今季、藤浪晋太郎(阪神)のここまでの成績は、4試合に先発して3勝1敗。防御率の1.78は規定投球回数にわずかに足りてないものの、リーグトップの優秀さだ。

※成績はすべて5月11日現在のもの

 しかし、これらの数字とここまでの投球の印象には、少なからずの開きを感じる。前回登板となった5月4日のヤクルト戦は、今年の藤浪を顕著に表していた。


5月4日のヤクルト戦では7回1/3を1失点に抑えたが、7四球と制球に課題を残した 初回、先頭打者・坂口智隆への初球、146キロのストレートがインコース寄りに決まったときには「今日は大丈夫か」と思わせた。しかし、2球目ボールのあと、3球目は148キロのストレートが大きく外に抜ける。4球目の146キロのストレートがさらに大きく外れると、「今日も……」という空気になった。

 そこからスライダー系のボールを4球続けてファーストゴロに打ち取ったが、ストレートをコントロールしきれず、変化球でなんとか勝負するというのが、今の藤浪の投球だ。

 この日、全125球中、ストレートは74球。そのうちストライクは半数の37球だった(ファウル、スイングを含む)。カウントを確実に取りたい場面は、スライダーとカットボールの選択が目立った。8回途中まで投げ、被安打4、奪三振4、失点1。その一方で、7つの四球を許すなど、この日も制球に苦しんでいる。

 とにかく今季の藤浪は、ストレートのばらつきが目立つ。バランスを重視したフォームは、一目で脱力の意識が伝わってくる。それでも、リリースでのわずかな力加減やタイミングのズレ、さらには心の揺れもあるのか。ボールは右打者の懐付近に抜けるか、引っ掛かって左打者の足もとへ大きく外れるか。特に気になるのが、右打者に対しての抜け球だ。

 昨年まで阪神で投手コーチを務めた山口高志氏にWBC直前、藤浪について話を聞いた。藤浪の好不調の見極め方を聞いた際、山口氏は次のように語っていた。

「たとえば、左バッターのアウトコースのストレートが指にかかって決まる。あるいは、浮き上がるぐらいのときはいい。それが打者から逃げるように、僕らは”吹き抜ける”という表現を使うんですが、その球筋だと今日は難しいなと……。高低がぶれるだけなら、スピードがある分、バッターも手が出やすい。それが打者から逃げていく球は手を出さないですから。そうなると苦しくなる」

 今年はこの”吹き抜ける球”が右打者に対しても出るため、よりばらつきが激しい。今季初登板でヤクルトの畠山和洋に死球をぶつけ、乱闘の原因となったのもこの球だった。

 ただ、藤浪にとって悩みの種でもあるこのボールは、打者にとっても厄介な球になっている。150キロ前後でこれだけボールが荒れれば、打者も恐怖心が芽生え、容易には踏み込めない。結果として、藤浪を助けているのは確かだ。

 バレンティンなどはフェイスガードをつけ打席に立ったが、投球に対してまったく踏み込めず、腰が入らないスイングを続けた。

 素朴な疑問として、プロ5年目に「どうして?」と思う人もいるだろう。そこに藤浪ならではの難しさがあると想像する。

 先日、藤浪の母校である大阪桐蔭の西谷浩一監督と話していたときだ。甲子園で春夏連覇を達成した当時の藤浪について、西谷監督はこう述べた。

「とにかく練習でもよく投げていました。投げて、投げて、調子を上げていくタイプ。俗に言う”投げたがり”です」

 それも、ただプルペンで投げ込むのではない。

「バッターを相手に投げるのが好きな”投げたがり”です(笑)」(西谷監督)

 高校時代はピッチングの感覚がしっくりこないと、大会中であっても、試合前日にシートバッティングで投げることがあった。とにかく、打者に投げることで感覚を掴んでいくタイプだった。

