表紙では自画像(?)と代表作『クレムリン』の人気キャラ・関羽がコラボ。カレー沢薫のエッセイ集『負ける技術』(講談社刊、1365円・税込)。

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世の中にはありとあらゆるハウツー本が溢れている。モテテク、就職必勝テク、お片付けテクetc……。読むだけで自分がステップアップしたような気分になれる、そんなハウツー本とはある意味真逆の視点から書かれたエッセイ集が刊行された。その名も『負ける技術』(1月15日発売、講談社刊、1365円・税込)。

イケメンかつスーパーニートの却津山春雄(通称キャッツ)と3匹のロシアンブルーの猫・関羽たちの自由すぎる日常を描いた『クレムリン』、コンビニを舞台に繰り広げられる仁義なき(?)三国志『バイトのコーメイくん』(『月刊モーニングtwo』で連載中)など様々な作品を発表してきたマンガ家・カレー沢薫(かれーざわ・かおる)さん。彼女がモーニング公式サイトなどに連載してきたエッセイが、このたび単行本化された。

エッセイ集の中には、新卒で就職してわずか8か月で離職、ハローワーク通い、派遣切りで再び無職に。のちにOL兼マンガ家になったものの、無念の連載終了通告や担当編集者との血で血を洗う(?)バトル……と、文字にするとお世辞にも楽しそうには聞こえない、カレー沢さん自身の経験を中心にしたザンネンなエピソードが並んでいる。

キャリアに関する話題だけではなく、いわゆる“コミュ障”をこじらせつつ、結婚してマイホームを得ても“リア充”にはなれない自分に独りごちていたり。どんな人間であっても、日頃関わる様々なコミュニティの中でふっと違和感や疎外感のようなものを感じることがある。その精神的な袋小路を、どんなスタンスで乗り切るのか? 後半にかけてどんどんネガティブな表現が堂に入っていくのだが、なぜか切なかったり悲しい話というよりも、一貫して表現がギャグっぽいのだ。そしてたいがい、カレー沢さんが困った話になればなるほど面白い。

その不思議のカラクリは、「不幸に向かっている人間は面白い。もちろん向かいたくて向かっているのではなく、押し流されちゃってる様がそれだけで面白い。やることなすことエンターテイメントであり、美しいとも言える」という記述に表れている気がする。

話がそれたが“負ける技術”とは、ハウツー本などに繰り返し書かれてきた負け組ポジションの人が知恵と工夫で成り上がる方向とは真逆で、あえて「俺は負け組なんだ」と自分を納得させて日常の理不尽なあれこれをやり過ごす処世術のことだそうだ。多くを望まず、期待しなければ、ガッカリしたり落ち込むこともない。らしいのだが、果てしなくネガティブなエピソードとその見解を読んでいるうちに、なんだか自分の細かい悩みや心配事がどうでもよくなって、しまいにはちょっと楽しくなってしまう。そんな不思議な魅力を持つ一冊を完成させたカレー沢さんに、質問させてもらった。

――連載期間中に読者のコメントを読まれることもあったかと思いますが、『負ける技術』の読者層をどんな風にイメージされていましたか?
自称含め『非リア充層』が多いのではと思ってました。

――単行本のエッセイの中で、特にお気に入りを挙げるとしたらどの回でしょうか?
一度連載が終了した『クレムリン』が起死回生できた、『クレムリン』会社編にふれた回です。

――エッセイではカレー沢先生の身の回りで起こった様々なことをテーマにされていましたが、連載期間中の一番の大事件はどんなことでしたか?
マイホームを建てたのは大きなできごとでしたが、大きなことなのにネタになることが全然なかったのも自分らしいと思いました。

――最近、ご自身で“負ける技術”を発揮していると感じたエピソードがありましたら教えてください。
友達が少ないことをずっと嘆いていましたが、最近は『友達多い人って面倒くさそうだな』と思うようになりました、孤独というのは、面倒ごとにさえも巻き込まれないということだな、と。

