清武英利球団代表兼GMの涙の告発、渡辺恒雄球団会長の反論と、日本シリーズ以上に注目を集めている読売ジャイアンツのお家騒動。この様子は、米国の大手経済紙「ウォールストリート・ジャーナル」(WSJ)でも取り上げられている。

 同紙は、「日本のニューヨーク・ヤンキースともいえる伝統球団で、清武GMが、ヤンキースで独裁オーナーだった故ジョージ・スタインブレナー氏のように振る舞う渡辺会長に反抗した」と紹介。階級を重んじる日本で部下が上司を告発するケースは珍しいが、「日本では最近、オリンパスや大王製紙でも階級差を超えて企業トップを告発するケースが続いており、清武GMもこれらの動きにインスピレーションを受けているようだ」としている。

 一方で、「渡辺会長がどんなコンプライアンス(法令順守)違反を犯したのかは、はっきりしない」と、清武GMの告発理由が弱いとも見ている。

 WSJ紙ではないが、今回のお家騒動には、ニューヨーク・ヤンキースのオーナー、スタインブレナー一族と、GMのブライアン・キャッシュマン氏の関係を思い出す。

 昨年心臓発作で亡くなった故ジョージ・スタインブレナー氏は、勝利への執念のあまり、監督を立て続けに更迭することで有名。1973年のオーナー就任から、1996年にジョー・トーリ氏が監督になるまで、23年間18人がヤンキースの監督を務めた。

 故スタインブレナー氏の怒りの矛先はGMにも向けられたが、キャッシュマン氏は1998年から今日まで、GMとして編成部門のトップに立っている。
 スタインブレナー一族との蜜月は、オーナー職がジョージの息子、ハル・スタインブレナー氏に代わっても続いている。今月1日には、契約を3年間延長した。

 これでキャッシュマン氏は1998年から16年間、ヤンキースのGMに就くことになったが、スタインブレナー一家との良好な関係は、キャッシュマン氏のGMとの手腕もさることながら、その処世術も見逃せない。

 たしかにキャッシュマン氏は、GM就任以来、チームをワールドシリーズ制覇4回、アメリカン・リーグ制覇6回に導いた。2009年には、2000年以来9年ぶりのワールドチャンピオンに輝いた。

 だが、はたしてその実績だけで今の地位を死守できただろうか。むしろ、その処世術があったからこそ、気性の激しい故ジョージ・スタインブレナー氏と良好な関係を維持できたのではなかろうか。

 キャッシュマンGMの処世術が垣間見られたのは、2007年オフ。チームはこの年、地区シリーズでクリープランド・インディアンスに敗退。オフには、この年限りで契約が切れるトーリ監督の去就に注目が集まった。
 結論から言えば、球団とトーリ前監督との交渉は決裂。トーリ前監督は、12年間にも渡り指揮を執ったヤンキースを去ることになったのだが、これにはキャッシュマンGMの裏切りが大きく関わっている。

 トーリ前監督は球団に対し、2年間の複数年契約を希望。球団幹部との会談に際し、キャッシュマンGMに、このことを幹部に提案するようお願いした。
 これに対し幹部が提示したのは、1年契約。代わりに、「ワールドシリーズへ進出すれば2009年は800万ドルで契約延長」というオプションを付けたが、トーリ前監督はこれを侮辱とし、退団を決意した。

 会談後、トーリ前監督はキャッシュマンGMに、2年契約という自分の要望を球団幹部に伝えたか否かを確認したが、キャッシュマンGMは「何のことだ。悪い、何だっけ」と理解できない様子。トーリ前監督の要望は、球団幹部には伝わっていなかった。

 トーリ前監督が2年契約の説明をすると、キャッシュマンGMは「そういえばそうだったな」と、ようやく幹部に伝えに言ったが、すぐにトーリ前監督のところに戻ってきて、「すまないが、関心がなかった」そっけなく言い放った。

 キャッシュマンGMによる裏切りである。GMとしての保身のあまり、トーリ前監督を切り捨てたのだった。

 このときのショックをトーリ前監督は、トム・ベルデュッチとの共著「さらばヤンキース―我が監督時代 The Yankee Years」で、こう書いている。

 (トーリとキャッシュマンの)2人は12年間をともに過ごしてきた。(中略)長い間、2人はいっしょに食事をし、シャンパンをかけあい、ともに笑い、時には激しく言い争った。そうやって12年間を過ごしてきた。役員と監督が苦楽をともにしてきた12年もの歳月。それはベースボールの世界では永遠に匹敵した。
 それなのに、トーリが自分の身を守ろうと死に物狂いになっているときに、そして途方に暮れて助けを求めたときに、キャッシュマンはせっかくの提案をみんなに話し忘れたとは! 簡単な提案だ。理解できないほど難しいわけではない。12年もいっしょに歩んできた。その結果がこれか。終わるときはそんなものなのか。


 はたしてキャッシュマン氏は、実績もさることながら、その処世術でGMの地位を死守している。仮にキャッシュマンGMが清武球団代表兼GMの立場なら、オーナーの理不尽な言動に怒りを覚えても、公の場で告発することは無いだろう。

 戦友を足蹴にしてまで足場を固めたキャッシュマンGMと、上司の理不尽な対応にまっこうから反発したことで、その地位が危うくなっている清武球団代表兼GM。悲しいかな、「長いものには巻かれろ」はサラリーマンの処世術だけではないのだ。