緊張すると下痢をする人の体内では、何が起きているのか。産業医の池井佑丞さんは「検査をしても腸に明らかな異常が見つからないのに、腹痛や下痢、便秘などのお腹の不調を繰り返す人がいる。その際に考えられる病気の一つが、過敏性腸症候群だ」という--。
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■日本人の約1割にみられる

会議中に突然トイレに行きたくなる、通勤電車の中で、「途中でお腹が痛くなったらどうしよう」と不安になる、出張先ではいつもと違う環境のせいか便秘や下痢が続く--。こうしたお腹の不調を「ストレスに弱いだけ」「昔からお腹が弱いから」と、体質のせいだと考える人も多いかもしれません。こうした症状の背景には、「過敏性腸症候群」が隠れていることがあります。

腹痛と便通異常を繰り返す「過敏性腸症候群(IBS)」は、決して珍しい病気ではありません。日本では、診断基準や調査方法によって差があるものの、有病率は6.1~14.2%、およそ1割の人にみられるとされています(日本消化器病学会. 2020)。

過敏性腸症候群は命にかかわる病気ではありませんが、仕事や日常生活に大きな影響を及ぼすことがあります。最近の研究でも、過敏性腸症候群の就業者の85.6%が仕事中のパフォーマンス低下を経験していたことが報告されており、身近な病気であり、決して軽視できない病気でもあるのです。(Goodoory et al., 2022)。

そんな、生活への影響も大きい過敏性腸症候群について、今回は、症状が起こる仕組みやストレスとの関係、食事の整え方など、上手に付き合っていくためのポイントを解説していきます。

■下痢のパターンも便秘のパターンもある

過敏性腸症候群は、腹痛や下痢、便秘、腹部膨満などのお腹の不調を繰り返す病気です。検査をしても腸に明らかな異常が見つからないのに症状が続くことが大きな特徴で、ストレスや生活環境など、さまざまな要因が症状に影響すると考えられています。

過敏性腸症候群は、便の状態によって「下痢型」「便秘型」「混合型」「分類不能型」の4つに分けられます(日本消化器病学会. 2020)。下痢型は、軟らかい便や水のような便が多く、急な便意に悩まされやすいタイプです。会議中や通勤中に突然トイレに行きたくなるため、外出先でトイレの場所を気にする人もいます。

便秘型は、便が硬くなったり、排便の回数が減ったりして、便が出にくくなるタイプです。腹痛やお腹の張りを伴うこともあります。混合型は、下痢と便秘の両方を繰り返すタイプで、分類不能型は、下痢型・便秘型・混合型のいずれにも当てはまらないタイプを指します。症状の現れ方は人によって異なりますが、共通しているのは、こうしたお腹の不調が繰り返され、日常生活に影響を及ぼすということです。

■ほかの病気でも起こる症状

過敏性腸症候群の診断には、国際的に用いられている「Rome IV基準」が参考にされます。最近3カ月の間、平均して週1日以上の腹痛があり、その痛みが「排便に関連する」「便の回数の変化に関連する」「便の形状の変化に関連する」という3つのうち2つ以上に当てはまることが診断の目安です(日本消化器病学会. 2020)。

ただし、これらの条件に当てはまれば過敏性腸症候群と決まるわけではありません。腹痛や便通異常はほかの病気でも起こるため、症状の経過やほかの病気を疑うサインなども確認したうえで診断されます。

また、過敏性腸症候群では、ストレスや心理的な負担によって症状が悪化することがあります。同じ人でも、仕事が忙しい時期や緊張する場面では腹痛や便意が強くなり、反対に休日などには症状が和らぐこともあります。こうした症状の変化には、脳と腸の密接なつながりが関係していると考えられています。

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■脳と腸は互いに影響し合っている

過敏性腸症候群を理解するうえで欠かせないのが、脳と腸は互いに影響し合う関係であるということです。緊張するとお腹が痛くなったり、強いストレスを感じると急にトイレに行きたくなったりするのは、その身近な例です。

脳が感じたストレスは、神経やホルモンなどを介して腸の動きや、腸から伝わる刺激の感じ方に影響する一方で、腸の状態も脳に伝わり、ストレスや感情などに影響を及ぼすことがあるとされています(Mayer et al., 2022)。こうした脳と腸の双方向のつながりは「脳腸相関」と呼ばれ、ストレスによって消化管の運動や知覚、分泌などが変化することが、これまでの研究で示されています(Konturek et al., 2011)。

