【闘病】突然「ALSかも」と宣告され…保育士を襲った『脊髄腫瘍』手足が動かない絶望

2018年夏、右腕のしびれや握力低下をきっかけに受診し、一時はALS(筋萎縮性側索硬化症)の可能性を告げられた右麻痺komari ❤︎脊髄腫瘍さん。その後の詳しい検査で判明したのは、脊髄腫瘍の一種である髄膜腫でした。複数回の手術や放射線治療、その後の頸椎手術を経て右半身に麻痺が残りましたが、リハビリテーションや装具を活用しながら社会復帰を果たしました。発症から約8年。病気と向き合う中で見つけた生活の工夫や、同じ病気と向き合う人への思いを聞きました。


右麻痺komari❤︎脊髄腫瘍 さん

2018年、右腕のしびれをきっかけに脊髄腫瘍(髄膜腫)が判明。2019年に2度の摘出手術、放射線治療を経て社会復帰するも、2022年に頸椎症性脊髄症(けいついしょうせいせきずいしょう:加齢や骨の変形により脊髄が圧迫される病気)を発症し、2023年に頸椎固定術を受け右半身に麻痺が残る。現在はリハビリと装具を活用しながら社会復帰を果たし、Instagramで闘病・リハビリ記録を発信中。Instagram:@komarin2020

医師に告げられたALSの可能性――脊髄腫瘍(髄膜腫)が見つかるまで

編集部

2018年の夏頃、右腕にしびれや握力低下の症状が出始めたとのことですが、最初はどのように感じていましたか。

komari さん

保育士として働く中で、子供服のボタン留めがしづらくなったり、保育業務の中でリトミックやお歌の時間で弾くピアノで強弱がつけられなくなるなどの症状を感じていました。同時に腕のしびれも感じ、初めて病院を受診しました。

編集部

受診してから診断がつくまでは、スムーズに進んだのでしょうか。

komari さん

いいえ、時間がかかりました。最初の整形外科では、抱っこによる腱鞘炎(けんしょうえん)ではないかと言われ、ビタミン剤を処方されましたが、改善せず症状は強くなり、再受診しました。

編集部

その後、整形外科からの指示で脳神経系のクリニックを受診されたと伺いました。そこではどのような診断を受けましたか。

komari さん

検査を何も行わないまま、医師から、ALS(筋萎縮性側索硬化症:運動神経が徐々に障害される進行性の病気)だと思うと告げられました。病名は知っていたので頭が真っ白になり、家族にもすぐには伝えられませんでした。

編集部

そこからどのようにして脊髄腫瘍という診断にたどり着いたのですか。

komari さん

その後、ほかの医師も加わって再検討され、X線(レントゲン)検査で首の異常を指摘されました。詳しい検査が必要とのことで大きな病院を紹介され、そこで脊髄腫瘍の一種である髄膜腫(ずいまくしゅ:脳や脊髄を包む膜から発生する腫瘍)だと分かりました。

編集部

手術に至るまでは、どのような経過でしたか。

komari さん

腫瘍が首の太い神経に被る位置にあったため、大学病院を紹介されました。診断までに時間が経ち症状が進行していたため緊急性が認められ、早いタイミングでの手術が決まりました。手術までの約1か月で症状はさらに進み、直前には自力で歩けず車椅子での移動となりました。

手も足も動かない入院生活――一度の社会復帰を経て再び手術へ

編集部

1度目の手術後は、どのような状態だったのでしょうか。

komari さん

手も足もほとんど動かせず、携帯電話の操作もテレビのチャンネル変更も、喉が渇いてお水を飲むこともできませんでした。指でナースコールを押せないため、口で息を吹いて操作する特殊なナースコールを設置してもらいました。

編集部

当時はコロナ禍で、面会も制限されていたと伺いました。

komari さん

面会は一切できず、寝返りもうてないため毎日ベッドから天井を見るだけの生活でした。携帯電話を操作できないこともストレスで、友人からのLINEに返信ができず、母への連絡も看護師さんに代筆をお願いしていました。

