船とヒアリの悩ましい関係 生態系を守る、特定外来種との「いまそこにある戦い」とは
2017年6月に国内で始めて確認されたのち、発見報告が相次ぐヒアリは、国内の生態系を壊しかねない特定外来種です。どのようにやってきて、そして現場ではどのような対策を施しているのでしょうか。
生態系への脅威、特定外来種
ヒアリの発見報告が続いています。
日本国内でヒアリの侵入が確認されたのは、2017年6月のことです。以来およそ3か月のあいだに、九州から関東にかけての広い範囲で、港湾地域を中心に15件の発見事例が報告されています(2017年9月1日現在)。
横浜港でも7月14日にヒアリが発見され、すでに駆除したとの報告が上がっている(画像:関東地方整備局京浜港湾事務所)。
強い毒を持ち、場合によっては人間や牛、馬などの家畜をも死に至らしめるという南米原産のヒアリは、在来の生態系に害を及ぼす可能性があるとして、外来生物のうち「特定外来生物被害防止法」で指定された「特定外来種」です。かんたんにいえば、もともと日本国内にいなかった生物で、いざ国内で繁殖し定着してしまうと、もともといたアリや昆虫をはじめとするさまざまな生きもの、すなわち在来種の生態系を脅かす危険性がある生きもの、ということになります。
これまでの報告によれば、そのほとんどが港に陸揚げされたコンテナ内外やコンテナヤード(港湾内の、コンテナをいったん集積しておく場所)で発見されています。侵入経路としてはつまり、そうした外国から輸送されてくる貨物コンテナの内外に紛れて、というのが中心であると見られます。
たとえば6月9日、今回の一連の騒動で最初にヒアリが確認された事例について環境省は、すでに同種が定着している中国広東省広州市から輸送されたコンテナの内部で発見され、また、発見段階ではほかの貨物やコンテナが一時保管された場所の周辺からの発見情報がないことから、「積み出す際にすでにコンテナ内部に付着していた可能性が高いと考えられます」としています。
こうした問題に対し、現場ではどのような対策をしているのでしょうか。
ヒアリ対策、日本郵船の場合
年間1200万TEU(コンテナの国際規格である20フィートコンテナ換算で1200万コンテナぶん、の意。2016年実績)のコンテナ貨物を取り扱う日本郵船は、「基本的には、貨物を陸揚げしてからの対策になります」といいます。
同社は神戸港でのヒアリ確認の環境省発表を受け、同時期に発見された特定外来生物のアカカミアリとあわせ、6月26日付で対策マニュアルをを東京、横浜、神戸の同社コンテナターミナル、バンプール(空のコンテナを一時的に保管しておく場所)、CFS(Container Freight Station、コンテナに貨物を詰めるための倉庫)に配布したそうです。
コンテナターミナル従業員に回覧している対策マニュアルとヒアリの写真、配備したスプレー式殺虫剤(画像:日本郵船)。
「対策マニュアル」には、発見したら速やかな連絡を徹底することや、肌の露出を避け、素手で絶対触らないようにという安全面への対策、殺虫剤の常備など駆除に関する対策などがまとめられ、見分け方を図解した大きな写真が添付されていました。
「貨物の揚げ・積みの荷役の際に加え、お客様に貨物を引き渡すためにターミナルから貨物が出る際と、コンテナの中身を出したあとの空コンテナを船会社に返却する際に、ターミナルの作業員が通常のダメージなどのチェックと合わせ、ヒアリの点検を行ってます」(日本郵船)
ほかターミナル内にベイト剤(毒餌)を仕掛けるなど常時、防除に努めているといいます。
「相手はアリなので、目視での確認は難しい部分もありますが、船会社として国内への侵入・定着を防ぐよう、国や地方公共団体と連携し、しっかりと対策を行っております」(日本郵船)
日本郵船東京コンテナターミナルにて。受付に殺虫剤とベイト剤(毒餌)を配備(画像:日本郵船)。
日本郵船東京コンテナターミナルにて。緑色の小さな固形物がアリ駆除用のベイト剤(画像:日本郵船)。
このように、ヒアリ対策は2017年8月現在、官民が総力を上げ、各地で徹底して実施されています。功を奏すれば、その侵入を防ぎきれるかもしれません。
一方で我が国は、同様な事例で特定外来種の侵入、定着を許してしまった経験もしています。記憶に新しいところでは、セアカゴケグモが挙げられるでしょう。
セアカゴケグモはオーストラリア原産の小型のクモで、メスは毒を持っており、かまれると重症化する場合があります。1995(平成7)年、大阪府の港湾地域にて、輸入資材などに付着して入ってきたと見られるものが初めて確認されました。以来20年あまり、2016年11月の時点では43の都道府県で確認されており、一部地域ではすでに定着し、生息域を広げているものと見られています(環境省発表資料、2016年11月10日)。2017年8月19日には、千葉県内の公園で50匹が見つかったとの報道もありました。
特定外来種の定着は防ぎきれないものなのか?
特定外来種生物は侵入を許してしまうと、完全に駆除することはなかなか難しいようですが、しかし、関係者による長年のたゆまぬ努力により、一度国内に定着してしまったものを根絶することに成功した例もあります。
特定外来生物のカナダガン。原産地は北アメリカ(画像:環境省)。
それは、大型鳥類としては初めて特定外来生物に指定されたカナダガンです。1985(昭和60)年、静岡県富士宮市で繁殖が確認され、関東地方を中心に定着が進んでいたといいます。絶滅が危惧される在来種シジュウカラガンとの交雑が懸念され、農作物への被害もあり、2014年5月、特定外来生物に指定されました。そののち、関係者間の対策が進んだ結果、2015年12月に根絶が確認されました(環境省発表資料、2015年12月8日)。
ガンとアリでは大きさも数も、発見のしやすさも大きく異なりますが、逆にその行動範囲の広さはアリと比べ物になりません。そうしたガンでも、根絶に成功しました。環境省は上述の発表資料において、「個体数拡大の初期に対応し、被害の未然防止がされた良い事例であり、特定外来生物に指定された外来生物においては、初めてとなる国内での野外根絶になると考えられます」としています。
ヒアリはいままさに、水際での防除のさなかです。環境省や国土交通省、地方公共団体などはもちろん、前述の日本郵船などの民間企業もその対策に追われ、日本の生態系を守るための戦いを繰り広げています。
もしも万が一ヒアリを発見したとしても、素人のむやみな駆除はむしろ拡散の恐れもあるといい、またかまれて負傷する可能性もあります。環境省は、見つけた場合すみやかに地方環境事務所などへ通報するよう、広く呼び掛けています。
【写真】ヒアリの見分け方
かまれると非常に激しい痛みを感じ、水ぶくれ状に腫れる。アナフィラキシーショックを引き起こす場合もある(画像:東京都環境局「危険な外来生物」)。