外国人技能実習制度を廃止せよ/日沖 博道
現在日本では、16万人の外国人技能実習生が働いている。本来同じところで技能を学びながら働き続けるはずの、その実習生の逃亡が急増している。H24年で2,007人、H25年で3,567人、H26年で4,851人というハイペースである。過去10年間では25,000人に上るという。この制度は破綻に向かってまっしぐらなのだ。
「外国人技能実習制度」というのは「発展途上国の人材が最長3年の期限で働きながら日本の技術を学ぶ仕組み」であり、平成5年に創設された。対象地域としては中国とASEANの発展途上国が多い。
政府は建前上「途上国の経済発展に資する国際貢献」と位置付けている(公益財団法人 国際研修協力機構=JITCOによる)。しかしその実態は、日本人が嫌がる3K(きつい、汚い、危険な)職場において外国人労働者を安くこき使うための短期雇用制度に過ぎない。
外国人単純労働者の受入れに慎重な日本社会の世論に対し、「技能実習生は短期間だけ滞在し、技能を習得すれば母国に帰るので、日本人の就業機会を奪うことにもならず、将来にわたる住民間の摩擦増や治安悪化を生む懸念もない」という言い訳が立つように、基本は1年間、その後1年ごとの延長で最大3年を限度としているものだ。
こんな嘘で固めた歪んだ制度であるため、様々なほころびが生じている。その最たるものが信じられないほど酷い労働条件の放置と、その結果生じている技能実習生の逃亡・失踪の急増である。なぜそんな事態になっているのかと言えば、母国側も日本側も民間任せのために利益最優先となっており、最も弱い立場の実習生が搾取される構図になっているのだ。
この技能実習制度では賃金の低さや不払い、過労死さえ生む長時間労働やセクハラが度々問題になっており、実習生が逃げないようにパスポートを取り上げたり、強制的に貯金として積み立てさせたりしているケースが少なくない(日本側のコーディネート機関が顧客企業に懸命に注意しているくらいだ)。過去には雇い主に反発した実習生による殺人事件すら起きている。まさに「21世紀の奴隷制度」と呼ばれる所以である。
国務省勤務の友人の指摘で知ったことだが、米国務省の報告書で2年連続して「強制労働」と指摘されるほど、国際的な批判の対象になっている。いくら日本が「オモテナシ」などと愛想よくしても、この実態が伝わるだけで日本に対する印象は暴落するに違いない。既にネット上には情報が洩れ始めている。「悪事千里を走る」というのは現代にも通じるのだ。
The Worst Internship Ever: Japan’s Labor Pains
もちろん、「タコ部屋」ともいえるほど極端に悪い労働環境に閉じ込めているような悪質な企業や農家は一部に過ぎないと信じたいが、大半の企業・農家での労働実態は「技能習得」という名目とはかけ離れたものだと指摘されている。
つまり、母国に持ち帰る価値のある高度な技能を教えてもらえる機会などなく、延々と単調な作業を繰り返すものだったり、または単なる力仕事だったりするのである。それが体を壊すほど長時間続き、「技能実習」という名目ゆえ不当に安い賃金に抑えられているのだ。
もちろん、雇い主側にも言い分はある。彼らは単に「働き手」が欲しいだけで、自分たちがこんな制度を欲した訳ではないし、その現場には「教える高度技能などほとんど存在しない」というのが多くの本音だろう。それにたとえ何らかの専門技能の蓄積があったとしても、最長でも3年で帰国する外国人に対し熱心に指導する気にはなりにくいだろう。これは本質的に欠陥制度なのだ。
技能実習生の側にはさらに切羽詰まった事情が存在する。多くの実習生は日本語研修などの準備段階で本国の送り出し機関に大金を支払うため、多額の借金を背負っているのだ。その費用たるや(国や送り出し機関によって大きな開きがあるが)日本円にして100〜200万円とされる。現地通貨に直せば、田舎なら家が一軒建つほどではないか。
それほどの大金を支払ってまでも日本で働きたいというのは、過去に日本へ出稼ぎに行って大成功して帰国した人の事例を聞いているからだ。それは為替が円高だった時期で、かつ日本の製造業がまだ元気だった頃には可能だったかも知れないが、今や幸運な例外に過ぎない。
家族と親戚一同からかき集めた金に加えて、多額の借金までして、一家の期待を一身に背負って日本で働き始めた実習生の少なくない割合がやがて、事前に訊かされていた話とは全く違うことに気づくのだ。
