メッシのドリブルの凄さとは何か? それはリアクションのドリブルができる事。相手を先に動かしてからその逆をとる。相手がボールを奪おうと前に出た瞬間に少しだけかわして前に出る。相手が右へ重心を傾けたら左へ。相手が左へ重心を傾けたら右へ。卓越したドリブラーというのは基本的にリアクションのドリブルをする。更には、卓越したドリブラーというのは、運ぶドリブルと抜き去るドリブルを使い分ける事ができる。もっと言えば、ドリブルというのは緩急の切り替えの鋭さがほとんど。コース取りも大切だが、それだけでは密集地帯をドリブルできないし、場合によっては危険ではないゾーンへとどんどん誘導されてしまう事にもなる。つまり、何が言いたいのかと言えば、試合運びというのもそれと同じ、という事。

巧みな試合運びは能動的なプレーだけをやっていたのではできない。受動的なプレーで相手の逆をとらないと巧みな試合運びはできない。相手が攻撃的ならばこちらは守備的に。相手が中盤での守備を重視しているならそこを飛ばせば良い。相手が守備的ならば前に誘い出す。それでも引きこもっているいる場合は、引き分けでも良いならリスクを負ってまで攻撃的になる必要は無いし、勝たなければならないならリスクを負ってでも攻撃的になるしかない。相手が左に人数を多くして攻めているならこちらは右から少ない人数で攻める。相手が右に人数を多くして攻めているならこちらは左から少ない人数で攻める。そういう相手や状況に合わせた戦い方の使い分けができるチームが本当に強いチーム。そして、90分間のある時間帯には、1つの大会のある試合には、省エネで戦うべき時間帯や試合があり、フルパワーで戦うべき時間帯や試合があり、守備的に戦うべき時間帯や試合があり、攻撃的に戦うべき時間帯や試合がある。

自分たちのサッカーを確立させて揺るがないベースを作る事も大切だが、それだけだと相手に対策を練られやすくなってしまうし、場合によってはガラパゴス化して世界の進化から取り残されてしまう事にもなりかねない。選手交代をして「4−2−3−1」から「3−4−3」にするような、とても高度なシステムをオプションとするような、そういう柔軟性や応用力までをナショナルチームに求める必要は無いと思うが、しかし、岡崎のような選手をCFとした形、ハーフナーのような選手をCFとした形、香川のような選手をトップ下とした形、長友のような選手をSHとした形、その程度の変化を機能させられるぐらいの柔軟性や応用力はナショナルチームにではあっても求める必要があると思う。そして、守備的、攻撃的、という事についても、やはりどちらもできるようにならないと、そのチームは真に強いチームにはなれない。従って、二元論は意味をなさないので、日本だけを観てどちらにするべきか議論しても意味は無いので、そろそろそういう不毛な議論からは脱却してもらいたいと強く思う。