(※写真はイメージです/PIXTA)

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「年金は振り込まれているけれど、生活は苦しい」と悩む高齢者は少なくありません。現役世代とは異なり収入を増やすのが難しい年金生活において、食料品や光熱費などのインフレは家計を直撃します。毎月数万円の赤字でも、預貯金で補えているうちは危機感を感じにくいものですが、赤字が長期間続けば資産は確実に底をつきます。本記事では、毎月3万円の赤字を貯金から補填している72歳独身男性の事例をもとに、AFPの武田拓也氏が資産寿命を延ばすための対策を解説します。

急激な物価上昇…単身高齢者の生活に大きな影響

公的年金は、物価や賃金の変動に応じて改定されます。ただし、物価が上がった分だけ、必ずしも同じ割合で年金が増えるわけではありません。

2026年度の年金額は、基礎年金が前年度比1.9%、厚生年金の報酬比例部分が2.0%の増額改定となりました。一方、改定の計算に用いられた2025年の物価変動率は3.2%です。年金額は増えていても物価の上昇率には届かず、実質的な購買力は低下することになります。

特に影響を受けやすいのが、収入源が年金に限られ、預貯金も十分ではない単身高齢者です。

総務省の『2025年家計調査』によると、65歳以上の単身無職世帯では、1ヵ月の実収入が平均13万1,456円であるのに対し、税金や社会保険料を差し引いた可処分所得は11万8,465円、消費支出は14万8,445円でした。このように、可処分所得だけでは消費支出を賄えていません。

しかも、この数字はあくまで平均です。賃貸住宅で暮らしている人や、持病がある人、年金額が少ない人は、さらに厳しい状況になる可能性があります。

毎月の赤字を「貯金550万円」から補填…年金月13.5万円・72歳独身男性の過酷な老後

ヒデノリさん(仮名・72歳)は生涯独身で、地方都市の賃貸マンションに一人で暮らしています。

会社員として働いてきましたが、非正規雇用の期間や収入の少ない時期があり、現在の年金収入は月額約13万5,000円。税金や社会保険料などを差し引くと、実際に使えるお金は月約12万3,000円です。

65歳で退職したときには約550万円の預貯金がありました。

「年金もあるし、ぜいたくをしなければ何とかなる」

引退当初、ヒデノリさんはそう考えていました。しかし、現在の1ヵ月の支出は、おおむね次のようになっています。

家賃・管理費:5万2,000円

食費:3万8,000円

光熱・水道費:1万5,000円

通信費・交通費:1万2,000円

医療費:9,000円

日用品・被服費:8,000円

交際費・娯楽費:5,000円

家電の買い替えなどの予備費:1万4,000円

合計:15万3,000円

手取りの年金との差額は、毎月約3万円。年間約36万円の赤字となり、単純計算でも10年間で360万円が必要です。

しかし、現実には毎月の生活費だけで済むとは限りません。ヒデノリさんは70歳のとき、故障したエアコンと冷蔵庫の買い替えに約25万円を支払いました。

退職後しばらくは支出を抑え、赤字は現在ほど大きくありませんでした。ところが、食費や光熱費などが上がり、今では月約3万円の赤字です。家電の買い替えや賃貸住宅の更新料も預貯金から支払い、退職時に約550万円あった貯金は、72歳の時点で約290万円まで減っていました。

スーパーの回数を減らし、エアコンも我慢…一人暮らしの「見えない貧困」

老後破産といえど、実際には、銀行口座の残高が突然ゼロになるわけではありません。

最初のうちは、スーパーで肉や魚を買う回数を減らす。暑くてもエアコンを我慢する。歯が痛くても治療を先送りし、友人との食事や外出も断るようになる。このように、生活の質を少しずつ削りながら預貯金の減少を抑えようとします。

ヒデノリさんも電気代を節約するため、真夏でも昼間はエアコンをつけずに過ごすことが増えました。食事は麺類やパンで済ませ、病院で勧められた検査も「お金がかかるから」と断っています。それでも赤字は解消しません。

「とてもじゃないけど、年金じゃ生活費が足りねぇよ……」

仮に290万円の貯金から毎年36万円を取り崩せば、8年ほどで底をつきます。実際には、入院や介護、家電の故障などが重なれば、さらに早く資金が尽きる可能性があります。