過敏性腸症候群では、この脳と腸のつながりを通じて、ストレスが症状に影響すると考えられています(Mulak and Bonaz. 2004)。ストレスを感じると腸の動きが変化するだけでなく、腸から伝わる刺激を敏感に感じやすくなり、腸のガスや収縮など、通常なら気にならない程度の刺激でも腹痛や不快感につながることがあります(Schape and Stengel. 2022)。

■お腹の症状とストレスの悪循環

実際、ストレスと腹痛の関係を調べた研究では、ストレスレベルが1ポイント高くなると、健常者は腹痛のレベルが0.02ポイントの上昇だったのに対し、過敏性腸症候群の患者では0.10ポイント上昇していたことがわかっており、過敏性腸症候群患者はストレスが腹痛につながりやすいことが報告されています(Vork et al., 2020)。

さらに最新の研究では、過敏性腸症候群の患者において、ストレスが高まった後に症状が強くなるだけでなく、症状が強まった後にストレスも高くなるという双方向の関係が確認されました(Yunusova et al., 2026)。つまり、過敏性腸症候群では、ストレスがお腹に影響するだけではなく、お腹の症状がストレスを生み、そのストレスがさらに症状を悪化させるという悪循環が生じることがあるのです。

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■睡眠障害のリスクが約2.6倍

過敏性腸症候群による影響は、腹痛や下痢、便秘といったお腹の症状だけにとどまりません。仕事中のパフォーマンスや睡眠、心の状態など、日々の生活にも影響することがわかっています。

特に仕事への影響は無視できません。過敏性腸症候群の人のうち、85.6%が仕事中のパフォーマンス低下(プレゼンティーズム)を経験し、28.5%が病気を理由に仕事を休んでいました(Goodoory et al., 2022)。また、過敏性腸症候群によって失われた労働時間は週平均1.97時間に上ることも報告されています。

睡眠との関連も指摘されています。約6万人を対象としたメタ解析では、過敏性腸症候群の患者の37.6%に睡眠障害がみられ、健康な人と比べて睡眠障害のリスクが約2.6倍高いことが示されました(Wang et al., 2018)。腹痛やお腹の張りなどの症状が睡眠に影響するほか、睡眠の乱れが翌日の体調やストレスにも影響を及ぼし、悪循環に陥る可能性があるのです。

■不安や抑うつ症状との関連

さらに、過敏性腸症候群は不安や抑うつとも関連しています。海外の研究では、過敏性腸症候群の患者の39.1%に不安症状、28.8%に抑うつ症状がみられ、健康な人と比べると、不安症状は約3.1倍、抑うつ症状は約3.0倍多くみられることがわかりました(Zamani et al., 2019)。これは過敏性腸症候群が心理的な不調と密接に関連していることを示す結果です。

こうした仕事や睡眠、心理面への影響は、健康関連の生活の質(QOL)の低下とも関連することがわかっています(Cassar et al., 2020)。

このように、過敏性腸症候群は、お腹だけの問題と考えず、仕事や睡眠、心の状態まで含めて生活全体に影響する疾患として捉えることが必要なのです。

■「食事・症状日誌」をつける

過敏性腸症候群では、食事をきっかけに腹痛や下痢、便秘などの症状が悪化することがあります。

一般的に、脂質の多い食事やカフェイン、アルコール、香辛料などは、症状を悪化させる要因として報告されています。一方で、どの食品が、どの程度症状に影響するかには個人差があることも示されています(Clevers et al., 2020)。そのため、むやみに食事を制限するのではなく、何を、どのくらい、どのタイミングで食べたときに症状が出やすいのかを見極めることが大切です。

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その方法の一つが、食事と症状を記録する「食事・症状日誌」です。実際、過敏性腸症候群の患者を対象とした研究では、食事内容と消化器症状を日誌に記録することは、症状を誘発する因子の特定に役立つことが示されています(Wright-McNaughton et al., 2019)。食べたものだけでなく、食事の量や時間、便の状態、腹痛や腹部膨満なども記録しておくと、自分に合った食べ方を見つける手がかりになります。

