「まさか俺が老後破産することになるとは…」元大手企業の部長72歳夫(年金月18万円)、〈ずっと専業主婦だった74歳妻(年金月10万円)〉の急逝で陥った緊急事態【FPが解説】
夫婦で老後の生活設計を考える際、夫に万が一のことがあった場合の生活費を心配する人は少なくありません。一方で、妻が先に亡くなった場合については、どうでしょうか。妻の年金がなくなるだけでなく、日常生活にも大きな変化が生じます。なかには、収入が減る一方で、生活費は思ったほど減らないどころか、増えてしまうことも。今回は山本正一さん(仮名)の事例を通して、配偶者の死後の老後破産リスクについて、FP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が解説します。
「老後の心配はないと思っていた」穏やかな日々の突然の悲劇
地方都市に暮らす山本正一さんは、2歳年上の妻の和子さん(仮名)と2人暮らしをしていました。
正一さんは、現役時代に大手企業の製造部門にて部長職を務め、65歳で退職。退職時、マンションの住宅ローンを退職金で完済しています。マンションは、築年数が経過しているものの、駅やスーパーにも近く、老後の生活に不便はありません。
年金収入は、正一さんが月18万円、和子さんが月10万円。夫婦合わせて月28万円ほどです。和子さんは結婚後、長くパートをしながら主婦として家庭を支えてきましたが、結婚前に会社員として働いていた期間があり、老齢基礎年金に加えて少額の老齢厚生年金も受け取っていました。
さらに金融資産として、預金600万円と、生命保険の解約返戻金相当額1,400万円の計約2,000万円を保有。自宅も売却すれば1,000万円程度の価値があります。
「住宅ローンもないし、年金だけで普段の生活はできる。老後は大丈夫だろう」と正一さんは思っていました。
子どもたちはすでに独立し、孫にも恵まれました。年に何度か夫婦で旅行に出掛け、孫の誕生日にはプレゼントを贈る--。決して派手な生活ではありませんでしたが、お金に困ることもなく、穏やかな老後を過ごしていたのです。
ところが、ある冬の日に和子さんが浴室で倒れているのを正一さんが発見。救急車を呼びましたが、和子さんが帰ってくることはありませんでした。
突然の出来事に、正一さんはしばらく現実を受け入れることができません。それまで当たり前のように隣にいた妻がもういない。一人になったマンションは、驚くほど静かです。
和子さんが亡くなってから、正一さんの生活は少しずつ変わっていきます。
妻の死から3年、預金が底を突いた理由
妻を亡くしてから3年が経ち、75歳になった正一さんは同じマンションで一人暮らしを続けていました。
料理は和子さんに任せきりだったため、自分で作れるものといえば、ご飯を炊いたり、インスタントラーメンを作ったりする程度。最初のうちは簡単な食事で済ませていましたが、それも長くは続きませんでした。
「1人分だけ作るのも面倒だし、外で食べたほうが早いな」
次第に外食が増え、スーパーで総菜や弁当を買うことも多くなりました。
それだけではありません。
妻が亡くなってから、正一さんは近所のスナックに頻繁に通うように。若いころは会社の付き合いで飲みに行くこともありましたが、退職後はほとんど足を運んでいませんでした。
一人暮らしになってからは、家に話し相手がいません。寂しさから、店のママや常連客と話す時間が、正一さんにとって大切なものになっていました。他愛もない会話でも、正一さんにとっては誰かと話せるだけで気持ちが楽になったのです。
しかし、こうした生活の変化は家計にも表れていました。
妻がいたころ、夫婦の生活費は月28万円程度。年金収入の範囲でほぼ賄えており、預金を取り崩すのは旅行や家電の買い替えなど、まとまった支出があるときくらいでした。
ところが、妻が亡くなってからは、和子さんが受け取っていた年金月10万円がなくなり、収入は正一さんの月18万円だけになりました。一方、生活費は外食や交際費の増加などによって月34万円程度に。毎月の赤字は約16万円に膨らんでいたのです。
「1人になったんだから、生活費も安くなるだろう」
正一さんはそう考えていました。しかし実際は、妻がいたころよりも支出が増えている状態。ある日、銀行の通帳を記帳した正一さんは、残高を見て驚きました。
「えっ……もう、これしか残ってないのか?」
妻が亡くなったころには600万円ほどあった預金が、ほとんどなくなっていたのです。毎月16万円の赤字が3年間続けば単純計算で576万円になります。預金が底を突くと、正一さんは自身の介護資金用に残していた生命保険を解約し、解約返戻金を口座へ補填しはじめました。
まとまった現金が手元に来た安心感から、正一さんの金銭感覚はさらに麻痺していきます。スナックに行けば誰かが話を聞いてくれ、すでに正一さんにとってなくてはならない重要な場所になっていました。一人で過ごす夜の寂しさを考えると、その時間を手放すこともつらかったのです。
