「この家でやっていくしかない…」小学生3人を「電気コード」で殴打、暴力を容認した“しつけ家族”の実態
「しつけのつもりだった」
小学生のおいとめいに服を脱がせ、電気コードで尻を何度も殴りつけた40代の男性は、法廷でそう説明した。
被害に遭ったのは、同居する7歳から11歳の子ども3人。いずれも打撲や外傷などを負い、全治16日と診断された。
しかし、公判で明らかになったのは、被告人による暴行だけではなかった。
子どもたちの母親や祖母も、暴力を「しつけ」として容認していたのだ。被告人が逮捕された際、母親は「私の代わりに怒ってくれたのに、このようになり兄に謝罪したい」と捜査機関に話したという。
大阪地裁は9月17日、傷害罪に問われた被告人に対し、拘禁刑1年2カ月(求刑同じ)、執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。
「この家に生まれたから、ここでやっていくしかない」
かつて子どもの一人が漏らしたという言葉からも、家庭内で繰り返されていた暴力の実態が浮かび上がる。
家族が「しつけ」と信じて疑わなかった暴力は、なぜ繰り返されたのか。公判で明らかになった家庭の実態をレポートする。(裁判ライター・普通)
●服を脱がせ、電気コードで尻を殴りつける
被告人は40代の会社員男性。公判中は終始、無表情とも、やや不機嫌ともとれる表情を浮かべていたのが印象的だった。
起訴状によると、被告人は当時の自宅で、同居していた7歳から11歳のおいとめい計3人の服をそれぞれ脱がせ、露出した尻を電気コードで殴りつけた。
3人はいずれも、全治16日の打撲や外傷などを負った。
被告人は起訴内容を認めた。
●「この家に生まれたから、ここでやっていくしかない」
検察官の冒頭陳述などからは、事件当時の家庭環境が明らかになった。
当時、家には被害児童3人のほか、伯父である被告人、母親である被告人の妹、祖母である被告人の母親の計6人が暮らしていた。
家庭内では、子どもたちに任せた家事が遅れると、しつけとして暴力を振るうことが日常的に繰り返されていたという。
事件以前にも、子ども家庭センターが3人のケガを確認し、一時保護したことがあった。
その際、長女と次男は職員に安心した様子を見せたという。一方、長男は「この家に生まれたから、ここでやっていくしかない」と話したといい、家庭内での暴力を受け入れざるを得なかった状況がうかがえる。
祖母は過去の聞き取りでも、暴力について「しつけとしておこなっている」と説明していたという。
今回の事件でも、被告人の怒鳴り声を聞き、子どもたちの傷を見ていたが、しつけだと思い、注意することはなかった。
それもそのはず、祖母自身もかつて、被告人やその妹に対し、同じような方法でしつけをしていたというのだ。
子どもたちの母親も、今回の事件で傷を確認したものの、「次から気を付けよう」と声をかけるだけだったという。
さらに、被告人が逮捕されたことについて、捜査機関にこう供述していた。
「私の代わりに怒ってくれたのに、このようになり兄に謝罪したい」
母親自身も、兄による暴力を問題だとは考えていなかったことがうかがえる。
●痛みで身をよじった長女はさらに殴られた
被告人は捜査機関に対し、事件当日の状況を次のように説明した。
この日、被告人は子どもたちに片づけをするよう伝えていた。
何時までに終わらせるよう指示したかは覚えていないという。しかし、自分が想定していた時間よりも数分遅れて完了の報告を受けたため、しつけが必要だと考えた。
被告人には「何度言っても間違えたらしつけが必要」という考えがあり、子どもたちの服を脱がせ、肌に直接、電気コードを4~5回叩きつけた。
この方法は、被告人自身も母親から受けていたものだった。
長女の尻は、叩かれた場所がミミズ腫れになっていたという。
被告人から「避けるなよ」と言われたものの、痛みのあまり、どうしても身をよじってしまった。そのため、3人の中で最も多く叩かれたという。
●逮捕された兄に「なんで?」祖母も暴力を容認
公判では、被告人の情状を立証するため、祖母が証言台に立った。
細身の祖母は、宣誓文を読み上げる声も震えており、暴力とは結びつかないような印象を受けた。
しかし、被告人が逮捕されたときの感想を尋ねられると、最初は「なんでですか?」と思ったと明かした。
当時は、しつけのための暴力は犯罪ではないと考えていたという。
「今では申し訳なかったと思っています」
祖母は涙ながらにそう述べ、事件後、家族で話し合い、考えを改めたと説明した。
ただ、長年にわたって家庭内に根付いていた考えが、容易に変わるのだろうか。
弁護人も、祖母に対して再発防止の必要性を繰り返し、強い口調で説いていた。
今後、被告人は家を出て、子どもたちは母親や祖母と暮らす予定だという。
祖母は、これからは子どもたちとの会話を大切にしていくと話した。
しかし、その後のやり取りでは、こんな場面もあった。
弁護人:今後、子どもらが口で言っても聞かない場合はどうするんですか?
