野球とは「慣れ」のスポーツである。同じ動作の練習を繰り返し、如何にその動作を体に馴染ませられるかで、成績は大きく左右してくる。左投手対左打者の順手対決で左打者が不利とされるのは、投手が投げる変化球の曲がる方向以上に、左打者が左投手と対戦する機会が少ないためだ。つまり左打者は左投手を打つことに、なかなか慣れることができない。

野球にとっての慣れとは、何も打撃に関してのみ影響しているわけではない。動作を細分化していっても、そこには慣れというものが大きく影響している。涌井秀章投手の現状こそ、まさにこの慣れが悪影響を及ぼしている例だ。

涌井投手が実際に、いつからどのくらい右肘が痛かったのかは筆者には分からない。しかし少なくとも昨季の前半にはすでにこの痛みが涌井投手の投球に大きく影響し始めていた。涌井投手が肘痛により一度ローテーションを飛ばされたのは、昨季のGW直後の出来事だった。つまりこの時期にはすでに、涌井投手の肘は悲鳴を上げ始めていたのだ。

肘に痛みがある状態でベストパフォーマンスを見せられる投手など存在しない。エース涌井投手も然り、肘に痛みがあることで少しずつ投球動作を崩していった。つまり意識していたとしても、無意識だったとしても、涌井投手は肘を庇いながらの投球を続けていたのだ。そしてこの状態での投球を続けてしまったために、今なお肘を庇いながら投げていた投球動作が体から抜け切れていない。つまり肘を庇って投げる投球動作に体が慣れてしまったのだ。具体的には、腕を強く振って投げることができていない。これに関してはすでにゲームレビューで述べているため省かせてもらうが、とにかく今季ここまでの涌井投手は、まだ安定して腕を振ることができていない。

渡辺久信監督もそれには当然気付いていて、前回の登板前にはショートからファーストに強いボールを投げさせることで、涌井投手に腕をしっかり振るという感覚を思い出させようとした。その効果もあり、涌井投手は開幕戦で見せた弱々しい腕の振りが少し鳴りを潜め、ストレートに少しずつ威力が戻ってきた。しかしまだ涌井投手自身、どこかに歯車の狂いを感じているのだろう。その自信の欠如が、エースのオーラを消してしまっている。

今、涌井投手の肘はどのような状態にあるのだろうか。昨季も涌井投手は肘が痛くも、決して弱音や言い訳を口にすることはしなかった。この点に関しては涌井投手はまさにエースだ。首脳陣がストップをかけるまでは、涌井投手は決して自らローテーションを外れようとはしなかった。成績そのものはエースとして相応しくない数字だった昨季も、涌井投手のこの心意気ばかりはエースのものであると認めるべきだろう。

渡辺監督は週末、大宮以降の先発ローテーションを再編することを示唆している。実際にどのようなローテーションになるかは金曜日になってみなければ分からないが、しかしそこで涌井投手がどのような立ち位置を与えられるのか、筆者はもうすでに気になって仕方がない。だが大宮球場との相性の良さを思えば、土曜日の先発が涌井投手である可能性も高いだろう。

涌井投手はエースであるが故に、成績が悪ければバッシングも大きい。だが涌井投手にはそのバッシングに屈することなく、エースのプライドを持ち続け、一日でも早くエースのオーラを取り戻してもらいたい。なぜなら、それが適わなければライオンズの優勝など考えられないからだ。涌井投手が勝てなければライオンズは優勝できない。だからこそ涌井投手の完全復活が今こそ待たれるのだ。