2026年10月から、すべての企業にカスタマーハラスメント(カスハラ)対策が義務化された。ビジネスコンサルタントの新田龍さんは「カスハラ行為は単に回数や時間だけで認定されるわけではない。具体的な言動によって担当者の就業環境が悪化したかどうかが判断基準となる」という--。
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■男は市役所で「覚悟しとけよ!」と叫んだ

2026年8月、札幌市役所を訪れた会社役員の男が、情報公開請求に関連して職員に「絶対辞めさせる! 覚悟しとけよ」などと大声を上げ、土下座を強要するという騒動があった。職員が土下座に応じなかったため、強要は未遂に終わったが、男は強要未遂容疑で逮捕された。ネット上では

「社会的な立場がある人間がすることじゃない!」
「職員の心身の安全を守るためにも逮捕されて当然!」
「法規制や条例制定による対策強化を急ぐべきだ!」

といった形で、容疑者に対する厳しい批判と、カスハラ対策の強化を求める声が多数上がっていた。

昨今、カスタマーハラスメント(カスハラ)にまつわる事件や報道が増加している。厚生労働省が2023~2024年に全国の企業・団体と、そこに勤務する労働者8000名を対象に実施した調査結果では、「過去3年間に相談が寄せられたハラスメント相談件数」においてカスハラ(顧客等からの著しい迷惑行為)の割合はパワハラ、セクハラに次いで高く、かつ「該当事案があった」と回答した企業割合はなんと86.8%にも上り、その件数についても「増加している」との回答割合が高い結果となった。

出典=厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査」より

■従業員は日々、消耗させられている

具体的な迷惑行為の内容としては「長時間の拘束や同じ内容を繰り返すクレーム」、大声で責めるなどの「威圧的な言動」、「脅迫や侮辱、ひどい暴言などの精神的攻撃」が上位を占めた。

土下座強要のような目立つ事件はネット上でも話題になるが、日常的な応対の中で従業員を消耗させる行為は日々発生している。カスハラ問題はもはや対岸の火事ではなく、企業や自治体は利用者からの要求には真摯に対応しつつ、一方でカスハラから従業員と職員を守る姿勢が求められているのだ。

そしてこの10月1日から、カスハラ対策は事業主の義務となった。利用者の言い分を聞くことと、働く人を守ること。その両方を引き受けるために、企業や自治体はどのような心構えを持って臨めばよいのだろうか。

【改正労働施策総合推進法・指針の内容】厚生労働省「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます!」より

■「厄介なクレーマー」=カスハラではない

「カスハラ」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、「店員を大声で怒鳴る」、「自分の要求が通るまで何時間も電話を切らせない」、「担当者の謝罪では納得せず、店長を呼んで土下座を迫る」というような、傍若無人で理不尽な要求を通そうとする姿だろう。

そのイメージはおおむね正しいが、単に「店側にとって厄介なハードクレーマーだから」という理由だけで即カスハラ認定されるわけでもないのだ。

法律上のカスハラは、「顧客など事業に関係する人の言動」が、「仕事の性質や事情に照らして社会通念上許される範囲」を超え、「従業員の就業環境を害するもの」、というすべての条件を満たすものが当てはまる。

ここでいう「顧客など」には、一般消費者だけでなく、取引先担当者や施設利用者なども含まれる。そして店頭での言動に限らず、電話やインターネット上のやり取りも対象となるのだ。

そしてこの10月1日から、企業には従業員をカスハラから守るための措置が義務づけられる。

現場従業員に「カスハラには毅然と対応せよ!」などと命じるだけで、実際はカスハラ客の対応を丸投げしているようではダメだ。クレーム内容を会社が確認し、必要な改善は行う。その一方で、暴言や理不尽な要求などのカスハラ行為が発生した場合は、組織として誰が応対を引き取り、どこで応対を終えるのかまで決めておく必要がある。「毅然とした対応」の主語は、従業員個人ではなく事業主なのである。

■カスハラと認定される「2つの要件」

カスハラの定義だけを聞くと、堅苦しい表現で難しそうに感じるが、要点は2つだけだ。「相手の要求内容は妥当か」、そして「その要求のしかたは妥当か」である。

たとえば、店で買った商品が故障していて、返品や交換を要求することには何の問題もない。しかし、その際に担当者を長時間罵倒すれば、要求内容が正しくても「要求のしかた」は担当者の許容範囲を超えるだろう。逆に穏やかな口調であっても、商品代金を大幅に上回る高額な慰謝料を要求したり、「担当者をクビにしろ!」などと執拗に求めたりすれば、それは「要求内容」に問題がある。

店側にミスがあった事実は消えないが、ミスがあったからといって、担当者を執拗に責めたり人格否定してもよい免罪符にはならないというわけだ。

もっとも、「強い口調で不満を述べた人は全員カスハラ客」だとも言い切れない。店員側の説明が要領を得ず二転三転したり、約束した期日に代替品が届かなったりすれば、客が苛立つのも無理はない。厚労省の指針では、顧客側の言動ばかりでなく、その目的や経緯、企業側の対応、頻度や継続性などを総合的に考慮するよう求めている。消費者の権利を守ることも、対策を講じる際の前提なのだ。