母国で使えない「技能」、朝から晩までの長時間労働、借金を返すにはあまりに安い賃金。雇い主に「話が違う」と訴えても、「文句なら本国の送り出し機関に言え」とされる。ブラックな実態を日本の役所に訴えて、もし受け入れ中止となったら自分は帰国させられる。そうしたら残るのは大きな借金だけだ。そう考えると、泣き寝入りするしかない。
そんなのっぴきならない状況に陥った彼ら・彼女らに、日本にいるブローカーが甘い声で近づく。「そこを逃げろ。もっとずっと稼げるところがある」と。こうしたブローカーは、安い外国人労働力を探している他の日本企業や農家に実習生を仲介して稼ぐのだ。当然これは非合法である。雇い入れる企業・農家もまた非合法であることを認識しながらも、逃亡した元実習生ならば安く使えると考えているのだ。皆で実習生を食い物にする構図だ。
それでも最初の引き受け先よりましだと考え、借金を返すためにあえてリスクを冒して逃亡・失踪する実習生が後を絶たないのだ(中には最初から失踪するつもりで入国する実習生もいるだろう)。
当然、逃亡して別のところで働き始めた時点で技能実習ビザの条件を踏み外すことになり、日本の法律を破ってしまうことになる。一旦こうなるとまともなところは雇ってくれないので、この元実習生は「不法就労」の坂を転げ出す。
より稼ぎのよい職場を求めて転々とする過程で、不法就労外国人の一部は同族系の犯罪集団に組み込まれていく可能性も高まる。こうした集団は母国を同じくする点で結束力が高く、自分たちを受け容れなかった日本人に対してより凶悪な存在となりやすい。
つまり将来の日本社会における摩擦増や治安悪化を避けるための苦肉の策である今の技能実習制度は、現在の日本社会における外国人単純労働者の不法就労を促し、外国人犯罪集団への人材供給役を果たしているのだ。何という皮肉だろう。
これほど本来の(建前上の)趣旨と実態とがかけ離れ、かつメリットよりもデメリットのほうが数倍も大きくなっている制度は即刻打ち切るべきである。
「そんなことを言っても、人手不足の現場はどうするんだ」という声が聞こえてきそうである。ここでは、思い切って現実的な政策転換をした韓国の例が参考になる。
実は10年程前までの韓国は日本の外国人技能実習制度と似た制度を運用していたが、同様のジレンマに苦しんでいた。劣悪な労働環境・条件のせいで、既に雇った外国人には逃亡され、新規の外国人労働者は思ったほど集まらなかったのだ。
そこで、従来の民間主体の受け入れ体制から、政府が主体となった『雇用許可制度』へと180度転換したのだ。韓国人を対象に募集して集まらなかった職種のみ、国が外国人労働者を募集する。韓国人に対するのと同じ給与条件で、だ。
政府が責任をもって受け入れる外国人労働者を人材データベースに登録し、企業が希望する条件と合致する人材をその中から紹介するのだ。実際に働くようになってからのトラブルにも政府機関が間に入って対応する。
就労期間も(日本の3年間に対し)最長で9年8か月と、技能・ノウハウを習得するのに十分な長さだ。転職は(日本では認められていないが)韓国では3回まで認められている。
当事者の外国人労働者の視点から見て、日本と韓国のどちらに出稼ぎに行きたいと思うだろうか。送り出す外国政府としてはどうだろうか。答は明白だ。実際、日本への幻想が強い一部地域を除いて、アジアでの日本の「外国人技能実習生」の募集事業は韓国や台湾に完全に競り負けている、と我々は聞いている。
この状況下、日本政府は本制度を小手先で手直ししようとしている(受入れ団体・企業に対する指導強化、雇い入れ期間を最大5年に延長など)が、期待効果はほとんどない。外国人だから安くポイ捨てして構わないというような、根本が腐っている制度をお化粧しても仕方なかろう。
震災復興と東京オリンピックの準備という短期特需に対応すべき建設業界だけは例外扱いせざるを得ないので、韓国のように政府が主体になって責任ある受け入れ体制を築き、あくまで期間限定で凌ぐしかない。その上で、この「技能実習制度」は潔く廃止すべきだ。
それでは人手不足で立ち行かない中小企業や農家が幾つも出る?弱音を吐く前に工夫をしよう。条件さえまともで柔軟(例えば数時間ずつ数人で組み合わせるなど)なら、中高齢者でも女性でも働きたい人は近所にまだまだいるはずだ。
そもそも極悪な条件でしか人を雇えないような中小企業や農家には、大幅な縮小か、いっそのこと廃業してもらって結構ではないか。冷たく聞こえるかも知れないが、日本人の面汚しと外国人犯罪者を増やすよりはずっといいだろう。