「暗渠が関係か?」なぜ渋谷区の住宅街に湧き水が…現場取材でわかった意外な“歴史的背景”
渋谷区の道路から水が湧いた
初台は東京都渋谷区だが、区の北端にあたりエリア的には新宿に近い。繁華街の喧騒から少し離れた住宅街が広がる場所だ。その一角で道路の路面から水が流れ出し、道路上を伝っている奇妙な光景があるとSNS上で話題になった。
山奥などであれば、地中から水が湧き出る光景も珍しくはないが、都心の道路から絶え間なく水が湧き出しているとなれば話は別だ。SNSでは、水の出所について、かつて存在した水路などが地下に埋設された「暗渠(あんきょ)」と関係しているのではないかとの声も出ていた。
この水はどこから現れたのか。現地を訪れて取材すると、現在の街並みからは見えてこない歴史の一端を知ることができた。
現場は、京王線初台駅と幡ヶ谷駅の間、代々木郵便局の横にある道路だ。脇道に入り、緩やかな坂を少し上ると、アスファルトの濡れた路面が目に入る。取材当日は快晴で、夕立のような突発的な雨もない。それなのに2車線道路の路面の約半分が濡れている。
道路端のL字側溝には砂利が敷き詰められており、その間を澄んだ水が路面の低い方向へと流れていた。まるで川の源流のような光景だ。地域住民にいつごろからあるのかを聞くと多くの人が「昔から」だと答えた。少なくともここ最近現れたものではないらしい。
渋谷区にも聞いてみたが…
現場の近くで働いているという40代の男性は「気になっているんですけどよくわかりません」と話す。
「ちょっと記憶が定かではないんですけど、少なくとも3~4年前からあったような気がします。ずっと水が流れているんで『なんだこれ?』とは思っていましたけど、いつの間にか気にもしなくなっていました」
何人かに話を聞いたが、具体的なことはわからなかった。しかし、この何年かは途絶えることなく水が流れ続けているという。
渋谷区も道路から水が流れ出る奇妙な現象について認知はしているようで、道路脇に置いてあるカラーコーンには〈通行の際は足元に十分注意してご通行ください〉と書かれている。渋谷区土木部道路課に話を聞いた。
「現在確認できている範囲では’18年ごろから発生していたと記録があります。ただ、現時点ではその詳細な発生原因については調査中であり、具体的に何が原因となっているかは特定できていません。
この地域は、古くから湧水や川などの多い場所であることから、そういった地理的な特性が影響している可能性も考えられますが、現段階で断定はできず、正確なところはわかっていません」(渋谷区土木部道路課)
道路工事によって水が流れるようになった可能性については、「工事によって水が湧いたといった話はない」とはっきりと否定した。
渋谷区への取材では、湧水の発生原因を特定することはできなかったが、少なくとも暗渠とは関係がなさそうだ。残された手がかりは、現場の道路に面してひっそりと佇む、白玉稲荷大明神と呼ばれている小さな神社だ。
代々木八幡宮の宮司が語った“歴史”
境内へ足を踏み入れると、昔ながらの手押しポンプがあった。道路の湧水がある地点から、5mほどしか離れていない場所で、地下水を汲み上げるためのものとみられる。実際にハンドルを上下させると、水が流れることは確認できたため、現在も地下水はあるようだ。
道路からの湧水と、そのすぐ脇にあるポンプ。両者の水源が同じである可能性は十分に考えられる。それならば、井戸の由来を聞けば、湧水についての手掛かりが得られるかもしれない。現在この白玉稲荷大明神を管理している代々木八幡宮に取材を申し込み、話を聞いた。
「白玉稲荷社のご創建ははっきりしませんが、源義家時代の落ち武者の祠とも伝えられ、当時、この一帯を所有していた並木家の敷地内に建てられたお社です。もともとは、現在の渋谷区スポーツセンター総合グラウンド内にあった谷間の奥の川沿いに鎮座していたそうです。
1947年(昭和22年)、崖の崩落により参道などが倒壊したため、遷座され、’03年以降、並木家が創立した文化学園から代々木八幡宮の管理になりました」(代々木八幡宮宮司、以下同)
井戸が掘られたのは、神社が遷座された頃ではないかという。
「境内には龍神さまも祀られていることから、この一帯には水脈があり、井戸も多く、古くから水神信仰があったものと思われます。水源については、初台や代々木山谷(現在の代々木4丁目)付近に何ヵ所かあったようで、童謡『春の小川』で知られる河骨川も、その支流の一つだったと聞いたことがあります。代々木郵便局の向かい側あたりには、現在も不自然な形で残された小道や階段が残っており、これらはかつて流れていた川の跡だといわれています」
これらの歴史は白玉稲荷大明神の先代宮司から伝え聞いたものだという。この一帯には豊かな水源があり、いくつもの小川が流れていた。その痕跡は、姿を変えながらも現在の街並みの中に残されている。道路の湧水は、白玉稲荷大明神の井戸と同じ地下水脈に由来する可能性が高い。しかし、「少し前まではこれほどの水量はなかった」という。
「山手トンネルができて水路が変わったのではないかと、近隣の方が噂していたのを聞いたことがありますが、定かではありません」
「宇田川」の源流の一部か?
山手トンネルは、1992年に着工。高松入口(豊島区)から順次開通・延伸され、’15年3月7日に大井JCT(品川区)までの全線開通によって全長18.2kmとなった。高速道路トンネルとしては世界一の長さを誇る。その場所は湧水が確認された地点から数百mしか離れていない。
これはあくまで考察だが、もともと地下水は、道路から地表にわずかに染み出す程度か、地上まで水が湧いていない状態だった。それが、山手トンネルの建設・掘削工事に伴う地下環境の変化によって長い時間をかけて流れを変え、今の場所から湧き出るようになったのではないか。
代々木八幡宮宮司が言っていた「この一帯にあった水脈」が集まったものが、かつて初台一帯を流れていた「宇田川」と呼ばれる河川だ。ここには現在の渋谷区代々木4丁目、初台、西原、大山町、上原などを源流とする複数の支流が流れ込んでいた。
湧水はこの宇田川の源流の一部が地表に現れたものだといえそうだ。現在の代々木4丁目にあたる場所には、旧土佐藩主・山内侯爵邸があり、その邸内には湧水による池が存在したと伝えられている。現在では住宅や道路が広がる地域だが、昔は地中から湧き出る水が周辺の土地を縫うように流れていたと思われる。
周辺には、小川が流れていたことをうかがわせる痕跡が現在も残されている。今回、湧水が確認された場所の近くの路地を散策すると、かつては水路だったと思われる小道を、橋の欄干のような謎の物体がさえぎっている場所があった。親柱にあたる部分には「初台橋」と刻まれており、欄干には〈昭和34年(1959年)9月竣功〉と記されていた。宇田川が1964年の東京オリンピックを前に暗渠化されたことを踏まえれば、この橋は完成からわずか数年で、その役目を終えたのかもしれない。
初台の湧水は開発によって市街地になる前からもともとこの地にあった。一度はアスファルトに覆われて姿を消したが、何らかの原因で息を吹き返したのだろう。
取材・文・写真:白紙緑