スナックへ通う頻度は、週に数回からほぼ毎日へと増えていきました。常連客にお酒をご馳走したり、ママにボトルを何本も入れたりすることで自分の存在意義を感じていたのかもしれません。子どもも独立し、妻もいなくなり、守るものがなくなり自暴自棄になってしまった部分もあるようです。しかし、解約返戻金も無限にあるわけではありません。
毎月の生活費と交際費は50万円近くにまで膨らみ、毎月の赤字額は30万~35万円へと増えました。年間で約400万円ものペースで資産が削り取られていき、75歳からわずか4年が経過した79歳のころには、保険の解約返戻金もついに枯渇。
金融資産がゼロになった正一さんは、残された資産である自宅マンションを売却する決断を下しました。売却によって約900万円の手元資金を得たものの、自宅を失ったため、家賃9万円の賃貸マンションへと引っ越さざるを得なくなります。
「これでまたしばらくは暮らしていける」と考えていた正一さんですが、外食癖やスナック通いの習慣を断ち切ることはできませんでした。さらに、80歳を超えて持病の治療費や通院費用がかさむようになり、家賃負担まで加わったことで、毎月の赤字は20万円を下回りませんでした。
マンションの売却資金も、わずか4年足らずで使い果たしてしまいます。その後は消費者金融で借金を繰り返しました。
「まさか俺が老後破産することになるとは……。こんな状態では孫にも会えない。子どもにも情けなくて頼れない」
毎月18万円の年金収入だけでは毎月の家賃と借金の返済すら賄えない状態に陥り、医療費や日々の食費にも事欠く老後破産を迎えてしまいました。
妻が亡くなっても遺族年金はもらえない?
正一さんのケースで注目すべきポイントの1つが、夫婦のどちらかが亡くなった場合の年金収入です。
老後の生活設計では、多くの場合は夫婦2人分の年金を前提に、毎月の収支を計算しているでしょう。しかし、夫婦のどちらかが先に亡くなれば、その人が受け取っていた老齢年金は原則としてなくなります。その際、一定の条件を満たせば、残された配偶者が遺族年金を受け取れる場合がありますが、亡くなった人の年金がそのまま遺族に引き継がれるわけではありません。
子のいない夫婦のどちらかが亡くなった場合に受け取ることができる遺族年金には、遺族厚生年金があり、年金額は、原則として亡くなった人の老齢厚生年金の4分の3を基礎に計算されます。
しかし、65歳以上で自分自身の老齢厚生年金を受け取っている場合には、自分の老齢厚生年金が優先して支給され、遺族厚生年金の計算額がそれを上回る場合には、その差額が支給される仕組みです。
正一さんの場合、和子さんには結婚前、そしてパート勤務時代に厚生年金加入歴がありましたが、正一さん自身の老齢厚生年金のほうが多かったため、遺族厚生年金を受給することはできなかったのです。
老後破産へ陥った根本原因
さらに深刻だったのが生活費の変化です。
妻が亡くなったことで年金収入は月10万円程度減少しました。加えて自炊をしてくれていた妻がいなくなり、外食が増えたことで食費が増えていたのです。それまで配偶者が担っていた家事を外部サービスなどで補うようになれば、支出が増えることもあります。孤独を紛らわせるための交際費も増加し、支出は月28万円から34万円、50万円と、倍近くに増えていき、2人だったころと比較すると、毎月の収支は悪化の一途を辿りました。
総務省「家計調査(2025年)」によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯では、1ヵ月の消費支出は平均26万3,979円。一方、65歳以上の単身無職世帯では14万8,445円となっています。夫婦2人から1人になっても、生活費は半分にはならないことがわかるでしょう。住居費や光熱費など、1人になっても大きく減らない支出もあります。
老後の生活設計では、夫婦2人で暮らしているあいだだけでなく、どちらかが先に亡くなった場合にも準備をしておく必要があり、生命保険の活用はその手段の1つです。
実際に死別が起きた場合には、まず、現在の収入と支出を整理し、今後の生活にどれくらいのお金が必要になるのかを把握しましょう。大切なのは、なににお金を使いたいのかを考え、優先順位をつけること。そして予算を決めること。収支を管理し、しっかりコントロールしてください。
人とのつながりを求めるのであれば、地域のボランティア活動や趣味のサークルといった選択肢も挙げられます。体力や健康状態に問題がなければ、短時間の仕事をして収入を得ることで予算を増やすこともできます。仕事を通じて人と接する機会が増えれば、収入面だけでなく、日々の生活にも変化が生まれるかもしれません。
人生には、時として今後の人生設計が大きく変わることもあります。そんなときこそ、現在の資産や収入、支出を改めて確認し、これからの生活を考え直す必要があります。
老後のライフプランニングは、夫婦2人の生活を考えて終わりではありません。どちらかが先に亡くなったあとも、残された人が安心して自分らしい生活を送れるよう、収入と支出の両面から備えておきたいものです。
小川 洋平
FP相談ねっと
ファイナンシャルプランナー

