広島テレビ放送

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 戦火のウクライナから4年前に広島に避難してきた全盲の演奏家を紹介します。音楽を通してできた広島の新たな居場所で、平和への思いを伝えています。

 広島市内のカフェ。アコーディオンを演奏するのは、ウクライナ出身のオレクサンドル・パキンさん(60)です。愛称はサーシャ。全盲のサーシャさんは4年前、妻のオレナさんと共に日本に来ました。

 ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、4年半余り。未だ戦争の終わりが見えません。ウクライナ東部のドニプロで暮らしていたサーシャさんとオレナさん。知人の紹介で、日本へ避難することを決めました。故郷では今も、サーシャさんの家族が暮らしています。

 サーシャさんは10歳の頃、目が見えなくなり失明しました。日本に避難してからは家の中で1人で演奏をすることが多かったといいます。

■サーシャ さん
「音楽で友達を見つけたいと思っているよ、少し孤独を感じているから。残念ながら、私の人生はそういう風になってしまったから」

 そんなサーシャさんが働き始めたのが「カフェ・ソサエティ」。店を営むのは広瀬ケーナさんです。2人が避難してきた当時から広島での生活を支えてきました。

■難民支援団体カウンセラー 広瀬 ケーナ さん
「支援を求め歩くような状況なので、頑張って改善の糸口を見つけようと動いておられて元気なんですけど。非常に不安そうというか、先行き不透明な感じではありましたね」

 外国人が言葉が通じない国でも自分らしく過ごせる場所を作りたい。カフェは6月末、広瀬さんが広島市東区にオープンしました。サーシャさん夫妻やミャンマーを離れた若者が、カフェで働いています。

■カフェの客
「久しぶりに生演奏を聴いて、(生の音楽)やっぱりいいなっていうのと、このレベルの方の演奏を、この空間で聴けるのが、すごいぜいたくでした。帰りたくないです」

■広瀬 ケーナ さん
「サーシャは元気ですよね。なんか空気読まないですよね、 いい意味で。弾きます!わーって弾いて、楽しそうで。目が見えないけど、言葉もなかなか難しくて、でもこんなに堂々と音楽を弾いているっていうのが、もしかしたら誰かを元気にするかもしれないと思います」

 サーシャさん夫妻は、週に3日ほど、カフェで働いています。

 カフェの営業終わり。いつもより入念に準備をするサーシャさん。この日、カフェを訪れたのは福山でバンド活動をしている三島稔央さんです。

 カフェでサーシャさんの演奏を聴いた三島さん。2週間後に開かれる音楽祭への出演を提案しました。本番に向けた初めての音合わせ。翻訳機を通して会話し、互いの音を合わせていきます。

 誰かと一緒に演奏したい。そう願っていたサーシャさんの力になりたいと、三島さんは話します。

■三島 稔央 さん
「この人が外で演奏してないの?っていうのが、正直な印象です。すごく腕もあるし、どこでも出て演奏できるようなレベルだったので驚いてました。サーシャさんだからとかじゃなくて、音楽してる人として、つながってる印象があります」

■サーシャ さん
「きょうは三島さんと演奏ができたんだけれど、彼と演奏するのがすごく好きだし、これからも一緒に演奏したいと思っている」

 練習後には、サーシャさんから三島さんへプレゼントが。

■サーシャ さん
「なんですかなんですか」

■三島 稔央 さん
「これ、ありがとう」

 2週間後の本番へ、二人の息も合ってきました。

 尾道市で開催された音楽祭、障害のある人とその支援者が演奏を披露します。本番に向けて、最終確認を進めますが・・・。

■三島 稔央 さん
「パソコンの中に元の音源があって、音源をスマートフォンに移そうとしているけれど、目じゃなくて耳でファイルを探しているから、時間がかかっているような状況です。全然今のところ、これじゃライブができないと」

 リハーサルで音源は使えず、演奏を合わせることはできませんでした。

■三島 稔央 さん
「ちょー怖い。音でんかったね~音源ね。あれが出ないとサーシャさんが不安だと思います。準備したのはサーシャさんだから」

 本番まで30分。最後の最後まで、練習を続けます。

 いよいよ、2人の出番です。演奏したのは、ウクライナの平和を願う曲。

■サーシャ さん
「きょう曲に込めた思いは、人々には平和が必要だということ。平穏な生活が必要だということ。そして、私は本当に家族に会いたいということ」

■三島 稔央 さん
「ウクライナ民謡、良かった。ありがとう」

■サーシャ さん
「お疲れさまでした」

 音楽がつないだ人と人との出会い。故郷を離れ、広島で暮らすサーシャさんの新たな居場所となっています。

【2026年9月18日 放送】