“余命宣告を受けたがん患者”が本格的な治療を前に「友だちと宴会を開いた」納得の理由…「結果的には正解でした」
「前もって話しておきたいことがあるんだ」
大学卒業後、テレビ局で数多くのドキュメンタリー番組や教育番組の企画・制作に携わり、退職後は大学でメディア論について教えてきたY・Jさん(62)。その日常は、2024年7月に膵臓がんの告知を受けたことで大きく変化します。自身の状況を「がん世界の住人になった」と表現するY・Jさんには、その事実を友人たちに伝えるために頭を悩ませた時期がありました。【Y・J/大学教員、映像作家】
※個人情報およびプライバシーに配慮し、内容の趣旨を違えない範囲で一部の表現を変更しています。
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2年前(2024年)の8月、がんの宣告を受けてから、実際に治療が始まるまでにはまだ少し間があった。その間にも、私には友人たちと会う約束がいくつか入っていた。友人には包み隠さず話そうと決めていたものの、実際に会ったときに、どう切り出せばいいのかということには少し悩んだ。

とはいえ、深く考えたところで最適な答えが見つかるような気もしない。それなら、いろいろな話をする前に、最初に話してしまったほうがいいだろうと思った。普通の会話をしながら、頭の片隅では「このあと病気のことを話さなければ」と考え、それを相手に悟られないようにしながら、いい感じに会話を続ける。そんな技能が自分にあるとは思えなかったからだ。実際には、例えばこんな感じだった。
「今日も暑いね」
--うん。ちょっと前もって話しておきたいことがあるんだけど。
「……」
--実はさ、がんになったんだ。
「……」
--それも、あんまりいい感じじゃなくて、膵臓がんでステージが4だっていうから、平均余命としては1年ぐらいらしい。
「なんとなく予感があった」
ここまで言えば、とりあえず話の要点はすべて吐き出したことになる。一方的ではあるが、私は言うだけ言って友人の顔を見る。あからさまに表情を変えるわけではない。それでも、ショックを受けていることは伝わってきた。もしかすると、かなり無理をして平静を装ってくれていたのかもしれない。涙を浮かべてくれる人もいた。
ただ、私自身があまり感情的なやり取りを望んでいないことを汲み取ってくれたのだろう。泣きながら抱き合うといったような展開にはならなかった。「なんとなく予感があった」と言ってくれる友人もいた。
どこでその予感を感じたのかはわからない。妻に伝えたときのように、事前にどこかで匂わせるようなやり取りをした記憶もほとんどない。だとすれば、その日、会った瞬間の私の表情や雰囲気から、何かを感じ取ってくれたのかもしれない。あるいは、もっと別の次元で何かを感じたのかもしれない。しかし、あまり細かく追求すべきことではないと思われた。
そして私は、もう一つ、伝えておきたいと思っていたことを話した。
--いろいろ気になると思うんだけど、未来のことはわからないと思っている。
--なので、できればこれまで通り、誘ったり誘われたりしたいと思っているんだ。
そのあとは、宣告を受けたときのことなどを冗談まじりに話したりしながら、できるだけ普段通りの会話を続けた。友人たちは調子を合わせてくれた。ありがたく思った。
がんになったことをきっかけに、あえて私の側から友人たちに働きかけたことが一つあった。友人たちを集めて宴会を開くことだった。
何とも言えない下心
もともと私は友人たちをつなげるような会を企画するのが好きだった。自分とはそれぞれ違うルートで知り合った友人同士が、何かのきっかけで出会い、そこで話が合い、私とは関係のないところで新しい友人関係をつくっていく。不思議なものだが、その様子を見るのが私はこの上なく好きだった。自分が誰かと親しくなることとはまた違った喜びがそこにはあった。だから、可能なうちにその幸せを少しでも実現したいと考えた。
もっとも、そこにはちょっとした甘えもあった。
私が余命宣告を受けたという状況であれば、普段は忙しい友人たちにとっても、「それなら集まろう」というモチベーションになるのではないか。そんな、何とも言えない下心があった。
自分の病気を利用してまで、なぜそんなことがしたかったのか。今から振り返ると、少し不思議な感覚でもある。ただ、これは結果的には正解だった。
後の話になるが、抗がん剤の治療を始めてみるとやはり身体への負荷は大きかった。自分が主催して会食を開こうと思っても、主催者である自分自身が当日キャンセルする可能性を最初から織り込まざるを得なくなった。
もちろん、友人たちは事情を理解してくれるだろう。それでも、こちらには遠慮がある。自分の体調次第で予定を変えてもらうことを前提に、勝手気ままに会食の予定を入れるわけにもいかなかった。
治療が始まる前の私は、そこまで深く考えていたわけではない。それでも、元気なうちに早めに声をかけておいたことは、間違ってはいなかったと思う。
第2回【膵臓がん患者(62)が『イン・ザ・メガチャーチ』を読んで気づいた“雑談”という名のケア 自分の弱さを語ること、誰かの弱さに耳を傾けること】では、がんになって初めて知った、雑談がもたらす意外な効用について詳報している。
Y・J
1963年生まれ。京都大学大学院を経て、テレビ局に就職し、数多くのドキュメンタリー番組や教育番組を手掛ける。退職後は大学に転職し、現在も教員としてメディア論や社会学などを教えている。
デイリー新潮編集部