■「説明して謝罪を」までは正当な要求

「ハードクレーム」と「カスハラ」は、いずれも要求が厳しいという点では共通しているかもしれないが、先述のとおりその態様に違いがある。

商品や対応への強い不満から、説明や改善、相応の補償を求めることは正当なクレームである。一方で、暴言や脅迫、長時間の拘束、担当者への個人攻撃など、要求を通すための手段が社会通念上許される範囲を超え、従業員の就業環境を害するなら、それはカスハラに該当する。

たとえ会社のミスが発端で、客の主張に正当性があっても、従業員を攻撃してよい理由にはならない。苦情の中身と、その伝え方は分けて考えないといけないのだ。いわば「クレーム」は正当な改善要求であり、「カスハラ」は一種の加害行為といってもいいだろう。

では、具体的な事例で検証していこう。

飲食店で注文と違う料理が出てきた。客が「事情を説明して、謝罪してほしい」と言う。店が間違えたなら、確認して説明し、お詫びして作り直すなり返金するなりを検討する。ここまでは正当な要求であり、カスハラには該当しないだろう。

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ところが、「その場で土下座して」となれば話が変わる。その要求は注文通りの料理を出すこととも、損害を埋め合わせることとも関係がない、「目の前の人を屈服させる要求」だからだ。実際、土下座強要は厚労省の指針でもカスハラの典型例に挙げられている。したがって、現場では一切要求に応じる必要はない。

■「責任者を出せ」「誠意を見せろ」はグレー

では「謝罪しに自宅へ来て」だとどうだろう。業態によっては、商品回収や現場確認のための訪問が必要な場合はあるかもしれない。しかし、事情説明や返金なら店頭や電話で済むのに、担当者個人を夜間に自宅へ呼びつけるなら、謝罪という言葉を使っていても過大な要求になり得る。「会社として説明してほしい」と「担当者を呼び出して頭を下げさせたい」の間には、はっきりした距離があるのだ。

「責任者を出せ」という要求の場合を考えてみよう。店員側に返金の権限がなく、判断できる人に説明を求めたい、といったニーズがあるならもっともだ。しかし、責任者が理由を説明してもなお「社長を出せ」「担当者をクビにしろ」と迫り、解決のハードルをどんどん上げていくなら、もはや元の苦情とは別の話で、単に理不尽な要求に従わせることが目的になってしまっているかもしれない。

マンガやドラマでよく見る「誠意を見せろ」はさらに厄介だ。誤請求の訂正と返金を求めているなら、具体的な解決の相談という話で収まる。ところが、店側が何をしてほしいのか尋ねても答えず、「俺が納得するまで帰さない」「このままネットに流してもいいんだぞ」などと威圧が続くなら、相手は終わりのない応対や特別待遇を迫っている可能性がある。

■1回の電話でも中身によってはアウト

言葉の意味を推測して、現場の担当者がその場しのぎの約束をする必要はない。「ご希望の対応を具体的に教えてください。会社として確認してお返事します」と、要求を見える形にするのが先だ。

返金や補償でも同じである。壊れた製品の交換や、実際に生じた損害の相談は当然あり得る。他方、料理が一皿遅れたからといって、その日の同席者全員を無料にしろといった要求にまで至ると、さすがに釣り合いを欠く。企業は何が起き、何を根拠に、どの対応を求められているのかを確かめたうえで、応じられる範囲を説明すればよいのだ。

オンラインでのやりとりの場合はどうだろう。

たとえば「昨日の件、どうなりましたか」と問い合わせフォームから一通送った翌日、客が電話をかけた。さらに回答期限を過ぎても連絡がなく、もう一度フォームを送った。この3回程度のメッセージ送信なら当然カスハラにはならない。一方で、たった1回の電話でも、殺すと脅したり、担当者を激しく侮辱したりすれば、それはもうカスハラだ。回数ではなく、どんな伝え方をし、どれほど続いたかが問題なのだ。

■問題は、担当者の就業環境が悪化したか

たとえば、配送遅延を調べると言われたまま返事がなく、再度確認のために連絡することは何の問題もない。一方で同じ要求を短時間に何十通も送り、別々の部署に電話をかけ続けて担当者の仕事の手を止めてしまったりすれば、さすがに業務妨害にもなり得るため、カスハラ対応に切り替えざるを得なくなるだろう。厚労省も、同じ質問や電子メールを執拗に繰り返すことをカスハラ典型例に挙げている。

