1泊31万円は"ほぼ空室"→6万円台も追加…外国人富裕層が来ないサウジ「総事業費4兆円リゾート」の大誤算
■黄金の砂丘に囲まれた高級リゾート
裸足になって夕暮れ時の砂丘を駆け登り、頂上に立つ。するとそこには、険しい山脈と黄金色のなめらかな砂丘の景色が、どこまでも広がっている--。
2024年夏、英誌ビジネス・トラベラーの記者は、サウジアラビア西部の砂漠地帯にある高級リゾート「シックス・センシズ・サザン・デューンズ」に滞在し、数々のアクティビティーを紹介した。
夜になると星空の下で映画鑑賞会が開かれ、敷地内の24時間営業のジェラート店では、地元の食材を使った季節限定のフレーバーを提供する。最も心を打ったのはスタッフの応対で、ホスピタリティー業界で頭角を現したい若く熱心なサウジアラビア人たちが多く働くという。
客室とヴィラは合わせて76室。英建築デザイン誌のデジーンは、プロジェクトの一環として従業員700人分の宿舎が建設されると伝えていた。砂漠の只中に人を住まわせなければ、リゾートは回らない。
ビジネス・トラベラーによれば、宿泊料金は1泊2837UAEディルハム(約11万9000円)からの高級路線だ。旅行予約プラットフォームのブッキングドットコムでは、10段階中9.5点の高評価だ(2026年9月現在)。

■行き詰まるサウジの国家事業
ところが、2023年11月の開業から3カ月後に現地を訪れたUAE英字紙のナショナル紙の記者は、ホテル内の体験を高く評価する一方で、たどり着くまでの遠さを指摘した。
前年9月にレッドシー国際空港が開港していたにもかかわらず、当時発着していたのはリヤドとジェッダからのサウディア便のみで、その本数も「ごくまばら」だった。同紙記者自身、機体トラブルもあり、ヤンブー国際空港から車で2時間半かけて深夜に到着している。「今のところ、紅海プロジェクトはたどり着くのが難しい」と振り返った。
同記者は「だが、その労を厭わないなら訪れる価値はある」とも続けるが、たどり着くだけで労を要する場所に、1泊12万円超を払えるゲストはそう多くない。
同ホテルを含む一連の国家事業「紅海プロジェクト」は集客が伸び悩む。第2期の工事が止まると関係者7人がAFPに証言し、第1期は「概念実証」の位置付けに退いたともされる。一方で、開発会社はこれを否定している。
だが、見直しを迫られているのは紅海プロジェクトだけではない。サウジの国家プロジェクト全体が曲がり角を迎えている。
■年間100万人を迎え入れるはずが…
砂漠を貫く、一本の滑走路。
レッドシー国際空港に一番機が降り立ったのは、ホテルのオープン2カ月前、2023年9月のことだった。ナショナル紙によれば、リゾートの玄関口として建設されたこの空港と首都リヤドは、開業当初、木曜と土曜の週2便が2時間足らずで結ばれていた。

空港周辺、紅海沿岸のアル・ワジとウムルジという二つの町に挟まれた海域には、90を超える島が点在する。その大半は手つかずのままだ。
2017年、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、この一帯全域を観光地とする紅海プロジェクトを打ち出した。石油収入に頼る経済からの脱却を掲げる国家計画「ビジョン2030」の旗艦事業の一角を担う。
対象区域は2万8000平方キロメートル、四国の約1.5倍にあたる。ただし開発されるのは22島にとどまる。生態系を守ると同時に希少性を演出するためだと、欧州ニュース専門局のユーロニュースは説明する。
計画の柱は、紅海プロジェクトの下で建設される50施設と、ウェルネスを掲げる姉妹プロジェクト「アマラ」の30施設。いずれも高級リゾートとして2030年までに開業する計画だとAFPは伝えていた。
モルディブと競える目的地をつくり、年間100万人を迎え入れる。AGBIによれば、紅海プロジェクトが完成すればGDPを毎年59億ドル(約9090億円)押し上げるとされる。
■実際に来た観光客は5万人強
レッドシー国際空港の発着案内板には、リヤドのほか、メッカ巡礼の玄関口であるジェッダに加え、国境を越えたドバイ、ドーハ、ミラノの名が並ぶ。ユーロニュースによれば、2026年上期の旅客数は7万8000人を超えた。
ただし、海外の富裕層を紅海沿岸へ直接運ぶために建設された同空港は、その役割をまだ果たせていない。旅客7万8000人に対し、発着はおよそ2000回。単純計算で1便あたり39人しか利用者がいない。しかも、7万8000人のうち、国際線の利用者は約1万1000人にとどまる。
中東ホテル専門誌のホテリア・ミドルイーストは、「ビジョン2030」年次報告書をもとに、2025年に紅海プロジェクトを訪れた観光客は5万人強だとしている。2030年の数値目標である年間100万人の20分の1にすぎない。
リゾートがほぼ空室のままである理由について、AFPの取材に応じたコンサルタントは、アルコールが提供されない点も一因だと述べた。
だが、それは問題の本丸ではないとした上で、こうも続ける。「問題は価格の高さと、あまりに大きすぎるプロジェクト規模だ。この値段を払う気のある客がどれだけいるのか、彼らはひどく読み違えたのだ」
■1泊30万円以上するヴィラが“ほぼ空室”
紅海プロジェクトの下で建設された紅海・シェイバラ島の高級リゾート「シェバラ」のヴィラは、海上に建設された施設だ。澄んだブルーの海域に球状のヴィラが点在する様子は、近未来のリゾートを思わせる。
米独立系ニュースメディアのセマフォーによれば、こちらの施設も強気路線を踏襲しており、米・イスラエルとイランの戦争が始まるまでは宿泊料金が1泊2000ドル(約30万8000円)を超えていた。
やはりと言うべきか、客室には空室が目立つ。AFPによると、開発会社のレッドシー・グローバル(RSG)は、完成した10カ所の高級リゾートの稼働率を明らかにしていない。しかし、前出のコンサルタントは中東情勢が悪化する半月前の2026年2月の時点ですでに、「ほぼ空室のままだ」と評している。
紅海プロジェクトは沿岸や付近の島々を高級リゾート地に育て上げる構想で、中東湾岸ビジネス誌のAGBIは、総事業費を236億ドル(約3兆6300億円)と見積もっている。うち114億ドル(約1兆7500億円)の工事は発注済みだ。
■世界最高峰の建築家を呼び集めた
入念にデザインされた高級リゾートの設計者の中に、日本人建築家の名前もある。ウマハット島に建つ「セント・レジス・レッドシー・リゾート」を設計したのは、隈研吾氏だ。

