「世界最高額の10代」アントニ・マルシャルとは何者か

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今夏の移籍マーケット最終日、世界の大きな話題を攫った一人の選手がいた。5000万ユーロ(およそ67.9億円)、ボーナスが最大3000万ユーロ(およそ40.7億円)という巨額でわずか19歳のFWが取り引きされたからだ。

その選手はもちろんアントニ・マルシャル。フランス・リーグアンのモナコからマンチェスター・ユナイテッドへ移籍したアタッカーである。

一部では『NEXTアンリ』と評価されるものの、まだプロデビューからは2年半ほどで、世界的に知られたタレントでもない。突然世界のスターとなった彼はどんな人物なのだろうか? よく語られてきたことも多いので今更感はあるが、少しまとめてみよう。

有名な話の1つではあるが、彼にはプロサッカー選手の兄ジョアン・マルシャルがいる。地元マシからほど近い街のル・ジュリスで育成された後、パリ・サンジェルマンの下部組織にも所属した元フランスU-20代表DFだ。

ジョアンは技術的にはあまり高くはなく、安定感に欠ける反面、圧倒的なスピードとフィジカルを備えたセンターバックであった。ちなみに放送で兄弟の名前を豪快に間違えられたことがある。

そして、その4歳年下の弟として生を受けたアントニ・マルシャルは、豊かなフィジカル的能力を受け継ぎつつ、技術面をプラスしたアタッカーとして成長した。

兄がパリ・サンジェルマンに引き抜かれた後も、アントニはル・ジュリスに残って育成され、14歳の時にリヨンのスカウトを受けて入団することになる。

リヨンの下部組織では、現在トップチームで活躍しているナビル・フェキールやコランタン・トリッソなどとともにプレーするとともに、フランスのユース代表で活躍を見せる。

2013年には2年の飛び級でUEFA U-19選手権のメンバーに招集され、同じリヨン所属(当時)のヤシヌ・ベンジアとコンビを組み、ノーゴールながらもレギュラーとしてプレーするなど高い評価を受けていた。

この大会が行われた2013年夏、彼にとっては1つの大きな出来事が起こる。まだリヨンではわずか数試合しか出場していなかったタイミングでありながら、ASモナコが彼を400〜500万ユーロ(現在のレートでおよそ5.4〜6.8億円)という額で引き抜いたのである。

当時モナコはロシアの大富豪ドミトリー・リボロフレフ氏がオーナーに就任し、大きな補強を行っていた時期である。

FCポルトからはハメス・ロドリゲスとジョアン・モウティーニョがやってきて、アトレティコ・マドリーからはラダメル・ファルカオが加わった。

そんな派手な動きを行う中で、このマルシャルの取り引きについては決して注目されてはいなかった。

リヨン側は当時経営状況に苦しんでおり、移籍を拒否したバフェタンビ・ゴミスを一時干していたくらいで、当時の監督レミ・ガルデ氏もマルシャルは資金難で売却せざるを得なかったと告白している。そういう状況の中での取り引きだった。

しかし、この取り引きはマルシャルにとって結果的に大きかった。もしかしたら、リヨンに残っていたらナビル・フェキールとアレクサンドル・ラカゼットのブレイクに押され、まだサブに留まっていた可能性はあるし、チャンピオンズリーグでも活躍は出来なかったかもしれない。

だが、モナコはこの後リボロフレフ会長の投資が絞られてしまったこともあり、ハメス・ロドリゲス、ラダメル・ファルカオらは売却され、2014-15シーズンの前線は大きく入れ替わった。

万能型ヴァレール・ジェルマンは今一つ信頼を得られず、コートジボワールの巨漢FWラシナ・トラオレは怪我に苦しみ、ディミータル・ベルバトフは年齢的な問題もあって常に使える存在ではなくなっていた。

そして、そこでチャンスを生かしたのがアントニ・マルシャルである。彼は昨季の前半戦の段階でもスタメンという立場ではなく、わずか1ゴールしかあげていない。

しかし後半戦で怪我を抱えたベルバトフのポジションを奪うと、28節から怒濤のゴールラッシュを見せ、一気にモナコのエースに成長。昨季のニュースターとしてフランス代表入りも待望される存在になった。

『NEXTアンリ』と呼ばれていることでも知られている通り、彼についてよく言われるのは豊かなスピードである。

181cmの体格を持ちながらも切れ味、トップスピードを兼ね備え、さらにボール扱いにも高い能力を示す。対面した相手を抜き去っていくプレーを得意としている選手である。

リヨン時代は数試合しか出ていないものの、主にウイングとして起用されており、U-19代表でもそうであった。しかし2013-14シーズンにモナコが4-3-1-2を使用していたこともあって、2トップの一角として起用された(11試合しか出ていないが)。

そして2014-15シーズンの点取り屋としてのブレイクに至るわけであるが、リヨン育ちで、ウイング出身で、4-3-1-2をきっかけにトップに定着……となんともアレクサンドル・ラカゼットに似た巡り合わせである。

ということもあって、ワントップに配置されていたとしても、彼は典型的なセンターフォワードではない。サイドに開いてボールを受けて仕掛ける場面も多く、ターゲットマンとしての働きを期待するべきではないと言えよう。

しかし、ゴールの方向を向いてボールを持てば彼の能力は存分に発揮される。対面する相手を容易に抜き去ることも出来、守備がそれを嫌って間合いを空ければ決定的なパスを送ることも出来る。

まだ十分に決定力が安定しているとは言いがたいところもなくはないが、シュートに持ち込むテクニックも十分だ。狭いところからでも威力あるボールを蹴り、余裕があればトリックショットの選択肢も生まれる。ループが多いのも1つの特徴だ。

マンチェスター・ユナイテッドが不足していると言われているのは、現在ルーニーが使われているワントップの位置であるが、マルシャルは決してイングランドにおけるワントップの典型例に合致するタイプではない。ましてや彼にサイドからクロスを合わせても点を取れるわけではない。それはハイライトを見れば一目瞭然のことで、特別声を上げて言うことでもないだろう。

イングランド・プレミアリーグで彼がこの年にブレイクできるかどうかは、彼がサイドに開いたときに中に入ってくる人材、そして彼が前を向けるようにパスを出してくれる存在が重要になってくるはずだ。歴史的な投資が失敗に終わらぬよう願いたいところだ。