――『エキサイトBit』の読者へ、何か一言メッセージをお願いします。
負ける技術はひたすら意識の低い話ばかりが書かれていますが『こういう人間もいるんだ』という参考書のような感じで見ていただければと思います。

このシンプルな返答の中にも“この著者にしてこの著作あり”といったネガティブすぎるエッセンスが感じられて思わず顔がゆるんでしまったのだが、カレー沢さんの素顔は、やっぱりよくわからない……。というわけで、二人三脚でこの連載を作り上げてきた初代担当編集者の藤沢学さんと、連載終了決定から復活に持ち込んだ二代目担当の関根永渚至さんにもお話を聞いてみた。

――自画像では毛玉のように描かれていますが、実際のカレー沢先生の印象は?
初めて会った時、想像してたよりはるかにチャーミングな女性だなと思いました。会社勤めを続けているためか、受け答えも拍子抜けするほどちゃんとしていて、実はすごくまっとうな人なのかなとも。

――初期にはボツになったエピソードもあったと書かれていましたが、連載のテーマをどういう風に考えられていたのでしょうか。
漫画家一般に職業経験に乏しい人が多いし、失業、派遣切り、ハローワークへ通ったことなど、彼女の体験は時代的、世代的にも得難いものがあります。文才を大いに発揮してもらい、独自の『社会派』コラムとして放とうと思いました。漫画家のコラム、歯に衣着せぬコラムということで、故・ナンシー関さんのポジションに彼女を就かせたいとも。地を這うような外角低めの視点を望んでいたので、いささか高みに立った感じの表現には繰り返し修正をお願いしました。あと、下ネタが過ぎると感じたものは、ボツにさせてもらった記憶があります。

――連載中の先生とのやり取りなどで、印象に残っていることがありましたら教えてください。
より読みやすくするために、文体を多少変えてほしいと頼んだことがあります。結局変わりませんでした。作家の文体やらクセというのはそういうものだし、熱心に支持してくれる読者や識者がいたのだから、それでよかったんだと思っています。

――カレー沢先生の文章の魅力はどんなところにあると思われますか?
寸鉄人を刺すと言おうか、傷口に塩を擦り込むようなと言おうか、彼女の文章にはリストカットのような痛みがあるような気がします。自傷行為に他人を巻き込むような“無理心中”感が特長かと。読むと痛くなる、なおかつ笑える。マンガ家ならではのユーモアと情景描写に優れているのではないでしょうか。

――では編集部から『エキサイトBit』読者へ、メッセージやお知らせがありましたらお願いします。
エッセイということもあり、モーニングからの刊行がなかなか難しく、マンガ編集の経験も豊富な学芸図書出版部の井上威朗がウチから出そうと手を挙げてくれました。彼はカレー沢さんを“作家”として高く評価してくれた一人です。さすが餅は餅屋、予想以上の仕上がりとなりました。装丁では、『クレムリン』とコラボしていただいている東京都写真美術館広報誌別冊『ニァイズ』を手がけているデザイナー・田中秀幸さん(高名な田中秀幸さんとは別人)が大奮闘です。ボリュームとコストの問題や、双方の連携不足によって、『月刊モーニングtwo』連載分を収録することができませんでした。作者にも深くお詫びいたします。即日重版的スマッシュヒットで完全版による文庫化をひそかに狙っております。ご購入ご声援のほど、関係者一同心よりお願い申し上げます。

最後は本気の告知だったが、そのあたりはさておき。エッセイ集の中でたびたび「担当殺す」という言葉が出てきてこの制作現場は一体どうなっているのかと思ったりしたものだが、カレー沢薫という超個性的なマンガ家であり作家と、ものづくりをする楽しさや苦労がしのばれるコメントだ。

余談だが、『負ける技術』連載時の読者の感想を拾っていたら「文章がすごく上手いのだけれど、この人は本当にマンガ家なのか?」というものがあった。そのザンネンな言われようも、この本を読んだあとにはなんとなく納得できてしまうのだ。
(古知屋ジュン)