金森 努 / 有限会社金森マーケティング事務所

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■遠い明日を見る経営者と、気になる足下のぬかるみ
 8月4日に発表したユニクロの7月の国内既存店売上高が、3年ぶりに2カ月連続のマイナスを記録したことに対し、「ユニクロ一人負け」と東京経済ONLINEが絶妙なタイトルを付け多くの人が注目したが、ファーストリテイリングの柳井社長の目の中にはそんな足下のことより、もっと先が見えているようだ。
 2015年9月2日の日経新聞の朝刊では「ファストリ次へ」という連続もののコラムが始まり、そこには「ライバルはアマゾン」という見出しが躍る。<衣料品専門店として世界4位につけるが、グローバル戦略を支えるには国内は出店余地が狭まる。>とある。やはり、海外戦略重視の方向性だ。
 しかし、記事では<柳井氏は20年に5兆円の目標を掲げるが、実現に欠かせない海外事業も思うように進んでいない>という現状も記されている。
 打開策として、アマゾンの名が出るようにネットを強化することが頭にあるようで、記事には<「街中で見つけたオシャレな服をスマートフォンで撮影。自動で似た服を見つけ出し、本人用にサイズを調整した服を自宅まで直送する」>という新しい通販の構想があるようで、そのための提携先として6月にTI基盤の構築のため、アクセンチュアと提携した。

 一連の記事で残念なのは、既存店、既存顧客に対する施策が全く語られていないことだ。ユニクロはどこへ行くのか?というコラムで紹介したように、昨今のユニクロはファミリー層ばかりになって「若者離れ」が激しい。若者が敬遠する理由は簡単。「高いから」。エアリズムやヒートテックなどに代表される高機能素材を開発し、多くの商品にそれを過剰なまでに取り入れた結果、商品単価がかなり高くなっている。やたらとフリース製にされ、価格も高くなったホームウェア。節電対応しとしても日本の多くの地域はそんなに寒くない。何でもヒートテック化していくのも同様に、高額化と「ヒートテックのタイツは熱くてオフィスではけない」というような声も。そこに顧客ニーズはあるのか。さらにこの秋には約10%の値上げを予定しているというが、それは顧客が払っても良いと感じる価格(Customer Value)を越えてはいないか。柳井社長は消費者は自社の価格を理解してくれると豪語している。世界戦略もネット戦略も重要だが、国内の店に来ている客層の変化と、離反していった顧客の声は届いているのか。

■期待できる地道な改善と身内票の不安
 2015年9月2日の日経MJの「戦略ネットBiz」のコーナーには、「マクドナルド、アプリで改善」「信頼回復へ顧客の声を聞く」という記事が掲載された。<日本マクドナルドが4月からスマートフォンのアプリを活用して顧客の声を集め始めた>ということだ。<吸い上げた声をリアルタイムで現場に配信し、各店長やアルバイトが改善に取り組む>という。具体的には<マクドナルドが導入したアプリ「KODO(コド)」は来店客がスマホからその店の商品提供のスピード、接客対応、店内清掃などを5段階で評価する。自由に記述して具体的な改善要望も送信できる。アンケートに答える際には個人名を入れなくてもよく、割引クーポンがもらえるようにし、顧客が協力しやすいように配慮した>とのことだ。記事では、クレームにつながりやすいトイレやごみばこ周辺の清掃に気を配るあまり見すごしがしちしだったテーブル周りの清掃状況に対する問題が浮かび上がってきたり、来店客からの要望で「荷物カゴ」が設置されたり、やはり「接客時に笑顔がない」などの意見が寄せられたという。それに対してマニュアルを見直したり、レジでの「ご来店ありがとうございます」のひと言を加えたり、荷物カゴを早速設置するなどの改善を行っているという。

 顧客の要望に真摯に一つずつ応えるということは非常に大事だ。これがもっと早く行われていればという気もするが、現在の店内を思い描いて見ると、必ずしもこれだけでは復活は難しいように思う。かつての主力顧客であったファミリー層の姿はすっかり消え、低価格な飲料などで時間を潰す人や、パソコンを広げるサラリーマンの姿が多く見受けられる。この辺りの客層は客単価が低く、回転率も悪い、現在マクドナルドが低迷している一因を担っている顧客層といえるが、今、店内はそんな客で満ちあふれている。記事でも<そもそもマクドナルドに行かなくなった顧客はアンケートに答えない可能性がある>と指摘している通り、寄せられる回答は現在、「(利益に貢献しているか否かは別として)それでもマクドナルドを離れていっていない人達」という、いわば「身内票」に近い。それでは、離反していった、収益性も高い本来のターゲット層である多くのファミリー客からの意見を収拾することはできない。また、記事では<寄せられる声の中には手厳しい意見が多い>とあるが、その意見をいうことを諦めてしまった人はそもそもアプリを使ってまで意思表明をしないだろう。回答するのは「割引クーポン」という謝礼が多少なりともモチベーションになっているのは間違いない。だとすると、もっと数多くの「物言わぬ顧客(Silent Majority)が存在するはずだ。さらに、もっと積極的に、離反客にリーチする方法を考え、その声までを拾って改善を行い、その離反客が安心して帰ってこられる環境が整うまでは、本格的な復活は難しいのではないか。

 タイム誌が選んだ「20世紀の3代広告人」の1人である、レスター・ワンダーマンは、「成功するすべての会社が知っている20のルール」のなかで、「会社は聞くべきだ」ということを挙げている。彼は「あなたから話し続けるのではなく、語るのと同じくらい聞くべきである。そこに対話の鍵がある」と言う。ユニクロはもっと顧客の、離反客の声を聞くこと。マクドナルドは、同じく顧客と離反客の声を聞くことだが、それをもっと深く、さらに効く範囲を広げることが復活に向けた大きな課題であるといえるだろう。

【追記】
 今日、2015年9月3日の日経新聞の記事でユニクロの2015年8月期の国内既存店売上高が前の期比6.2%増と発表があった旨記載があった。8月単月でも3ヶ月ぶりに前年同月を上回ったという。しかし、これで復活とは思えない。
 見過ごせない数字が載っていた。<14年秋冬物から本体価格を平均で5%程度引き上げたこともあり、既存店の客単価は前の期を9.4%上回った。一方で客数は2.9%減った>とある。客単価が上がり、客離れが進む。これは、多くのアパレルブランドで客離れによる売上減を補おうとしてさらに客離れが進み、一部のロイヤル客だけがブランドを支える構図になりブランド衰退の道を進むパターンに似ている。間違いなく、高価格化にNO!と言っている顧客は増えているのだ。

 もう一つ、前のコラム、ユニクロはどこへ行くのか?で「ユニクロ(ファーストリテイリング、もっと言えば柳井社長)は、もはや国内市場を見ていないのでは?」という指摘もあると述べたが、やはり海外市場だけに頼るわけにいかないようだ。日経新聞に昨日から連載されているコラム「ファストリ次へ(中)」では、<海外の店舗は年内にも約840店の国内を逆転する。(中略)だが、2014年8月期の海外売上高は約4000億円と国内の半分に留まる>という。コラムではテコ入れ人事の話なども掲載されているが、当分は国内市場を軽視するわけにはいかないのは間違いない。