昨日、映画「マネーボール」を見てきた。米メジャーリーグに、データを重視するセイバーメトリクスの概念をもたらした2002年のオークランド・アスレチックスを描いたノンフィクションで、監督は2005年の「カポーティ」でアカデミー監督賞にノミネートされたベネット・ミラー。主役のビリー・ビーンGM(General Manager)は、「セブン」「12モンキーズ」「オーシャンズシリーズ」のブラッド・ピット、データオタクのGM補佐であるジョナ・ヒルは、コメディ映画などで活躍するピーター・ブランドが演じた。

 マイケル・ルイスによる同名の原作は、常識や古い概念にとらわれないビーンGMのやり方から、ともすればビジネス書の色も濃いが、映画はヒューマン・ドラマに仕上がっている。
 低迷するチームに苛立ち、椅子やバットを投げ暴れるビーンGMの姿は原作の通りだが、ビーンGMが自分を相手に、ヒルGM補佐に選手をクビにする練習をさせる様子は、まるで自分がクビにされることをシミュレーションしているようで、原作では触れられていないビーンGMの苦悩が描かれている。

 閉そく感に満ちた現状を打破するには、ときに既成概念を覆す、新たな試みが求められる。「マネーボール」ではビーンGMは、経験伝統で凝り固まったチームのスカウティングに、データ重視のセイバーメトリクスという概念をもたらした。

 だが、先の見えない改革よりも、多少不便でも現在の安泰を求めるのが人間の常。当時のアスレチックスや球界でも、ビーンGMの改革に懐疑的な声が挙がった。
 改革者は、既得権益にしがみつく過去の伝統とも戦わなくてはならない。ビーンGMは反発の声と戦いながら、現在のセイバーメトリクス旋風の礎を作った。

 わが国のプロ野球界でも、球団関係者は過去の伝統と戦っている。その一つが、親会社との戦いだ。

 わが国のプロ野球は、親会社の広告宣伝部門として誕生した。このため、球団は親会社の意向には絶対に逆らえない。親会社の事業戦略、経営事情に大きく左右されることもある。

 さらに悪いことに、親会社は球団の戦略にも口出しすることがある。「金は出すが、口は出さない」のが最良のオーナーと言われているが、実際は「金を出している以上、口出しするのが当然の権利」とばかりに、球団の戦略に関与したがる。
 これまでにも、監督やコーチといったチームスタッフの人事から、選手の編成、監督の采配にまで、親会社が口出しした事例には枚挙に暇がない。
 監督や球団職員は、そんな親会社を苦々しく思いながらも、ときには従わざるを得ない。プロ野球の歴史は、球団と親会社との戦いの歴史でもある。

 そんな親会社との関係に反意を示しているのが、読売ジャイアンツ清武英利球団代表兼GMだ。

 ジャイアンツと言えば、「金も出すが、それ以上に口も出す」の渡辺恒雄球団会長で有名だが、清武代表兼GMはその渡辺会長を批判。11日、渡辺会長が、すでに球団が決定したコーチ人事を承認したにもかかわらず、オーナーや、GMである自分の頭越しにそれを覆したことに対し、重大なコンプライアンス違反であると抗議した。
 ジャイアンツではもちろんのこと、これまでの球界では絶対に見られなかった、ある種のクーデターだ。

 2004年8月、取締役球団代表(局次長相当)兼編成本部長に就任した清武氏はこれまでにも、育成選手制度の創設、コーチの刷新などで成果をあげてきたが、彼が奏功した背景には、渡辺氏が組織上、第一線から退いたことが大きい。

 渡辺氏は、2004年に発覚したアマチュア選手への金銭供与で、当時のオーナー職を辞任。新たに創設した会長職に就いた。
 会長職に就いた渡辺氏は、一時期に比べ、球団や球界への口出しを控えるようになった。その証拠に、ジャイアンツは2005年セリーグ5位、2006年には4位に沈んだが、清武氏はその職を解かれることは無かった。渡辺氏がオーナーだったら、間違いなく、当時の堀内恒夫監督と運命をともにすることになっただろう。
 この間、清武氏は着々を足場を固めた。育成制度では、山口哲也隠善智也松本哲也ウィルフィン・オビスポの台頭で成果を挙げると、自身は今年6月、球団初のGMを兼任した。

 GMとは、チームの編成方針の決定について責任と権限を持つ役職で、監督ですらGMの決めた方針を忠実に実行する中間管理職に過ぎない。

 こうして着々と足場を固めてきた清武代表兼GMだったが、ここに来て渡辺会長の現場介入がまた始まった。特に今回のコーチ人事への介入は、GMの存在意義を根底から覆しかねない。ともすれば、親会社の意向に与するしかなかった過去に時計の針を戻しかねない

 だからこそ、清武代表兼GMは会見で、涙ながらに渡辺会長を告発した。会見が日本シリーズの前日に行われたこと球団事務所ではなく文部科学省内で行われたことには非難の声もあがったが、今後の球界のことを考えれば、清武代表兼GMを大いに評価したい

 親会社の現場介入を苦々しく思いながらも、それに従わざるを得なかった、もしくは親会社に何の疑問を抱くことすらなかったこれまでの球団では、絶対に出来なかった勇気ある行動だ。

 会見で見せた清武代表兼GMの涙が、映画「マネーボール」でのビーンGMの苦悩と重なった。