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「こんなに苦しそうなのに、なぜプールに入るのか」

【写真で見る】「毎日、命削ってる」ひたむきに練習する池江選手の姿

そう聞くと、池江璃花子は少し間を置いた。好物のウナギを前に、彼女は静かに答えた。

「一番の根本はやっぱり水泳が好きだから。どんだけ『もう無理だわ、水泳』と思っても、水に入った瞬間に嫌いって思えなくて、どうしても」

「天才じゃなくなったなら、努力するしかない」

取材は今年1月に始まった。朝7時からのトレーニングを終えると、9時にはプールに入る。午前も午後も、泳ぎ込みとウエイトに励む日々。カロリーを補うための間食は、ツナとマヨネーズおにぎりだった。

池江璃花子は現在26歳。2000年に東京・江戸川で生まれ、3歳で水泳を始めると、14歳にして50mバタフライの日本一に輝いた。

18歳の夏に臨んだジャカルタのアジア大会では、圧倒的な強さで6冠を達成。24秒53を記録した50m自由形での金メダルは、実況の声が裏返るほどの圧巻の泳ぎだった。彼女が現在も保持している個人10種目の日本記録は、すべてこの18歳までに樹立したものであり、いまだ誰にも塗り替えられていない。

だが、その翌年、白血病が彼女を襲う。 

1年半に及ぶ闘病生活を経て復帰を果たしたものの、一度失った筋肉は易々とは戻らなかった。

「水泳始めた時から18歳まで積み上げてきたもの。いろんなものが混ざり合ってあれができてたけど。天才じゃなくなったんだったら、努力するしかないなって思って」

「こんなところで終わるのは、もったいない」

2025年から指導を受けるのは、高城直基コーチ。数々のオリンピックメダリストを育て上げてきたベテラン指導者だ。2年後のロサンゼルスオリンピックに照準を合わせ、二人三脚での歩みを続けている。 

「技術的に見れば世界一」コーチも選手たちも、彼女の泳ぎをそう評する。水の抵抗を極限まで減らす動きに、まったく無駄がない。水面を滑るような姿は美しくさえある。

トップスピードは以前と変わらない。だが、その持続にはさらなる力とメンタルが求められる。

「復帰してからは苦しいことばかり。試合に出ても結果を出せず、劣等感に苛まれる」と彼女は明かす。2025年8月の世界水泳(シンガポール)では、得意の50mバタフライで決勝進出を果たせなかった。

それでも、彼女はプールに向かう。

「速くなりたいし、やっぱり水泳の人だって、もう1回思ってもらいたい。こんなところで終わるのは、もったいない気がする」

0.01秒の世界で「毎日、命削ってる」

池江は勝負を分ける0.01秒の感覚について次のように語った。

「0.1秒も0.2秒もめっちゃ遠いです。1秒なんて果てしないですよ。簡単にできるもんじゃないです」

現在の自身の立ち位置を「中途半端。世界ランクも十何番とかで、決勝にも行けないんかい!みたいな」と冷徹なまでに客観視する。

だからこそ、練習への打ち込み方は苛烈を極める。合宿中、調子が上がらない苛立ちを抱えながら、練習開始の1時間前から黙々とストレッチをする姿があった。ウエイトトレーニングのやり過ぎで腰を痛めたこともある。それでも、一日一日納得するまで練習をやめられない。

「毎日命削ってる思いでトレーニングしてるんで。人間って一生に心臓が動く回数が決まってるみたいに言うじゃないですか。だったら私、多分早死にするんだろうなって思うくらい。でも、楽しいんですよね。練習するの好きだし」

所属クラブが主催する水泳教室で子どもたちを指導した際、質疑応答の場で彼女の本心が垣間見えた。 

「努力したら努力した分だけ結果が出るわけじゃない。自分でもこんなに努力したのになんでこんな結果が出ないんだろうって思う時もたくさんあって。だけど、そうやって努力をしたかしてないかを考えてる時点で、自分は果たしてもう死ぬ気で努力をしてきたのかって問いたくなる」

「水の中にいるからこそ、自分」

5月のシドニーでの国際大会では、痛めた肩を抱えながら出場。50mバタフライで優勝を飾ったものの、納得のいく泳ぎには程遠かった。8月のパンパシフィック水泳選手権では6位に終わり、自己ベストには0.8秒及ばなかった。 

焦り、不安、そして葛藤。それでも彼女はプールに入るとき、一礼を忘れない。支えてくれるすべての人に、そして水の神様に感謝を込めて。

「これが自分の居場所というか、水の中にいるからこそ自分」

逃げたいと思う自分がいることも、隠さずに認めている。それでも挑戦を続ける理由はシンプルだ。

「自分が決めたから。逃げられないし、逃げたくないし」

あらゆる重圧を背負いながら、池江璃花子は今日もプールで命を燃やしている。

(MBS/TBS系「情熱大陸」2026年9月13日放送より)