語られざる中学受験の実態に迫ったノンフィクション。学校関係者、塾関係者のみならず、実際に受験を経験した親やドロップアウトしたり、いじめの被害にあった親にまで取材をした踏み込んだ一冊。

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きたる2月1日は中学受験の集中日。東京では4人に1人以上が私立や国立中学に進学するというが、受験戦争は熾烈で小学校3年生から塾通いを始めないと志望校合格もままならないという。

何かと先行き不透明な世の中、せめて子どもにはいい教育を受けさせたいもの。塾代やその後の学費を考えると、高校受験でレベルの高い公立にいけば十分ではないかという気もしてくるし、私立中高一貫校に関する書籍を読むと、やはり大学受験やいじめの問題を考えて、経済的に無理をしても中学受験をさせるべきではないか、と逡巡してしまう。それもひとえに、私立中高一貫校に対しての期待が高いゆえだ。

しかし、『中学受験』(岩波新書)の著者であるジャーナリストの横田増生さんは「私立中高一貫校は決して『夢の楽園』ではありません」と警鐘を鳴らす。

「私学にもいじめを始め色々な問題がありますし、成功者の影にはついていけなくなりドロップアウトする子たちもいます」

中学受験が一般的ではなかった地方出身の横田さんは、東京に出てきてから中学受験を礼賛する情報に多く接し、自分の子どもにも私立中高一貫校の教育を受けさせたいと思うようになった。そこで、息子を小学校3年生から進学塾に通わせると同時に、私立中学受験について調べ始めたが、多くの本の情報がどれも判で押されたように礼賛するものばかりで、違和感を覚えたというのだ。

「『中学受験』というタイトルの入った本をランダムに選んだら、10冊のうち9冊までは私立中高一貫校を夢の楽園のように描いています。受験体制がしっかりしているので塾に通わなくていいとか、いじめが起きても対処が早いので安心だとか決まり文句が書かれているのですが、取材してみると必ずしもそうとは言えないのです」

『アマゾン・ドット・コムの光と影』や『ユニクロ帝国の光と影』などを著書に持ち、企業の華やかな側面の影の部分を丹念に取材することで知られる横田さんの著書『中学受験』では、私立中学・進学塾・教育受験ジャーナリズムという中学受験のインナーサークルのこと、私立中学受験から卒業までにかかる費用のこと、全体の1割に達すると言われているドロップアウト問題、いじめ問題など、これまであまり詳しく書かれることのなかった、中学受験の“影"の部分にスポットが当てられている。

しかし、横田さんは決して中学受験自体に反対というわけではないという。

「中学受験は東京では50年以上に渡りひとつのシステムとして機能していますし、 優秀な人材を輩出してきたのも事実です。ただそうした成功事例はいやというほど書かれてきているので、何も僕が書かんでもええやろと思い、業界との付き合いの長いジャーナリストがなかなか書きにくい負の部分を中心に取材しました」

そしてかつての横田さんのように、中学受験に詳しくない人が、中学受験のプラスの面だけではなく、マイナスの面も見て総合的に判断できるようになる手助けとなりたいという思いが、同書には込められている。

「親御さんが東京の私学出身者なら『大学受験のために塾に通う必要がない』とか『いじめはない』とか本に書かれていても、自分の経験から『そんなアホな』と一笑に付すことができますが、僕のような地方出身者だと、繰り返しそういう情報に接するうちに、振り回されてしまうのです」

振り回されるという言葉には、経済的に無理を強いられることも含まれる。受験準備から私立中学進学・高校卒業まで700万円以上かかるという。世帯年収が800万円以上ないと余裕を持って進学させることができない現実を、横田さんは機会均等の観点から問題視している。

しかし、同時に補助金をもらわない私学の授業料が高くなってしまうことは仕方のないことだとも認めている。となると、補助金の入る公教育への期待は自然と高まらざるを得ないが、本書ではかつて日本の高等教育を牽引してきた都立高校が、悪評高き学校群制度によっていかに凋落をしたかから始まり、近年急速に人気と実績を伸ばしている公立中高一貫校の現状、ならびに課題についてもしっかり書かれている。

教育パパママと言われようとも、 安易に妥協したくないのは当然だ。子どもの将来と同時に、この国の将来にまで関わってくる重要な問題なのだから。だからこそ、中学受験をするにせよしないにせよ、よく調べて親子の双方が納得できる形で臨みたいものだ。
(鶴賀太郎)