マーケティング・プロデューサーの時代/VIDEO SQUARE 編集部
この10年ほどは、マーケティングが時代の変化に直面して、その対処に追われ、またさまざまな混乱を生んできたように思います。
ようやく、私たちが直面している本質的な課題が何なのかの共通認識が生まれはじめてきているのではないでしょうか。
さて、現代のマーケティングが直面している大きな課題は、ライバルとどう差別化するかから、製品やサービスの成熟やコモディティ化の脅威から抜けだすのかに移ってきました。
残念なことに、日本では、かつては世界を席巻した「技術や品質」へのこだわりから、さらに一歩踏み出すことに成功していません。しかし、今は「技術や品質」だけでは売れない時代です。
いかに「新しい価値」の実現へ方向転換させるか。また、その「新しい価値」を消費者にどのように体感してもらい、共感・共有してもらうのかに焦点が移ってきています。
そして、かつての「製品の時代」に確立したマーケティング・ミックスの時代からは比較にならないほど、専門的で複雑化してきたマーケティングをどのように統合するのか。これまでのマーケティングとは異なるマネジメントが求められてきているのです。
そこで必然的に注目されてくるのが、ビジョンやミッションなどのシナリオを描き、マーケティングの全体と細部にまで一貫性をつくりながら、「新しい価値」の創造と体感の場を組み立てていく「プロデューサー」。オーケストラでいえば「指揮者」の役割をこなす人材です。
求められてきている「マーケティング3・0」への対応
コトラーの言葉を借りれば、「マーケティング1・0」は時代製品の品質や機能を売ることにありました。それから、消費者の嗜好にあわせたベネフィットを発掘し、提供する「マーケティング2・0」の時代へと移り、現在は、新しい意味を創造し、消費者と価値を共創していく「マーケティング3・0」の時代への進化が求められています。まさにその流れが急速度にやってきています。
マーケティングの中核となる「What to sell(なにを売るのか)」のWhatが、「モノの価値」から「モノが存在する意味や価値」にシフトしました。
また、「How to sell(いかに売るのか)」のHowも、「マーケティング1・0」や「マーケティング2・0」の時代とは比較にならないほど複雑になってきました。
そんな変化に対応して、新しいステージに立てるかどうか。現代は、その競争の時代に入ってきたとすら言えるのでしょう。
それを象徴するのがスマートフォンにおける競争でした。従来の競争をめぐる常識では考えられない象徴的な出来事がスマートフォンの市場で起こったのです。
アップルのスティーブ・ジョブズはたびたび、市場のシェアは眼中になく、完璧な製品をユーザーに提供することを目指していると言っていました。一方で、アンドロイドOSを搭載したサムスンなどのライバルは、販売数量や市場シェアを追求してきました。
そして、多くの人が、スマートフォン市場で、アンドロイドがOSの80%を超えるシェアを獲得したときに、アップルのiOSの敗北、なかんずく、首位の座についたサムスンの勝利、つまりiPhoneの敗北に見えたのです。
しかし、実際に起こった新しい現実は、シェアで言えば17%程度のiPhoneが、スマートフォン市場の全メーカーが得る利益の9割以上を占めているということです。
アップルは「体験」を売り、APPストアやiTunesなどのエコシステムにうまく消費者を囲い込んで、アップル・ブランドとの絆を築いてきました。それに対し、ライバル企業は、規模の経済効果を求め、「機能」と「価格」で激しく競い合って売るステージから抜け出せなかった。それが、この結果です。
スマートフォン市場が見せてくれているのは、品質や機能の競争だけでなく、異なるビジネス・モデル間の競争。そして、「マーケティング3・0」のステージに立つマーケティングが実現できるかどうかを競い合う時代に入ってきているということではないでしょうか。
インターネットが価値をエンパワーする場となり、動画がさらに重要に
インターネットがメディアとしてパワーを持ちはじめ、SNSやモバイルの進化がそれを加速してきました。
インターネットが広告メディアとしても2014年に一兆円を超え、日本の総広告費の17%を占め、29.8%を占めるテレビに次ぐポジションとなりました。
