「これで老後は安心だね」〈退職金3,100万円〉65歳夫の定年を喜んだ63歳妻…わずか3ヵ月後に崩れた“二人の老後計画”
定年が近づくと、退職金や預貯金、年金などを確認し、これからの生活を思い描く夫婦もいるでしょう。十分な資金を準備できたと思っていても、その後の暮らしが想定どおりに続くとは限りません。長年、夫婦で老後を過ごすつもりだった63歳女性も、夫の定年を境に、それまで考えていた将来が大きく変わることになりました。
「これからは二人でのんびり」のはずが…夫から告げられた離婚
「退職金が入ったとき、これで老後は何とかなると思ったんです」
そう振り返るのは、63歳の美智子さん(仮名)です。
65歳の夫・和夫さん(仮名)とは結婚して36年。2人の子どもはすでに独立しています。
和夫さんは大学卒業後から同じ会社に勤め、60歳以降も再雇用で勤務。65歳で仕事を終えました。退職金として受け取ったのは約3,100万円です。
美智子さんも結婚後ずっと専業主婦だったわけではありません。子どもが中学生になってからパートを始め、50代以降は週4日ほど働いてきました。
夫婦には退職金とは別に約1,600万円の預貯金があり、住宅ローンも完済しています。
「旅行に行ったり、家を直したりしながら、あとは年金と貯金で暮らしていくんだと思っていました」
ところが、和夫さんが退職して3ヵ月ほど経ったころです。夕食後、夫から「話しておきたいことがある」と言われました。
「離婚したいと思ってる」
美智子さんは、すぐには意味が理解できなかったといいます。
大きなけんかが続いていたわけではありません。ただ、子どもが独立してから会話は減り、休日も別々に過ごすことが多くなっていました。
和夫さんは「これから先まで、このまま夫婦として暮らすのは違うと思う」と話したそうです。
「私は、夫婦仲がすごくいいと思っていたわけではありません。でも、離婚するほど悪いとも思っていなかった。何より、老後は二人で暮らすものだと思い込んでいました」
話し合いはすぐにはまとまりませんでした。
数日後、少しずつ今後の生活を考え始めた美智子さんが、真っ先に不安を感じたのがお金のことでした。
夫の退職金3,100万円、預貯金1,600万円、そして自宅。これまで「夫婦の老後資金」と一括りにしていた財産が、離婚したらどうなるのか分かっていなかったのです。
法務省によると、離婚時の財産分与では、夫婦が共同生活を送るなかで形成した財産を公平に分配することが基本です。一方の名義になっている財産でも、夫婦の協力によって形成されたものであれば財産分与の対象となります。家庭裁判所の審判では、共働きだけでなく一方が専業主婦・主夫だったケースでも、夫婦の財産を2分の1ずつに分けるよう命じられることが多いとされています。
ただし、「夫の退職金が3,100万円だから、妻が自動的に1,550万円を受け取れる」という意味ではありません。
財産分与では、婚姻中に夫婦の協力によって取得・維持した財産を確認していく必要があります。婚姻前から所有していた財産や、相続・贈与によって得た財産などは原則として対象にならないとされています。
美智子さんはそこで初めて、夫の退職金だけを見るのではなく、夫婦が持つ財産全体を整理することになりました。
妻が初めて計算した「一人になったあとの生活」
預貯金、保険、自宅、退職金。専門家にも相談しながら整理を進めるなかで、美智子さんがもう一つ確認したのが年金でした。
「夫の年金で二人で暮らす、くらいにしか考えていなかったんです。自分がいくら受け取れるのか、ちゃんと見たこともありませんでした」
離婚した場合には、婚姻期間中の厚生年金記録を分割する「年金分割」の制度があります。
厚生労働省によると、当事者の合意や裁判所の決定による「合意分割」では、婚姻期間中の厚生年金の保険料納付記録について、分割後の割合を定めることができます。また、2008年4月以降の第3号被保険者期間については、一定の条件のもと、相手方の厚生年金記録を2分の1ずつに分割する「3号分割」の仕組みがあります。
ここで注意したいのは、夫が受け取る年金そのものを単純に半分にする制度ではないという点です。
美智子さんも年金分割を含め、自分が65歳以降に受け取る見込み額を確認しました。そして初めて、一人暮らしになった場合の家計を紙に書き出しました。
住居費、食費、水道光熱費、通信費、保険料。さらに医療費や家電の買い替えなど、毎月ではない支出も見込んでおきます。
「それまでは3,100万円という数字が大きく見えていたんです。でも離婚するなら、『夫婦でいくら持っているか』ではなくて、『自分がどんな生活をして、そのためにいくら必要なのか』を考えないといけない」
自宅をどちらが取得するのか、財産をどのように分けるのかについては、夫婦の話し合いが続いています。
美智子さんは当初、「離婚されたら老後のお金がなくなる」と思っていました。しかし、財産分与や年金分割について調べるにつれ、その認識も変わっていったといいます。
一方で、「半分もらえるなら安心」と単純に考えられるものでもありません。
現在63歳の美智子さんには、この先長い生活があります。厚生労働省『令和7年簡易生命表』でも、60代女性には平均して20年以上の余命があることが示されています。老後資金を考える際には、目の前にある資産額だけでなく、その資金で何年間、どのような生活を支えるのかという視点も欠かせません。
「離婚するかどうかとは別に、お金のことを知らなさすぎたと思います。夫がいくらもらって、貯金が全部でいくらある。それだけで安心していたんですよね」
離婚をする予定がなくても、夫婦のどちらか一方だけが家計や資産を把握している状態には注意が必要です。
預貯金や不動産などの資産、年金の見込み額、毎月の生活費をそれぞれが把握しておけば、離婚だけでなく、配偶者との死別や病気などで家計の形が変わった場合にも役立ちます。
「夫婦でいくらあるか」を知るだけでなく、「一人になった場合に何が残り、いくら必要なのか」まで確認しておくことも、長い老後に備える方法の一つといえるでしょう。