単身者の場合、家計の赤字を補ってくれる配偶者の収入はありません。病気になったときに手続きや金銭管理を頼める人がいないケースもあります。

「独身だから生活費は少なくて済む」と考えがちですが、家賃や光熱費、家電製品など、一人でもかかる支出があります。一人暮らしだからといって、生活費が夫婦世帯の半分になるわけではないのです。

290万円まで減った貯金はあと8年で底をつく…「資産の取り崩し」の恐怖

老後の家計で怖いのは、預貯金が赤字を見えにくくしてしまうことです。

毎月の不足額をATMで引き出せている間は、生活できているように感じます。しかし、そのお金は収入ではなく、過去に蓄えた資産の取り崩しです。

たとえば、現在の貯金が300万円あり、毎月3万円を取り崩している場合、通常の生活費だけでも約8年4ヵ月でなくなる計算です。月5万円なら5年です。

さらに、75歳、80歳と年齢を重ねれば、医療費や介護費が発生する可能性があります。将来の支出が増える時期を迎える前に貯金を使い切ってしまうと老後破産につながります。

【FPの助言】老後破産を防ぐために「今すぐやるべき5つの対策」

1.毎月の赤字額を正確に把握する

最初に確認すべきなのは年金の額面ではなく、税金や社会保険料などを差し引いた「実際の手取り額」です。

そのうえで、毎月の生活費だけでなく賃貸住宅の更新料、家電の買い替え、医療費、冠婚葬祭費なども年単位で洗い出します。年間の臨時支出を12で割り、毎月の支出に加えると、実際の赤字額が見えてきます。

2.家賃などの固定費を早めに見直す

単身高齢者の家計では住居費が大きな負担になりやすいため、家賃の安い住宅や公営住宅への住み替えも選択肢になります。

ただし、高齢になるほど賃貸契約や引っ越しそのものが難しくなることがあります。体力と判断力があるうちに、通院や買い物の利便性も含めて住まいを検討することが重要です。通信費、保険料、車の維持費なども、一度見直せば継続的な効果が期待できます。

3.利用できる公的制度を確認する

所得や資産などの条件を満たせば、年金生活者支援給付金、高額療養費制度、介護保険の負担軽減制度などを利用できる場合があります。

「制度を知らなかった」「申請が必要だと思わなかった」という理由で、本来受けられる支援を利用できていない人もいます。市区町村の担当窓口や年金事務所、地域包括支援センターなどに相談し、自分が対象になる制度を確認しましょう。

4.健康なうちは小さな収入源を確保する

月2万円でも就労収入があれば、年間24万円の赤字を減らせます。働くことは収入だけでなく、人とのつながりや生活リズムを保つ意味でも有効です。

短時間勤務やシルバー人材センターなど、体力に合った働き方を検討することが大切です。

5.生活資金を無理に投資へ回さない

インフレ対策として資産運用を検討すること自体は間違いではありません。しかし、数年以内に使う生活費や医療・介護の予備費まで値動きの大きな金融商品に投資するのは危険です。

まずは当面の生活費と緊急予備資金を預貯金で確保し、長期間使う予定のない余裕資金がある場合に限って検討します。「貯金が少ないから投資で一気に増やす」という発想は、かえって老後の生活を不安定にするおそれがあります。

手遅れになる前に…「今月も払えたから大丈夫」という油断を捨てる

老後破産を防ぐために最も重要なのは、家賃や公共料金を滞納する前に相談することです。

預貯金が少なくなると、「恥ずかしい」「家計管理ができなかったと思われたくない」と、一人で問題を抱え込む人がいます。しかし、時間がたつほど選択肢は少なくなります。

毎月いくら不足しているのか。貯金はあと何年持つのか。住居費を下げられないか。利用できる制度はないか。こうした問題を一つずつ整理すれば、家計を立て直せる可能性があります。

年金があることと、安心して生活できることは同じではありません。

インフレが続く環境では、「今月も払えたから大丈夫」ではなく、5年後、10年後まで資金が持つかという視点が必要です。老後の生活を守る第一歩は、通帳の残高だけを見るのではなく、毎月の赤字と預貯金の減少速度を直視することです。

武田 拓也
AFP

※プライバシー保護の観点から、実際の相談者および相談内容を一部変更しています。