さらに、過敏性腸症候群の食事療法として「低FODMAP食」があります。FODMAPとは、小腸で吸収されにくく、大腸で発酵しやすい糖質の総称です(日本消化器病学会. 2020)。こうした糖質を多く含む食品を一時的に減らすことで、腸内に水分やガスが増えるのを抑え、腹痛や腹部膨満、便通異常などの症状の改善に有効であることが示されています(Black et al., 2022)。

ただし、低FODMAP食は食品を長期間、一律に制限し続けるための食事法ではありません。一定期間食品を減らした後、少しずつ戻していき、自分に合った食べ方を探ります。自己流で極端な食事制限を長期間続けると、栄養の偏りにつながる可能性もあるため、必要に応じて医師や管理栄養士などに相談しながら取り組むことが大切です。

■完全になくすのではなく影響を減らす

過敏性腸症候群では、症状を完全になくすことよりも、症状が出やすいパターンを把握し、仕事や日常生活への影響を減らすことが大切です。まずは、次のような工夫から始めてみましょう。

・食事や症状を1~2週間記録する
食事の内容・量・時間、便の状態、腹痛などを記録し、自分にとって症状が出やすい食べ方や生活パターンを把握します。管理栄養士などによる食事指導を受けることも症状の改善に有効です。

・会議や移動の前は、症状が出やすい食べ方を避ける
脂質の多い食事やカフェイン、アルコールなど、これまでの記録から症状が出やすいと分かったものは控えます。重要な予定の直前に、初めて食べるものを試すのも避けましょう。

・食事の時間と量をできるだけ一定にする
朝食を抜いたり、一度に大量に食べたりせず、規則的な食事を心がけます。

・散歩や速歩など、無理なく続けられる運動を取り入れる
身体活動を増やすことも、症状改善に効果があると示されています。激しい運動をする必要はありません。継続できる範囲から始めてみましょう。

・外出先では、トイレの場所をあらかじめ確認しておく
会議室や訪問先、駅などのトイレを事前に確認し、「トイレに行けなかったら」という不安を減らします。

■自己判断で放置するのは危険

ただし、次のような症状や背景がある場合は、過敏性腸症候群以外の病気が隠れている可能性もあるため、医療機関に相談しましょう。

・血便、粘血便、黒い便が出る
・発熱を伴う
・6カ月以内に意図せず3kg以上体重が減った
・腹部にしこりがある
・50歳以降に初めて症状が出た
・大腸などの器質的疾患の既往歴や家族歴がある

また、こうした症状がなくても、夜間に腹痛や下痢で目が覚める、症状が急に変化した、以前より強くなってきたといった、これまでと明らかに違う変化があれば、自己判断で放置しないことが大切です。

過敏性腸症候群は、腹痛や下痢、便秘などの症状を繰り返すことで、仕事や睡眠、日常生活にまで影響することがあります。だからこそ、「お腹が弱いだけ」「ストレスのせい」と片づけず、自分の症状と向き合うことが大切です。

お腹の不調を我慢し続けるのではなく、症状とうまく付き合う方法を身につけることが、仕事も日常生活も無理なく過ごしていくための一歩になります。

※参考文献
・日本消化器病学会. 患者さんとご家族のための過敏性症候群(IBS)ガイド2023.
・Staudacher HM, Whelan K, Irving PM, Lomer MC. Comparison of symptom response following advice for a diet low in fermentable carbohydrates (FODMAPs) versus standard dietary advice in patients with irritable bowel syndrome. J Hum Nutr Diet. 2011 Oct;24(5):487-95.
・Johannesson E, Simrén M, Strid H, Bajor A, Sadik R. Physical activity improves symptoms in irritable bowel syndrome: a randomized controlled trial. Am J Gastroenterol. 2011 May;106(5):915-22.

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池井 佑丞(いけい・ゆうすけ)
産業医
プロキックボクサー。リバランス代表。2008年、医師免許取得。内科、訪問診療に従事する傍らプロ格闘家として活動し、医師・プロキックボクサー・トレーナーの3つの立場から「健康」を見つめる。自己の目指すべきものは「病気を治す医療」ではなく、「病気にさせない医療」であると悟り、産業医の道へ進む。労働者の健康管理・企業の健康経営の経験を積み、大手企業の統括産業医のほか数社の産業医を歴任し、現在約1万名の健康を守る。2017年、「日本の不健康者をゼロにしたい」という思いの下、これまで蓄積したノウハウをサービス化し、「全ての企業に健康を提供する」ためリバランスを設立。
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(産業医 池井 佑丞)