20日、都内中央区の東証で引責辞任の会見に臨む鶴島琢夫社長。(撮影:吉川忠行)

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東京証券取引所の鶴島琢夫社長は20日、東京都中央区の東証内で会見を開き、度重なるシステム障害への責任を取り、同日付で辞任すると正式に発表した。東芝社長、会長を歴任した西室泰三会長が社長を兼任。西室会長は「東証が変わる道筋をつけるまで」と、約6カ月の「短期決戦」で次期社長にバトンを渡す考えを明らかにした。代表権を持つ吉野貞雄専務とシステム担当の天野富夫常務も同日付で辞任し、飛山康雄常務が専務に昇格する。

 東証では、11月1日に午前中の売買を全面停止する大規模なシステム障害が発生した。12月8日に起きたみずほ証券によるジェイコム株の大量発注ミスの際には、いったんは東証のシステム障害の可能性を否定したが、その後の調査で、東証側のシステム不具合が原因でみずほ証券側の取り消し注文が受けられなかったことが分かった。これを受けて、東証は、トップの引責辞任のほか、留任する役員6人に対して、11月の障害の際に受けた報酬カット処分に加えて、月額報酬の10%分を3カ月間上乗せしてカットする追加処分を下した。西室会長、奥田碩トヨタ自動車会長ら社外取締役6人と監査役4人も、月額報酬の10%を3カ月間自主的に返上する。

 鶴島社長は「システム障害が続発して市場関係者に大変な迷惑をかけた」と陳謝。「処理をするのはシステムだが、それを運営するのは人間。そういう認識に甘さがあったということは率直に感じる」と東証のシステム管理の不備を認めた。その上で「異常な状況を前提とした市場管理に反省材料が残った」と課題を挙げ、「残る職員は重い課題を背負うことになるが、今回の経験から足元を見つめなおして、しっかり取り組んでくれるものと確信している」と述べた。

 東証トップの座は、2001年の株式会社化後の初代社長に就いた土田正顕前社長までの6代37年間、旧大蔵省OBの次官級経験者の指定席だった。04年1月に土田氏が急逝すると、元東証副理事長だった鶴島氏が同年4月、生え抜きとして初めて社長に就任した。その際も「天下り人事」批判を避けるため、民間から人選したが適任者が見つからず、鶴島氏を引っ張り出したため、「西室後」のトップ人事は難航するのではとの見方が強い。後任について、鶴島社長は「東証出身の方が職員の励みになる」との考えを示したが、「突発的なタイミングなので、私が望ましいと考えていることを実現するには難しいと思う」と話した。【了】

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