47棟のビーチヴィラと43棟の海上ヴィラからなり、いずれもプライベートプールとサンデッキを備える。建物の有機的な曲線は島の風景に溶け込むか、あるいは海面から優雅に螺旋を描いて立ち上がるようなシルエットに統一されている。
床のタイルはウミガメの甲羅を模しているなど、砂漠と好対照のオーシャンリゾートを演出する。2024年には雑誌『インテリア・デザイン』の「ベスト・オブ・ザ・イヤー」でカントリー・ゲッタウェイ部門(都会を離れた自然のなかの滞在施設を対象とする部門)に選ばれた。
サウジアラビアは、世界最高峰の建築家たちをこの沿岸に呼び集めた。冒頭で紹介したシックス・センシズ・サザン・デューンズを設計したのは、イギリスの建築事務所「フォスター・アンド・パートナーズ」。
建築雑誌『デジーン』によれば、海沿いの町ウムルジから北東へ約100キロ離れた遠隔の砂漠地帯に建つ。ナショナル紙によると、2023年11月の開業に続き、翌年1月には一帯で2軒目となる「セント・レジス」が誕生した。
もっとも、当初思い描かれていたのは、はるかににぎやかな光景だった。実際には、開業から3カ月後の時点でも、一帯で営業していたのはサザン・デューンズとセント・レジスの2軒だけだ。
AGBIによれば、第1期の16軒のホテルは2023年末までにすべて開業する計画だったが、同年11月時点で開業していたのはサザン・デューンズの1軒にとどまった。
■「運営コストが収益を上回っている」
砂漠や紅海の島々をリゾートに変貌させる計画は、方針転換を迫られている。
「紅海プロジェクトの第2段階の工事を中断する決定が下された」と、RSGの上級関係者はAFPに明かした。同社の別の関係者は、「現在の運営コストが収益を上回り、その差は持続不可能な水準に達している」と認めている。
計7人の関係者が、事業の縮小を認めた。AFPは2026年2月、工事は年内に停止する見通しだと報じている。RSGでは数十人、請負企業では数百人が職を失うとみられる。
これら事業に資金を出すのは、サウジアラビアの政府系ファンドである公共投資基金(PIF)だ。PIF系列のプロジェクト管理会社の幹部は、PIFが紅海プロジェクト全体を見直していると述べ、「新規の建設は一切承認されていない」と厳しい現状を説明する。
それでもRSG側は縮小を否定する。第1期のリゾートを2026年内に完成させる予定であり、その後もプロジェクトは続くと、AFPへの回答で主張した。RSGは事業が「強固な運営・商業状態にある」とし、2025年に3000人以上を採用したと説明している。
■縮小を迫られたのは紅海だけではない
一方、紅海プロジェクトに限らず、サウジアラビアは戦略全体の見直しを迫られている。
「一部は規模を縮小し、一部は延期する」。サウジアラビアのムハンマド・アル・ジャドアーン財務相はそう語った。2026年1月、スイスのダボスで行われたAFPのインタビューでのことだ。
米・イラン戦争が始まるまで続いた原油価格の低迷は、サウジアラビアの財政を圧迫してきた。世界最大の石油輸出企業であり同国最大の歳入源でもある国営石油会社サウジアラムコは、AFPが報じた2026年2月の時点で11四半期連続の減益に沈んだ。一方で、2030年のリヤド万博と2034年のFIFAワールドカップが控え、いずれも巨額のインフラ投資を伴う。
ナショナル紙は、PIFが2024年の年次報告書で、一部のメガプロジェクトに関連して80億ドル(約1兆2300億円)の減損損失を計上したと指摘する。
ロイター通信によれば、リヤド中心部で計画されていた立方体形のビル「ムカーブ」は工事が止まり、全長170キロメートルを謳っていた直線都市「ザ・ライン」は大幅に縮小され、2030年までの完成計画は撤回された。