編集部

そうした入院生活の中で、印象に残っている出来事や、支えになった存在はありますか。

komari さん

リハビリ病院には年配の患者さんが多く、体だけが動かせない私は珍しい存在で、看護師さんやリハビリスタッフの方たちととても仲良くなりました。同階のご高齢の患者さんたちが孫のようにかわいがってくださったことにも、とても助けられました。

編集部

一度は社会復帰を果たされたそうですが、その後、どのような生活でしたか。

komari さん

保育の仕事には戻れず、別の職に就きましたが、少しずつ体に異変を感じ始めました。医師から、後遺症が後から出ることもあると説明を受けていたので、半年に1回の定期検診のたびに話し合いを重ね、最終的に首にネジを入れて固定する手術を受けることを決断しました。

編集部

闘病生活の中で、周囲の言葉に傷つくこともあったのでしょうか。

komari さん

私の中で一番嫌な言葉は「かわいそう」という言葉です。私自身は病気を受け入れ、おしゃれも諦めず、友人と食事や飲み会にも行きます。できないことは工夫しながら生活しているので、見た目だけで判断されることが、一番つらいと感じています。

装具「ターボメド」との出会い――できることが増え、再び社会へ

編集部

発症から約8年が経ちますが、ご自身の考え方に変化はありましたか。

komari さん

無理をしないことと、できないことをどう工夫すればできるようになるかを考えることを大切にするようになりました。ADL(日常生活動作)が向上するのであれば使えそうな道具は何でも、試してみる姿勢に変わりました。

編集部

2025年に新しい装具「ターボメド」と出会われたそうですが、それまではどのようにリハビリをされていたのですか。

komari さん

理学療法士さんと相談し、装具は使わない方向でリハビリを続けてきましたが、経過を見ながらADLをあげるために最終的に装具を使うことになりました。入院中にリハビリ時のみ使用していた装具は靴の中に装着するタイプで、靴選びに悩むことがありました。一方、ターボメドは靴の外側に装着するタイプで、複数の靴に付け替えて使用できる点が違っていました。

編集部

実際に使ってみて、日常生活にどのような変化がありましたか。

komari さん

初めて装着したときは衝撃を受けました。今ではできなかった階段の上り下りやエスカレーターを克服し、電車の乗り降りも一人でできるようになりました。以前は歩行器がないと外出できませんでしたが、リハビリを続けて両手のノルディック杖で外出できるようになり、装具をつけたことで杖だけで2日間、お祭りに参加することもできました。私にとって大きな目標だったので、達成できてうれしかったです。

編集部

SNSでの発信やヘルプマークについての発信は、どのようなきっかけで始められたのですか。

komari さん

脊髄腫瘍という病名で調べても情報が少なく、身近に同じ病気の人もいませんでした。同じ病気を探す人の役に立てれば、という思いと自分の記録として発信を始めました。ヘルプマークについては、立っているときや座っているときは障害があるように見えないため、見た目だけで判断しないでほしいという思いを込めています。

編集部

最後に、同じ病気や境遇にある方へメッセージをお願いします。

komari さん

とにかくリハビリを諦めないでほしいです。私自身、コツコツ続けてきたことが少しずつ自分の力になっていると感じています。小さなことでも諦めずに取り組んでみてもらいたいと願っています。

編集後記

脊髄腫瘍は、手足のしびれや筋力低下など、ほかの病気でもみられる症状から始まることがあります。脊髄髄膜腫はゆっくり進行することもあり、診断までに時間を要するケースもあります。原因の分からないしびれや筋力低下が続く、あるいは徐々に悪化する場合には、早めに医療機関へ相談することが大切です。右麻痺komari❤︎脊髄腫瘍さんの体験が、病気や麻痺があっても、自分に合ったリハビリや道具を探しながら生活の可能性を広げていくきっかけとなれば幸いです。

なお、メディカルドックでは病気の認知拡大や定期検診の重要性を伝えるため、闘病者の方の声を募集しております。皆さまからのご応募お待ちしております。