「スカイランニング」は、言わば「ランニングスタイルのスピード登山」である。

写真拡大 (全3枚)

お正月は毎年、箱根駅伝を観ています。何となくチャンネルを合わせ、気付いたら最後まで観てしまっている風物詩。
でも、観てるだけなのは如何なものか。先日も「冬からはじめるマラソン講座」を受講したことだし、そろそろ私も走ってみようかと!

というわけでリサーチを開始すると、未知なる競技を発見してしまいました。その名は「スカイランニング」。ご存知でしょうか? ……どうやら、知らない人が多いみたいですね。
そこで、この競技の詳細についてを伺いたいと思います。解説していただくは、松本大選手。「スカイランナーワールドシリーズ」(トレイルランニングの世界最高峰レース)にて日本人初入賞を果たした、正真正銘の国内トップスカイランナーであります!
……ここでまた一つ、新しいワードが出てきましたね。ではまず初めに、「トレイルランニング」と「スカイランニング」について説明いたしましょう。

トレイルランニング
舗装されていない道(林道、山道など)を走るマラソン競技
スカイランニング
高い場所の道、要するに山道を走るランニング競技
「トレイルランニングの“山ヴァージョン”が、スカイランニングです」(松本選手)

さて、まずは同競技の選手層について聞いてみたいと思います。
――例えば「テニスをやってた人がバトミントンもやってみる」みたいなノリで、マラソンに励んでた方がトレイルランニングに進むことって多いんですか?
松本選手 ありますね。トレイルランナーやスカイランナーの大多数は、ランニング出身者です。最近のマラソン情報誌を読むと、必ずトレイルランニングにページが割かれているんですね。それを見て「自然の中で走りたいなぁ」と、人が流れてきている状況です。
――では、「ランニングの一種としてトレイルランニングがあって、その延長線上にスカイランニングがある」という図式になりますか?
松本選手 う〜ん。左端に「ランニング」があって右端に「登山」があると仮定します。その中間が「トレイルランニング」で、その中の登山寄りにあるのが「スカイランニング」です。なので「スカイランニング」は、日本語で「山岳ランニング」と呼ぶことができますね。
――ところで、現在のトレイルランナーの主な年齢層はどの辺になるでしょうか?
松本選手 40代の方が中心です。ある程度の装備が必要な競技なので、自然とお金に余裕がある方が多くなるんですね。ただトップランナーとなると、やはり体力的な面でも30代が中心になります。
――松本選手個人の話になると、装備だけでなく海外への遠征費など、他の選手よりも資金面が重要になってくると思います。その辺、松本選手は全て自費でまかなっているんですか?
松本選手 現在はカンパなどを募り、それらを遠征費用に充てています。またスカイランニングの講習会やレースのプロデュースといった活動で、生活費をまかなっているのが現状です。
――なるほど。ただトップランナーだからこそ、「プロ」と呼んでも差し支えない状況があるのだと思います。他のランナーで、松本選手のように競技のみで生活できている方はいらっしゃるんですか?
松本選手 色々な形態がありますよね。例えば、ショップ経営をしながら競技に取り組む人もいます。でも、やはり数えるほどです。う〜ん、日本でも5人くらいじゃないでしょうか?

【「別に、走るのは好きじゃない」】
――スカイランニングという競技は、いつ誕生したのですか?
松本選手 約20年前です。
――正直、私はこの競技のこと自体を最近まで知らなかったんですが、松本選手はどういう流れでスカイランナーとなったのですか?
松本選手 僕は以前、クロスカントリースキーに取り組んでいました。それも登山から入っていったので、ランナー経験者とは系統が違うんですね。走るのは、実はそんなに好きじゃないですし(笑)。
――好きじゃないんですか(笑)。
松本選手 だってロードを走るんだったら、チャリに乗った方が全然気持ちいいじゃないですか! 楽だし(笑)。
――速いしね。僕もそうです(笑)。
松本選手 ねえ! 陸上練習とかは、あくまで“トレーニング”としてやってるだけであって、“楽しみ”としてはやってないですね。
――じゃあ、何が好きなんですか(笑)?
松本選手 山が好きなんです。練習も、山でのトレーニングがほとんどです。そればかりだとキレが落ちてくるんで、ロードもやったりしますが……。
――ちなみに、普段はどのようなトレーニングに取り組んでいるんですか?
松本選手 僕の場合は、本当に山が主です。ホラ、陸上選手がいくらジムで走っても、練習にはなるけど強くはならないって言うじゃないですか。それと同じように、山の選手はその舞台でやらないとテクニックが身に付かないし、体の使い方も覚えないと思います。
――山は、特にそうでしょうね。
松本選手 だからって、そればかりでもダメなんです。色んなコースがありますし、整備されたロードを走ることもあります。だからロードの練習も、イヤだけどやります。
――なるほど。色んなシチュエーションがあるから、これって一つに絞れないんですね。それにしても、「イヤだけど」って(笑)。

【ビギナーに向けての基礎知識】
――スカイランニングでは、どのような装備が必要になりますか?
松本選手 ほぼ登山と同じ恰好で、ザックを背負い走ることになります。ビギナーの方は30分ほどで喉が渇いてしまいますので、ある程度の水とか食料を用意しておかなければいけません。大会によっては、安全を考慮してザックが義務付けられている場合もあります。ただトップ選手ほど、背負わない傾向になっていきます。
――単純に、背負わないほうが走りやすいですもんね。
松本選手 逆にビギナーは途中で補給する水分や飴、もしくはおにぎりやパンなどの炭水化物、エネルギーになりやすいものをザックに入れて行きます。
――シューズは、普通のランニングシューズなんですか?
松本選手 トレイルランニング専用のシューズがあり、通常のものよりゴツゴツしています。それでいて、重さはランニングシューズと変わりません。

