一転コメ余りで「新米より古米が高い」異常事態! 裏で蠢く農水省“59万トン隔離”と利権のカラクリ
新米より古米が高い異常事態
’26年産の新米がスーパーの店頭に並び始めた。
農協がコメを集荷する際に農家に前払いする「概算金」が、’26年産米は全国各地で前年より2~4割低く設定されているという。概算金の下落により、コメ売り場では異変の兆しが見られる。現時点で売り場の大半を占める’25年産米の価格が、’26年産の新米価格を上回る「逆転現象」が起きつつあるようなのだ。
新米より古米のほうが高いとなれば、まさに前代未聞の事態である。
「宮崎県や高知県などの早場米は安く販売されていますね。ただ、新米のほうが安いという現象は、一部のコメに限られるんじゃないでしょうか。価格が逆転しないように、農水省が備蓄米の買い戻しを加減したようですから」
農業経済学者の大泉一貫・宮城大名誉教授はそう見解を示す。
鈴木憲和前農相が会見で、’25年に放出した政府備蓄米を21万トン買い戻すことを表明したのは今月1日。翌2日には農林水産省が、今月18日に買い戻しに向けた見積もり合わせを実施すると公示した。
「令和の米騒動」のコメ不足と価格高騰の緩和策として、’25年に放出された政府備蓄米は計59万トン。このうち31万トンが買い戻し条件つきの一般競争入札、28万トンが小売業などを対象にした随意契約で売り渡された。入札備蓄米の9割を落札したのはJA全農(全国農業協同組合連合会)だ。
ところが「令和の米騒動」から一転、’26年は市場にコメが余っている。’25年産米の在庫がダブつく中、価格の暴落を懸念する農協や農家から備蓄米の買い戻しを求める声が高まり、自民党の農林族議員も早期の実施を要請。鈴木前農相は6月ごろから、官邸首脳に買い戻しを働きかけていたとされる。
それがなぜ、買い戻しは9月にずれ込んだのか。
「物価対策を最優先したい官邸から『米価の高止まりに直結する買い戻しなどできない』とブレーキがかかったため、米価が下がり基調に転じる時期まで発表を遅らせざるを得なかったんでしょう。農水省としては、もっと早く買い戻してある程度の高値を維持したかったはずです」(大泉名誉教授・以下同)
買い戻す量についてはどうなのだろう。6月末時点のコメの民間在庫は適正水準の180万~200万トンを上回る過去最大の243万トン。買い戻し量21万トンは、市場の余剰感を払拭するにはほど遠い数字だ。
「現在、民間在庫は適正水準より40万~60万トンも多い。政府が21万トンを買い戻して市場から隔離したところで、全体の過剰基調は変わりません。
農水省は政府備蓄米100万トンを、日本の食料安全保障に直結する適正水準としています。しかし、’25年に放出した分をそのまま一気に買い戻せば、需給が緊迫して再び価格が跳ね上がり、世論の反発を招きかねません。買い戻し量21万トンは、世論を刺激しない範囲で備蓄体制を再構築するための第一弾ということではないでしょうか」
計59万トン隔離のカラクリ
「21万トンの買い戻し」だけでは、農協や農林族が望む米価下落の歯止めにはならず、市場の過剰基調を抑える効果も乏しい。大泉教授は「実は、農水省は別の施策で’25年産米の市場隔離を進めている」と明かす。
その施策とは、コメの需要に応じた安定的な供給と米価の値崩れを防止するために、倉庫料などコメの保管経費を国が一部補助する「米穀周年供給・需要拡大支援事業」だ。
「買い戻す21万トンのほかに、農水省は『米穀周年供給・需要拡大支援事業』の一つとして、支援することで集荷業者や卸業者など民間に備蓄を求める実証事業で6万トンを積み上げているんです。さらに、この支援事業で各地のJAに対して倉庫の保管料を補助し、余剰在庫32万トンを出荷しないよう要請しています。買い戻しの21万トンに6万トンと32万トンを足すと、ちょうど59万トン。’25年に放出した備蓄米と同量になるわけです。
農林族議員は21万トンで終わらせず追加の買い戻しを迫っていますが、農水省はこの支援事業を使って巧みに対処しようとしている。そのほうが政策としてソフトであり、世論の批判も受けにくいという思惑があるのでしょう」
『米穀周年供給・需要拡大支援事業』に申請し、「’27年3月まで出荷しない」との条件で’25年産米を倉庫に保管し続ける農協などの集荷業者には、国から補助金が出る。’25年産米の在庫を大量に抱え込む農協は、大きな痛手を負わずに済むというわけか。
「国が保管経費を補助する対象は、ほとんどが農協関連組織です。今回の備蓄米の買い戻しにしても、昨年の放出時に買い戻し条件つきの一般競争入札で売り渡した31万トンの大部分をJA全農が落札したため、筋論からいえば政府は全農から買い戻すことになります。
