京都大学大学院
人間・環境学研究科教授
鎌田浩毅
1955年、東京都生まれ。東京大学理学部卒業。専攻は火山学。学生からの講義の評価は教養科目の中で1位。著書に『中学受験理科の王道』『一生モノの勉強法』『火山噴火』など。

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シンプルでロジカルな文章は、実は理数系人間が得意とするところ。新発想の文章術をプロが指南。まずは長文との決別から始めよう。

■鎌田浩毅式文章術

人はそれぞれ自分のフレームワークで物事を受け止めます。たとえば「雨が降る」という現象を見て、「これで気温が下がる」と心配する人もいれば、「酸性雨ではないか」と考える人もいる。同じ現象でも、基礎知識や経験の有無によって受け取り方は異なります。その意味でフレームワークは、その人を形づくっている価値観そのものといっていい。

もし書き手と読み手のフレームワークが合致していれば、自分にとってわかりやすい文章が、相手にとっても読みやすい文章になります。しかし多くの場合、両者のフレームワークにはズレがあります。自分のフレームワークを押し付けるのは不親切。独りよがりにならないよう、読み手に合わせて表現を工夫すべきです。

たとえば私たち火山の専門家の間では「火砕流(かさいりゆう)」という用語をごくあたりまえに使っていますが、そのままでは一般の方に通じないことがあります。そこで「火砕流は800度という高温で、時速100キロで流れます」と説明を加えれば、火砕流という概念を知らない人にも、熱くて速いという特徴を伝えられます。さらに「沸騰しているお湯より熱いものが、自動車でも逃げられないスピードで迫ってくる」と身近なものに喩えれば、より具体的にイメージしてもらえます。

読み手のフレームワークがよくわからない場合は、完成前に一度、立場の違う人に読んでもらってみてはどうでしょうか。私も一般向けの火山入門書の原稿を学生に読んでもらったところ、「圧力って何ですか」と質問されて驚いたことがありました。「これぐらいはわかるはず」は、自己満足にすぎません。相手に伝わってこそ、いい文章といえるのです。

■畑村洋太郎式文章術

相手にわかりやすく伝えるために、表現をかみ砕いたり、やさしい言葉に置き換える工夫は、多くの人が実践していることでしょう。ただ、言葉の置き換えには注意が必要です。言葉は別の言葉と一対一で等価に対応しているわけではないからです。

たとえば「コモンセンス」という言葉を辞書で引けば、「常識」や「良識」といった訳語が当てられています。ただ、日本語に置き換えると微妙にニュアンスが異なります。コモンセンスには、人々が生活するうえで守るべき倫理だけを指すのではなく、人類が尊重すべき普遍的価値という意味合いまで含まれています。本来ならこれでも説明不足なほどで、別の言葉で的確に言い換えるのは、非常に難しいことなのです。

英語の言い換えを考えるときに限られますが、私がよく活用するのは、ウェブスターの英英辞典です。この辞書は、概念を他の言葉で代替するのではなく、それを構成する要素について解説を試みています。さらにうれしいのは、初出がいつで、時代とともに概念がどのように変化したのかという時間軸まで加わっている点です。時間軸を加えると、概念を立体的に把握しやすくなります。これは日本の辞書に見られない特徴です。

これは表現をかみ砕くときのヒントになるのではないでしょうか。相手に伝わりにくそうな言葉があれば、その言葉が使われていた社会的状況や、言葉を使っていた人々の生活や考え方についても一緒に言及してみましょう。背景を同時に伝えることで、言葉の意味をより深く相手に伝えられるはずです。

(村上 敬=構成 相澤 正、熊谷武二=撮影)