井上拓真が引き込んだ“ボクシングの妙” ダウンを奪いながらも負けた那須川天心が漏らした「敗因」 計算外だった採点に天才は何を想うのか?「わかんねぇ…」

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井上拓真との壮絶な打ち合いにも堂々と応戦していた那須川天心(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKARAnext

王者の隙を突いた会心のヒット

 意地で食い下がり続けた。

 9月27日にトヨタアリーナ東京で行われたボクシングのWBC世界バンタム級タイトルマッチで、WBC&WBO同級1位の那須川天心(帝拳)は、王者の井上拓真(大橋)に0-3で判定負け。昨年11月の初対戦で敗れ、格闘人生初の敗北を味わった28歳は、ボクシングキャリア初の世界タイトル獲得の機をふたたび逸した。

【動画】井上拓真が突かれた一撃! 那須川天心が拳を突き上げたダウンシーン

 試合前から“いつも”とは違っていた。場内が割れんばかりの「天心コール」に包まれ、ファンが熱狂する中で、リングサイドで紹介を受けた天心は、アニメのキャラクターをオマージュしたパフォーマンスを封印。ジッと対峙した王者を睨み続けた。

 試合は序盤から王者ペースだった。天心の出方を見ながらも、前後左右にステップを踏みつつ機を見ては鋭いジャブやフックを繰り出した井上は、ポイントゲームを想定しているかのように、ボクシングの幅を見せながら手数を落とさずに挑戦者を苦しめていった。

 ただ、試合前会見で「本能で闘う。俺のボクシングをするだけ」と語った天心も食い下がる。場内にさらなる熱狂を生んだのは7回だった。

 互いに隙を突き合う鋭い攻防が終わった直後、井上がニヤッと不敵に笑った。ここを天才は見逃さなかった。相手が白い歯をのぞかせた刹那、グッと踏み込んで距離を縮め、鋭い左ストレートを相手の顔面にヒット。余裕を見せていた王者がガクッと崩れたのだ。

 ここで天心は一気呵成に攻めた。距離を取って間を作ろうとする井上にジャブ、ボディ、フックと怒涛の連打を繰り出し、攻めに、攻めた。しかし、ジャッジの見た「王者優位」を覆すことは叶わなかった。動揺の色すら見せず、淡々とリカバリーし続ける井上の憮然とした戦いに「これだけやっても無理か」と挑戦者の心は飲み込まれて行った。

 それでも防戦一方になることなく、王者との打ち合いで緊張感を保ったまま、初対戦となった10か月前よりもタフに戦い抜いた。ただ、自分に土をつけた王者との距離を縮めることはできなかった。

 会場からは「天心、負けてないよ」の声も飛んだ。返り討ちにされてもなお、止むことはなかった後押しに、とめどなく涙がこみ上げた。

試合後、控室に記者を呼び込み、緊急で会見を実施した天心(C)CoCoKARAnext

陣営の計算外だった序盤4ラウンドの採点

「悔しいですよね。今も何が何だか分からないです。ここまで本当に毎日、これだけやっても無理かって思いますね。自分は誠心誠意、日々…、なんていうか、応援してくれてる人もたくさんいて、負けって結果はすごい悔しい」

 試合後、恒例の会見は急きょ控室で行われた。そこで打ちひしがれた姿を見せた天心は、そう漏らした。

 やはりこみ上げたのは、悔しさ、そして絶望。渾身の一撃でダウンを奪っても、ポイントゲームで差を埋めきれない現実に歯がゆさがあった。

「ポイントというか、自分的にはすごく優勢というか。自分の中では『すべてやったぞ』という感じが出たんじゃないかなと思いました。ポイントとか、周りから見てどうだったかは分からないですが、体感として腹も効いていたし、顔も嫌がっていたので。本当、ボクシングで負けたなという感じでしたね。まあ、全部出し切りました」

 とりわけ天心がもどかしさを抱いたのは、序盤4ラウンド。終了時に公開採点で2者が王者リードと採点し、そのうちの一人は40-36と大差をつけた。

 プロボクシングの採点は、有効打と積極性、そして試合の主導権を握るリングジェネラルシップを評価する。そして、なるべくどちらかに優劣をつけるマストシステムを取っている。しかし、序盤の流れ、そして試合の雰囲気を変えたジャッジは陣営にとっても計算外だった。セコンドについた葛西裕一トレーナーも「ビックリしましたね。想定通りの展開だったので」と漏らしたほどである。

 この4ラウンドを「向こうは絶対ボクシングをしてくる」と思っていたという天心だが、「僕もそこで負けちゃいけない」と駆け引きを展開。同等以上にやれていたという手応えは十分にあった。だからこそ、「ボクシング。こんなに難しいかって思います」。

「倒すだけがボクシングじゃないんだなっていう。ダメージだけがボクシングじゃねえんだなって。ちょっとしたポイントだったりとか、なんか優位に見せるとか、そこの学びが必要なのかなって思いましたね」

 無論、2度負けたからと言って「限界」を感じたわけではない。だからこそ、余計に目に見える結果が歯がゆい。

「だってダウンも取ったし。自分の中では本当、負けた気はしていないんですよ。本当に『ボクシングで負けた』という感じです」

 会見後、複数人の記者と話し込む中で「よくわかんねぇ……」と漏らした。これほどまでもがく天心は見たことがない。天才は「幻想を壊す」と誓った井上拓真との第2戦で、ボクシングの沼にハマった。

 ここからどう抜け出すか--。「2回負けてますし、いろいろ考えますね」という答えは今すぐには見当たらない。

[取材・文/構成:羽澄凜太郎]