それよりも今後を占う上で重要なのは、メディアとの接触時間で、「パソコン」「タブレット」「携帯・スマホ」の合計時間が伸びてきましたが、2014年に東京地区では161.3時間となり、「テレビ」の156.9時間を上回ったことです。
それらの利用がすべてインターネットではないとしても、それらに投入される広告費と、ユーザーの接触時間にまだギャップがあり、まだまだネットの効果を追求していく余地があることを物語っています。つまり、ネット利用の高度化が、現在よりも加速する可能性を十分に感じさせます。
インターネットはメディアの勢力地図に変化を起しただけではありません。広告を見て、検索で確かめ、ほかの商品と比較して購入を決める。このように、購買行動の動線を変えてきたこと。さらに、ユーザーの体験がインターネットで共有されることで、商品価値をも左右するようになってきています。
直接はコントロールが出来ない消費者が、マーケティングのなかで重要なポジションを占めるようになた以上、商品やサービスの魅力や価値は、売り手からの一方通行だけでは成り立たちません。
否が応でも、商品やサービスの価値を消費者とともに創造していく時代なのです。
インターネットは売り手と消費者をつなぎ、消費者との絆を深めるための「場」として、その意味は大きくなってきます。
ネットでコンテンツのリッチ化、「場」の臨場感を高める流れが当然起こってきます。その鍵をにぎるのが動画であり、体験の共有ができる「場」のオープン化でしょう。
ネットの特性を生かそうとしたさまざまな試みがなされてきました。アクセス獲得を狙った手法に振り回されたり、さまざまな混乱もありましたが、ようやく本質的な課題に焦点が集まり始めていると感じます。
マーケティングを有機的に統合するマネジメント
こういったメガ・トレンドのなかで、マーケティングの世界で求められるもの。
それは、消費者の心と共鳴できるパワーをもったビジョンや理念、また世界観を生み出し、それを体感できるユーザー体験の舞台を、商品やコミュニケーションを通じて組み立てる能力だと感じます。
とくに、優れたマーケティングは、優れたビジョンやミッションのシナリオを持つことから生まれます。
そのことは、赤字化したユニバーサル・スタジオ・ジャパンを再建したドラマが物語っています。入場者増の快進撃が続き、2015年10月の入場者数は175万人。開業以来の記録を達成したばかりか、東京ディズニーランドの同月の入園者数160万人を上回る快挙でした。
その快進撃を実現したリーダーは、プロクター&ギャンブルから転職し、USJの執行役員マーケティング本部長となった森岡毅氏。
そのドラマは著書『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』でリアルに伝わってきます。森岡氏がどのようなUSJを実現するのかでビジョンの転換がすべてのスタートだったのです。それをご本人が語っておられます。
・・・私は社内にはびこる最大の敵「間違ったこだわり」に、まず宣戦布告することにしたのです。それはハリウッド映画のテーマパークとして始まったユニバーサル・スタジオ・ジャパンのブランドを、長期的に生存可能なように再定義すること。
つまり、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンというブランドを、「映画の専門店」という妄想から、「世界最高のエンターテインメントを集めたセレクトショップ」へと脱皮させることでした。
『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』
森岡毅著・角川書店より引用
ビジョンやミッションのシナリオを描き、そこに焦点をあて、現場の技術やアイデアを引きだすプロデューサーの姿を感じます。
それはまさにスティーブ・ジョブズが行ってきたマネジメントであり、優れた起業家が行ってきたマネジメントに共通するところです。
断片的な手法が先行するのではなく、複雑化し、高度化してきたマーケティング要素を有機的に統合する。そして、「新しい価値」を創造することにむかってマーケティングが変わっていく。それが大きな時代の潮流になってくるものと思います。
(文=大西宏 「株式会社ビジネスラボ」代表)