 逆に言えば、そこまでしないと感覚が定着しなかった。そう考えたとき、あらためて藤浪のサイズに目がいく。

 身長197センチで、両手を広げたときの腕の長さは208センチ(高校当時)。手のひらのサイズはボール4つを悠々持てる20.2センチ。すべてが規格外の長さである。

 西谷監督は藤浪の身長を体感するため、ブロックを積み、約2メートルの高さに立ったところ、「これはバント処理するのも大変」と実感したという。何気ない動きも、普通の人とはまったく違う感覚なのだ。長身、長い腕、大きな手を武器にするため、藤浪はひたすら投げることでその感覚を養っていった。

 入団後も、プロの調整法に従いながら、キャンプからしっかり投げ込み、体をつくり、感覚を整えシーズンを迎えてきた。

 しかし、今年はその作業を行なう時間が決定的に少なかった。WBCからプロ野球開幕までの約3週間あまり、試合で投げたのはたった1試合。ただでさえ調整が厳しいなか、”投げたがり”の藤浪がどれほど苦労してきたかは想像に難くない。

 そしてもうひとつ、今年の藤浪を語る上で外せないのが体の変化だ。球団発表では、体重は昨年と同じ89キロとなっているが、そもそも昨シーズン中も90キロ超えをキープしていたと聞く。

 オフはダルビッシュ有とのトレーニングも話題になったが、徹底した筋トレ、食事管理で体重増に取り組み、昨年12月末の時点で97キロと告白していた。現在の体重は不明だが、体の厚みは間違いなく昨年よりも増している。

 体のパワーが増せば、上半身と下半身の回転運動の速度も、さらに腕の振りの速度も上がりやすくなる。そうなると遠心力が大きくなり、リリース時に腕が体から離れやすくなることも考えられる。

 そもそも藤浪は、高校時代からフォームについて語るとき、「腕が軸に巻きつくように」というフレーズを口癖のように言っていた。少しでも気を許せば、長い右腕が体から離れ、ボールの質にも制球力にも影響が出ることを誰よりも感じていたからだ。

 昨年9月の試合で自己最速の160キロを記録し、先のヤクルト戦でも見るからに力感のないフォームから150キロ台のボールを常時投げていた。出力をアップし、さらなるスケールアップを目指した結果、ばらつきが生まれてしまったのだろう。

 阪神、オリックスでコーチを務め、スカウト経験も豊富な山口高志氏と以前、プロ野球界で言われている”2年目のジンクス”について話したことがあった。そのときの山口氏の言葉を思い出す。

「1年目に成績がよかった新人が、2年目に成績を落とすのはなぜか。特に、投手に感じていたのが、『2年目は何かを変えないといけない』『昨年と同じじゃいけない』と思い込み、体を変えたがる選手が多いこと。それによってバランスが崩れ、自ら調子を落としていくケースが多い。体を変えると、思わぬところに影響が出ることがあるんです」

 山口氏の阪急時代の先輩でもある山田久志氏からも、同様の話を聞いたことがある。

「最近の投手は器具を使ったトレーニングを積極的にやるし、プロに入ると2、3年で体が見違えるほど大きくなる。プラスの効果はもちろんあるだろうけど、僕らの感覚からしたら怖い。よくあれだけ思い切って体を変えられるな……と。体が変われば、当然投げる感覚も変わるわけだから」

 往年の大投手・300勝左腕の鈴木啓示氏は、現役時代にグラブのなかに鉛の小さな板を入れることでフォームのバランスを微調整していたというエピソードを持つ。それだけピッチングは繊細な作業だということだ。これは時代を超えても変わることはない。

 ただ、藤浪も新たなる挑戦によって生まれた肉体と感覚のズレは、当然理解しているはずだ。だからこそ、これからどう”次”へつなげていくのか。試合での登板を重ねるなかで感覚をつかみ、どこまで自分のものにしていくのか。藤浪の登板から目が離せない。

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