長電話の場合は、単に通話時計だけでは測れない。複雑な事象や高齢者への説明には時間がかかることもあるだろう。だが、回答済の話にいつまでも納得せず、繰り返し説明を要求し、切ろうとする担当者を何時間も拘束すれば、許容範囲を超える。確認調査が必要なら期限を切って折り返し連絡をする約束をすればよいし、話が一巡したら「本日の回答はここまでです」と管理者が伝えればよい。

このように、カスハラ行為は単に回数や時間だけで区切るのではなく、具体的な言動によって担当者の就業環境が悪化したかどうかが判断基準となる。必要な合理的配慮をおこなうことと、脅迫や人格攻撃を止めることは両立するのだ。

筆者作成

■「お客様は神様」を振りかざす客の誤解

元来、我が国では企業間のサービス競争が激しく、顧客を大切にもてなして満足度を向上させる姿勢が重視され、それが企業や店舗のブランド価値向上にも寄与した。したがって諸外国ならチップを弾まねばならないレベルの手厚いサービスも、我が国の利用客にとっては当たり前レベルとなり、それが客側の過剰な期待へと繋がってしまっていることは否めない。

この「日本式おもてなし」が、従業員に過剰労働を強いている問題についてはこれまでも解説してきた。

※参照記事
・悪質クレーマーは遠慮なく警察に通報するべき…従業員をカスハラから守るために活用すべき「7つの刑法」(2024/05/29)
・「笑顔で深々とお辞儀する店員」なんて客は求めてない…接客業を疲弊させる「日本式おもてなし」の罪(2024/09/07)

ちなみに、この「お客様は神様」というフレーズは、演歌歌手の三波春夫氏から発せられて有名になった言葉だが、この場合の「お客様」はあくまで聴衆のことであり、カスタマーやクライアントを指しているわけではない。「神」を自称し、サービスの要求水準ばかり厳しく、暴言や恫喝で相手を無理矢理動かそうとするような者は、神は神でもせいぜい「貧乏神」か「疫病神」といったところであろう。

※三波春夫オフィシャルサイト 「お客様は神様です」について

■クレームを入れたつもりが「犯罪者」に

「クレーム」であれば、顧客は商品やサービスに対する不満点や改善点を指摘するが、問題が解決されれば納得し、以前以上に熱心なファンとなることもあり得る。

一方で「カスハラ」となると、たとえクレーム内容が妥当であっても、対応してくれる店員に対して暴言を吐いたり、脅迫したり、過剰な不当要求がなされたりするなど、限度を超えた行動が伴うことが多い。さらには商品やサービスに不備がなくとも、顧客個人の感情が暴走したり、歪んだ正義感が行動に繋がってしまったりすることもある。程度によっては、刑法犯に該当する行為にもなり得るのだ。

筆者作成

■ほかの客も従業員も企業も被害者

従業員にとっては、迷惑客による高圧的で理不尽な要求、迷惑行為、犯罪行為等への対応を強いられることはプレッシャーでしかなく、何をされるか分からない恐怖心と精神的な疲弊も加わり、大きなストレス要因となることは間違いない。ネガティブな影響を被るのは従業員個人だけに留まらず、他の利用客、職場環境、企業運営など広範に及んでしまうのだ。

たとえば、一部の客の迷惑行為や暴言によって「使いにくい店」となりブランドイメージが下がったり、過度なストレスにさらされた従業員が休職・退職に追い込まれたりするケースが想定される。また、解決金や弁護士相談、再発防止のための研修実施、補充人員確保など企業に追加コストがのしかかることもあるだろう。

このように、カスハラ行為に対して企業側として何の手立ても講じないままだと、物理的にも心証的にも大きな損失を被ることになってしまう。ただでさえ人手不足が叫ばれる現在においては致命的であり、カスハラ対策は喫緊の課題といえよう。

筆者作成

■「見て見ぬふり」はもう許されない

カスハラへの「毅然とした対応」とは、単に「従業員に悪質客の対応を押し付ける」のではなく、「企業」「店舗」「経営者」が「カスハラ加害者は当店の客ではない」と宣言して従業員を守ることだと述べた。そのために、企業や店がしておくべき5つの準備については、以下の記事を参照してほしい。

※なぜ「犯罪レベルのカスハラ」が放置されてきたのか…悪質クレーマー対策で日本企業がやってこなかったこと(2024/05/29)

事業者には、カスタマーハラスメントから従業員/職員を守る義務がある。冒頭に挙げたような、働く人の尊厳を毀損する事案による被害者を出さないようにするためにも、企業や自治体はカスハラ客から働く人を守る措置を即時実施してほしい。まずは担当者の名札に本名を出さず、ニックネームにするところからでも。

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新田 龍(にった・りょう)
働き方改革総合研究所株式会社代表取締役
働き方改革総合研究所株式会社代表取締役。労働環境改善、およびレピュテーション改善による業績と従業員満足度向上支援、ビジネスと労務関連のトラブルと炎上予防・解決サポートを手がける。厚生労働省ハラスメント対策企画委員。
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(働き方改革総合研究所株式会社代表取締役 新田 龍)