しかし昨年放出した備蓄米は、買い戻し義務のない随意契約で小売業者などにも28万トン売り渡している。本来、市場から買い戻すのであれば、流通に関わるすべての業者から買い戻すのが筋です。
保管料の補助も備蓄米の買い戻しも、利権が絡んでいるんでしょう」
逆転現象を防ぐ役人の浅知恵
農水省の発表によると、9月7日~13日に全国のスーパーで販売されたコメ5キロ当たりの平均価格は2971円。販売数量の8割近くを占める銘柄米は2988円。3000円を下回ったのは約2年ぶりだ。
では、概算金が’25年産の2~4割低い新米の価格はどうか。『日本農業新聞』によると、’26年産の概算金は主産地で60キロ当たり1万7000~1万8000円の提示が中心だという。
「概算金は’24年が高騰し、’25年は暴騰しました。今年の概算金は’24年の高騰した概算金と同程度に戻っただけ。
’24年産米の概算金は今年と同じ1万7000円から1万8000円で、10月ごろの販売価格が5キロ3100円ほどだったんです。概算金をベースに考えると、’26年産米の販売価格が’24年産と同じペースで推移すれば、10月ごろの価格は3100円あたりが中央値になるんじゃないでしょうか」
つまり、’25年産米と新米の価格が「逆転」とはならない。これは農水省の狙い通りの着地点なのだろうか。
大泉名誉教授は「単なる役人の浅知恵」と切り捨てる。
「通常であれば農水省は、’26年産米の生産調整か’25年産米の大規模な市場隔離のいずれかを選択していたはずです。しかし、物価高の中で露骨な策をとれば、世論が黙っていない。どちらにも踏み切れない手詰まりの状況に追い込まれたわけです」
そこで農水省が考え出したのが、表面上のつじつま合わせだった。
「表向きの買い戻しを21万トンに留め、『価格はマーケットで決まる』というポーズを見せる。その裏で、集荷業者や卸業者の在庫を『米穀周年供給・需要拡大支援事業』などで倉庫に足止めし、’25年産米の暴落を防ぎながら’26年産米の価格帯へソフトランディングさせようと画策した。
農水省にとって最悪のシナリオは、備蓄米の過剰な買い戻しによって『古米が高く、豊作の新米が安い』という逆転現象を固定化させること。それを避けるために小策を弄したんでしょうね」
農水省の現実逃避と政策破綻
農水省はもう、こざかしい調整やごまかしに終始するのをやめて、抜本的なコメ政策の転換に舵を切るべき--。大泉名誉教授はそう迫る。
「現行の需給管理システムは、需要を正確に読み、それに基づいて生産調整をすることになっています。実際には、予測のズレからコメの不足と過剰、価格の高騰と下落を繰り返し、消費者と生産者の対立を生み続けてきた。このシステムに欠陥があることは、令和の米騒動ではっきりしたわけですよ。
『需要に応じた生産』を明記した今回の食糧法改正(7月成立)を機に、本来であれば市場原理を取り入れ、需要と供給をコントロールする実験事業に乗り出すべきでした。現物や先物などの商品市場を作り、マーケットの自由な取引によって価格が決まるようにする。需給システムの転換、生産調整の廃止、稲作の構造改革(大規模化)、海外市場の開拓、これらをパッケージにしてコメ政策を変革しなければいけない時期に来ているんです。
あと10年で農家はゼロになるというシミュレーションもある。海外市場を展望したコメ政策なしにはやっていけません。しかし、青写真を描いて設計図を書ける人材が、今の農水省にはいないんです」
その農水省、現実に背を向け、痛い主張を展開している。総務省による2人以上世帯を対象にした「家計調査」を根拠に、「コメ消費全体の減少傾向は見いだせず、国民のコメ離れは進んでいない」との分析を発表したのだ。
「メディアや専門家から『コメ離れ』を指摘され、反論したかったんでしょう。的外れもいいところです。コメ価格の高騰によって、全体の需要量は過去最低の683万トンにまで落ち込んでいます。家計消費の数字が横ばいに推移しているとしても、それは安価な海外産米への置き換えが進んだからであり、国産米離れは確実に起きているんです。
農水省はその事実を重く受け止めるどころか、海外産に取って代わられたことを喜ぶかのような理屈をこねている。あきれるほかありません」
日本の食料安全保障について、「国民に対する食料の安定供給には、農業生産基盤などの供給能力確保が重要であり、農業及び食品産業の発展を通じた能力維持が図られなければならない」と説明する農水省が、この体たらく。……情けない。
▼大泉一貫(おおいずみ・かずぬき)農業経済学者、宮城大学名誉教授。1949年、宮城県生まれ。東京大学大学院農業系研究科修士課程修了。宮城大学教授、同副学長などを歴任。著書に『日本農業の底力』(洋泉社)『希望の日本農業論』(NHK出版)『フードバリューチェーンが変える日本農業』(日本経済新聞出版)など。
取材・文:斉藤さゆり