祖母:児童相談所や公共窓口に相談しにいきます。
弁護人:まずは粘り強く説得ではないですかね…。
検察官も「子どもたちにとって安心な場所にできますか?」と祖母に繰り返し問いかけていた。
被告人が家を出たとしても、子どもたちが安心して暮らせる家庭環境を取り戻せるのか。その点が、公判で問われていた。
●「先に生きる者として、教える立場になろうと」
被告人質問では、暴力を振るった当時、子どもたちをどう思っていたのかについても尋ねられた。
被告人は感情の起伏をほとんど見せず、淡々と答えた。
検察官:子どもたちにとってどんな存在になりたいと思ってたんですか?
被告人:先に生きる者として、教える立場になろうと。
検察官:事件のとき、片付けが終わった報告を聞いてどう思ったんですか?
被告人:思っていた時間よりも遅い、と。
検察官:そのときの感情は? 怒り? 苛立ち?
被告人:特にない。
検察官:それなのに叩くんですか?
被告人:大人になったとき時間を守れない子になってほしくないので。
被告人は、事件当時はしつけであれば暴力も許されると考えていたと説明した。
しつけ以外の目的で子どもたちに手を上げたことはなく、家の外で他人に暴力を振るったこともないという。
一方、逮捕後は警察や弁護人から指導を受け、しつけに対する考えを改めたと述べ、子どもたちの心と体に傷を与えたことを謝罪した。
ただ、その口調は終始淡々としており、被告人が事件をどのように受け止めているのか、心情を読み取ることは難しかった。
●「子どもらがかわいそうという感情はなかったのですか?」
裁判官からも、暴行時の子どもたちの様子について質問があった。
裁判官:尻を殴っているときの子らの様子は覚えてますか?
被告人:叩き終わったら泣いてました。それまでは後ろを向いてたんで、わからず。
裁判官:泣いているのを見てどう思いましたか?
被告人:このことを経験して、正しい大人になってほしいと。
裁判官:子どもらがかわいそうとか、キズ大丈夫かなといった感情はないのですか?
被告人:そのときは、キズの確認もしてなかったので。
被告人が電気コードを使った暴力に及んだ背景には、自身も親から同じようなしつけを受けてきた経験があった。
●子どもたちは安心して暮らせるようになるのか
育った環境が、被告人の考え方に影響を与えた可能性はある。
しかし、被告人は会社員として家庭の外にも社会との接点を持っていた。それでも、なぜ子どもたちに暴力を振るうことを「しつけ」だと信じ続けていたのか。
そして、家族全員が暴力を容認してきた家庭で、子どもたちが再び安心して暮らせるようになるには、何が必要なのか。
限られた公判の時間では、その答えは見えてこなかった。
被告人は家を出るという。しかし、子どもたちが戻るのは、これまで暴力を「しつけ」として受け入れてきた母親と祖母が暮らす家だ。
「この家に生まれたから、ここでやっていくしかない」
かつて長男が漏らしたという言葉とともに、漠然とした不安を残したまま、裁判は終結した。
