた。「それは早すぎる、もう少し待て」と諭され、会社に残ることにしたのだが、やはり辞めたい気持ちは変わらない。

そんななか参加したのが、ANA(全日空)のCAとの合コンである。その合コンでカナさん(仮名)という岡江久美子似の美女と会った。ノリのよい、いかにも広告代理店風の合コンだったが、私だけはキョトンとし、発言もどこかダサかった。「趣味はスーパーで買い物することです」などと言ったような記憶がある。

その後、カナさんと2人で会うことになったのだが、彼女は「あなたは広告代理店っぽくないオタクみたいな感じで、騒がしくないから、あのとき気になったの」と言った。このときにわかった。別に高いスーツ、チャラい会話、派手なシャツなんてものは、女性から少しでも興味を持ってもらうためには不要だということが。

結局、モテようと頑張ってもその努力は空回りすることのほうが多い。だったら無理をする必要はない。そこから私は、世間でまことしやかに語られている「モテる格好」「モテるヘアスタイル」「モテる持ち物」「モテる店」などを意識することをやめた。自分にとって居心地のよいことだけをする、と決めたのである。

■意外な理由で突然モテることもある

途端に、服装などには無頓着になった。会社にいたころはチノパンに無印良品やユニクロの白いシャツを着て、できるだけこざっぱり見せようとしていた。が、会社を辞めてからは毎日黒のジーパンに白いシャツ(襟まわりが黒ずんでいようと、シミが付いていようと気にしない)だけを着るようになった。寒ければ黒いジャケットを羽織る。暑ければ短パン・Tシャツ・サンダルになる。髪の毛はQBハウスで切り、カバンは売り場でもっともファンキーな柄をしたEASTPAKのリュックを店員に選んでもらうようになった

結局、カナさんとは4カ月に1回、2人で会うだけの妙な関係だったが、彼女と会うようになってから、とある別の女性からも気に入られた。すでに長く付き合っている年上の恋人がいるので、要するに私は「間男」なのだが、彼女は「あなたは多分真面目な人だと思う」と言ってくれた。

カナさんからは「広告代理店っぽくない」と言われ、別の女性からは「真面目」と言われる。しかも、このときすでに身なりは一切気にしなくなっていた。「人間、意外な面でモテることがあるし、ステレオタイプな『モテ』要素なんてものにこだわる必要はない」と、ここで悟ったのである。

■モテた理由は「暇人」だったから

以後、ますます「モテ」に関連する消費はしなくなり、「年間被服費5000円」「行く店は渋谷のオッサン安居酒屋」「毎日同じ服を着る」といった「モテから降りる」生き方を、27歳ぐらいから現在に至るまで、淡々と続けている。洋服はとくに、同じ服を着続けると決めておけば一切悩む必要がなく、無駄な時間を減らすことができる。

会社を辞めてからの数年は、無職だったりフリーライターの駆け出しだったりしたこともあって、時間だけはあり余っていた。すると、愚痴を聞いてもらいたい27歳〜35歳あたりまでの女性が次々と私に「時間を作ってくれ」と声をかけてくるようになった。いわゆる「モテ期」の到来である。大学時代から入社2年目ぐらいまで、モテるためにそれなりの情熱を傾けていたのだが、まったくモテなかった。でも「モテ」に無頓着になった途端、いきなりモテるようになった。

この当時のモテ要素は、要するに私が「ヒマだから」である。他の男は皆仕事をしていて忙しく、「愚痴を聞いてほしいから会って」「今日も愚痴を聞いて」なんてことは、なかなか頼みづらい。だから、暇人である私がウケた。そのころに会っていた女性たちと何があったかは想像にお任せするが、「暇人」というのもモテ要素になるのだな、と目からうろこが落ちた。

■最後は「使った金額」の勝負になる

ここまでくると、いわゆる世間一般で語られる「モテ男」になるための消費や努力は、本当に無駄なものに思えて仕方なくなった。もちろん、それらを実践すればモテにつながるかもしれないが、その土俵に乗ってしまったが最後、あまりにも熱心な他の男どもと、「使った金額」で勝負するしかなくなる──そう考えたのである。下記のような取り組みからは、絶対に距離を置こうと誓った。

・洋服にカネをかける
・外車にカネを使う
・ヘアスタイルにカネをかける
・体を鍛える
・イケてる趣味(ワイン、アート収集など)を持つ
・高い店を食べ歩く
・イケてるエリアの高級な家に住む
・気の利いたプレゼントをする

これらを全部こなすスーパー男も存在するが、自分には無理。これ以外の「ダサいけど真面目なヤツ」「ガツガツしていない呑気男」「暇人」「チャラくない男」といったカテゴリーでモテればいいと思ったのである。「暇人」は数年後には脱却したものの、27歳以後この考えを維持し続け、むちゃくちゃモテまくったことはないが、人並みにはモテた。これでいいのだ。

■できる人だけやればいい。私は降りる

以前、週刊ポストで「ちょいワルオヤジ」こと岸田一郎氏が、老いてもモテる秘訣(ひけつ)を語っていた。それをネットに展開したときの記事タイトルは『「ちょいワルジジ」になるには美術館へ行き、牛肉の部位知れ』になった。岸田氏は肉の部位についてこう提案する。

<牛肉の部位を覚えておくのもかなり効果的。たとえば一緒に焼き肉を食べに行ったとき「ミスジってどこ?」と聞かれたら、「キミだったらこの辺かな」と肩の後ろあたりをツンツン。「イチボは?」と聞かれたらしめたもの。お尻をツンツンできますから(笑い)>

そして、こう締める。

<いまの50〜60代というのは生まれながらにして経済的に恵まれてきた“奇跡の世代”。若いうちからいろいろなモノや遊びに触れてきて、造詣が深いのだから引っ込んでいたらもったいないですよ。もっと自信を持って「ちょいワル」を目指してほしいと思います>

ここに引用した部分のほか、記事にあった「美術館で若い女性をナンパし、薀蓄を語れ」のくだりがネットで猛烈に反発をくらった。しかし、岸田氏がモテのためにさまざまな努力をし、惜しまずにカネを使ってきたことは、よくわかる記事だったのではないだろうか。そうした取り組みを通じて、岸田氏は自身の魅力を磨いていったのだろう。何かの道をやりきっている、という意味では素晴らしいと思う。ただ、私にはまねできない。

27歳で「モテから降りる」ことにして、かれこれ17年。それによりいろいろな無理がなくなった。今日も同じ格好をして、同じ安居酒屋で酒を飲んでいる。それで十分、ラクで幸せな人生だ。

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【まとめ】今回の「俺がもっとも言いたいこと」
・「モテから降りる」と決断するだけで、人生はグンと生きやすくなる。
・世間で語られるモテ要素から距離を置き、自然体でラクに生きるようにしたら、急にモテるようになることもある。

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中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973年東京都生まれ。ネットニュース編集者/PRプランナー。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライター、「TVブロス」編集者などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『バカざんまい』など多数。

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(ネットニュース編集者/PRプランナー 中川 淳一郎 写真=iStock.com)