【スカイランナーに最も必要なものは?】
――では、ここで質問です。スカイランナーに最も必要な要素って、何ですか? 持久力ですか、それともスピード?
松本選手 う〜ん、山が好きなこと!
――あぁ、なるほど! これは、面白い答えですね。
松本選手 山が嫌いだと、苦しいだけだと思うんです。山頂に立った時の達成感とか、そこに喜びを感じられないとしんどいですよね。
――予想外のアンサーでした。
松本選手 そうですか(笑)。もちろん体力も必要なんですけど、それ以上に「好き」という気持ちが必要です。情熱ですね。
――ではスカイランナーは皆、「山が好き」という思いが競技者となるきっかけになっているんですか?
松本選手 あの、日本のトレイルランニング自体が、そもそもスカイランニング志向なんですね。なぜかと言うと、国内の「トレイル」って登山道しかないんですよ。アメリカだと林道もありますが、日本は舗装された道ばかり。結局、山道になってしまいます。なのでトレイルランナーは山岳志向となり、スカイランニングに進む人が多くなります。
――元々は山が好きじゃなかったけど、トレイルランニングきっかけで“山好き”となるケースも多いんですか?
松本選手 そういう人、多いですね。それで、スカイランナーに転身しちゃう。
――ちなみにスカイランニングの競技人口って、どのくらいなんですか?
松本選手 わかんないですね(笑)。世界で3000万人とは言われてますけど。
――日本は他国と比べ、まだあまり盛り上がっていない状況ですか?
松本選手 いや、そんな事もないんです。欧米がやはり一番なんですけど、その次くらいに盛り上がっている国ではあります。
――そうなんですか!
松本選手 アジアなら、香港か日本。一番盛り上がってるのは、スペイン、イタリア、フランス、スイス、アメリカ……
――やっぱり、欧米ですか。
松本選手 フランスなんかだと、普通のマラソン大会だと謳っているのに、実はトレイルランニングだったって事が多いですから。ロードランニングとトレイルランニングの区別がほとんどないんです。
――それって、トレイルランニングが浸透し切っている証拠ですよね。ところで、国内でスカイランニングが盛んなエリアってどこですか?
松本選手 まず、長野県です。大会数は多いですし、なんたって環境がいいですよね。もう一つは、実は首都圏なんです。情報発信の中心に位置していますし、やはり首都圏の方は食い付くんですよ。神奈川の丹沢や三浦半島にトレイルがあり、大会も多いです。
――へぇ〜!
松本選手 でも、徐々に全国的な広がりを見せています。2014年は、初の沖縄大会も開催されますよ。
――沖縄の山って、キツそうですね(笑)。
松本選手 怪しい動物も多そうですよね(笑)。
――そういう遭遇も多いんですか?
松本選手 よくいるのが、蜂なんですよ。大会だと集団で動きますから、そこに蜂が付いてきて……ってパターンが多いです。
――それ、ペース乱れそうですね(笑)。
松本選手 僕も練習中にカモシカとかシカとかキツネとか、色んな動物に会うことがありますよ。カモシカなんか、ボーっとしててね(笑)。
――それ、山好きにはたまらないですね。

【富士山は「登るもの」ではなく「走るもの」】
――松本選手のプロフィールを拝見すると「OSJおんたけスカイレース」という大会を連覇されていらっしゃいますね。
松本選手 これは3000m級の御嶽山を登り降りする大会で、「スカイランニング」という言葉を日本にもたらしたレースです。
――他には、どんなレースがあるんですか?
松本選手 あと、富士山を一気に登ってゴールを目指す「富士登山競走」というレースがあります。僕が思うに、富士山は「登るもの」ではなく「走るもの」ですから。
――「富士山は走るもの」(笑)! あの、松本選手ってどのくらいのペースで山を走ってるんですか?
松本選手 僕は20kmを2時間45分ですね。時速10kmよりは遅いッスよ(笑)。
――イヤイヤイヤ、凄いですね……。やっぱり平地でも、かなり速く走りますよね?
松本選手 高校の陸上部くらいかなぁ? いや、中学3年生くらいですよ。
――えーっ!? それは、謙遜でしょう(笑)。
松本選手 いや、本当に。違う筋肉なんですよね。もちろん全く違うわけではなく、平地の垂直方向に進むスピードも大事なんですけど、登る筋肉や降りる筋肉とは違うので。逆に陸上の強豪ランナーがスカイランニングに出場したら、優勝はできないと思います。
――スピードも出せないでしょうし、持久力に関しても勝手が違ってきそうですよね。
松本選手 標高が高いほどに酸素も薄くなるので、低酸素に耐える心肺能力が備わってないとキツいですね。だから、本当に“スピード登山”なんですよ。
――なるほど。「スカイランニング」とは呼ばれているものの、やはり考え方は「登山」に近いんですね。
松本選手 そうです。「スカイランニング」は、あくまで「登山」の延長として考えてもらった方がいいです。「トレイルランニング」だと「ランニング」の延長という意味合いもありますけど。
――やっと、腑に落ちました。
松本選手 山があり「あの山に誰が一番速く登ることができるか?」を競う、という考え方です。

正直、気軽に手を出せる競技ではないと思います。ただ、その魅力にハマったら抜けられなさそう。特に、登山やハイキングが好きな方にとっては。
「競技自体、楽しみながら取り組んでますから」という松本選手の言葉が印象的でした。
(寺西ジャジューカ)