■ターゲットの外国人富裕層は来なかった
2026年2月28日に中東で戦争が始まり、国際的な観光客の流れは激減した。セマフォーは、開戦から数週間でドバイのホテルの稼働率が16%まで落ち込んだと報じている。
ところが同じころ、紅海沿岸のリゾートはにぎわっていた。ホテリア・ミドルイーストによると、イスラム教の断食月ラマダン最後の10日間の最高級リゾートの稼働率は82%に達し、サウジアラビア有数の観光地アルウラの第1四半期の稼働率77%を上回った。
ただし、客室を占めたのは、ラマダンや断食明けの祝祭イード、学校の休暇に合わせて国内を旅行するサウジアラビア人であり、リゾートが本来狙っていた外国人富裕層ではなかった。
AGBIは、サウジアラビア全土のホテルの平均客室単価が2026年第1四半期に前年比で11%下がり、稼働率は61%だったと伝える。サウジ政府と協働する観光コンサルタントのオリビエ・トーマス氏は、「海外から来る人は減ったが、国内旅行は増えていく傾向にあるようだ」と述べる。
一方で、海外からの観光客が減ったことで、レジャー中心の観光地のホテルはさらに大幅な値下げに踏み切ったと指摘する。「市場にとってより魅力的にならなければならない。そうやって生き残るのだ」。
■1泊31万円から6万円台への転換
こうした中、RSGのジョン・パガーノ最高経営責任者(CEO)は価格戦略の転換を認めた。
ロイター通信によれば、1泊およそ2000ドルという当初の超高級路線には高すぎるとの批判が相次ぎ、同社は現在、1泊400~500ドル(約6万1600~7万7000円)程度のリゾートホテルを拡充している。パガーノ氏は同じ取材で、開業済みのリゾートは6月時点で14施設、8月末に25施設、年末には27施設になると述べた。
それでも、他のサウジのギガプロジェクトが縮小・中止されるなか、RSGは「ビジョン2030」で最も実現が進んだ事業の一つだと、AGBIは評している。
ロイター通信によれば、巨大開発構想「NEOM」の一環として建設されながら一般公開に至らないシンダラ島の再生も任されることになった。シンダラは富豪が所有するスーパーヨットで乗り付け、ゴルフやホテル滞在などを楽しむコンセプトだ。

着工前の評価が不十分であり、島を頻繁に襲う強風の影響が織り込まれなかった。納期も非現実的だったとされ、2024年秋の派手な島開きパーティーは仕上げの粗さが目立った。NEOMのナドミ・アルナスル最高経営責任者(CEO)は、その数週間後に解任されている。
パガーノ氏が強みに挙げるのは、外部委託に頼らず社内に専門性を蓄えたことだ。昨年にはサウジ国籍を付与され、その手腕が評価されている。
■「培ったノウハウ」で海外進出を図るが…
国内の開発に手間取る中、サウジ勢は野心的にも海外のリゾート開発を手掛ける意向だ。
イタリアのサルデーニャ島の先端沖に、サント・ステファノという小さな島が浮かぶ。プライベートビーチに面した4つ星ホテルは、長年にわたって休業が続いていた。

買い手となったのは、サウジアラビアの企業RSGだ。AGBIによれば、運営会社の株式90%を取得した。同社にとって初の海外進出であり、広報担当者は、「紅海やアマラで培ったノウハウを輸出する機会だ」と語った。もっともこの投資額は、RSGがサウジ国内の建設に投じてきた数百億ドルに比べれば小さいとAGBIは指摘する。
対照的に、サウジアラビア国内の紅海沿岸では、年末までに工事が中断される見通しだ。2030年までに81カ所のリゾートを整備する計画は、AFPによれば、年内に完成予定の第1期27カ所で事実上打ち止めとなる見通しだ。
政府プロジェクトの関係者はAFPに、「紅海プロジェクトは、より多くの資本を呼び込み、莫大な収益を生み出し、最終的には財政的に自立すると考えられていた。しかし、それは決して実現しなかった」と認める。
国内の不調を補うかのように海外進出を図るが、成否は不透明だ。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
